ー9ー
鍋から上げたイモは――うん、鉄のボウルの中で崩れてくし、茹で上がっていると思う。ただ、今更かもしれないが一個だけ俺は失念していた。
「智也」
「なに~?」
「男爵芋とサツマイモ、これじゃ別けられなくないか?」
そう、湯を沸かしていた鍋は一つしかなかったのだ。まあ、IHコンロ、左右同時には使えないタイプだから、どっちにしても鍋は一つしか使えなかったんだが……。
「あ……、アニキ」
いや、その、最初の『あ』は、どんな意味のあ、だよ。失敗した顔をしているように見えつつも、微妙に俺を非難しているような智也の視線。つか、お前も躊躇なく同じ鍋に放り込んだじゃねえかよ。水飛沫とダンスするおまけ付きで。
……これは、あれか? お兄様が芋をお湯から上げる時に二つのボウルに別けてくれればいいのに、とか思っている顔か?
不服そうな智也の頬をむにーっと軽く左右に引っ張ってやる。
「別けようよ。そういう計画だったんだし」
「めんどくせえだろ、腹に入れば一緒だ。きっと曾祖父さんだってそう言う。食い物を選り好み出来ていなかったんだからな」
一応、ボウルを見れば色とか切り方でなんとなくどっちがサツマイモで、
どっちがジャガイモかは分かるが、下手に菜箸で掴んだらその瞬間に崩れる。繊細かつ丁寧な仕事が必要だし、そもそも、出来上がったコロッケの繊細な味と丁寧な造形を楽しめないであろう野郎二人がそれをする意味はそこまで無い。
智也の頬を解放してやるが、従兄弟同士で細くなった目を向け合ったままでいると――。
「ぼ」
「ぼ?」
「ボクがやる」
智也は言い切った。めんどくさいと思いつつも、二種類のコロッケは作ってみたいし、アニキが嫌がっているなら僕がするしかない。そこまで考えが至ったのだろう。
「男になったな、智也」
と、甥っ子の成長と勇気を褒め称えつつ、俺はその長い作業が終わるまで早起きさせられた分の休憩をしようと――。
「だからアニキはあっち」
食卓に突っ伏そうと思っていたら、成長著しい甥っ子に裾を掴まれて、冷蔵庫とまな板を交互に指差された。
「おーい」
一応、冷蔵庫の前までは行きつつも、真剣なまなざしでスプーンを構える甥っ子に声を掛ける。
そう、コロッケとはイモだけで出来るわけではない。肉が入るのは大変嬉しい事だが、唯一つ俺達の天敵も投入されなければならないのだ。
野菜室の玉葱を摘まんで持ち上げつつ、必要以上にだるそうにまな板に向かう俺。さっき使って軽くすすいだせいか、まな板も調理台の上もどことなくしっとりしている。
「良いのか? 切るのも、炒めるの楽しいぞ」
「さっき、イモ、切ったよ。それに、ふだんからしてるもん」
ふんすと鼻息も荒く俺を一瞥し、再びボウルの中のイモ達と戦い始める智也。子供ってこういう所あるよな。単純作業とか、大して面白くもない事なのに、
集中し出すとなんだか最後までやり遂げられたくなるっていう。
しゃーねえーな、具はお兄様が調理してやるとするか。炒め終わった所で、智也にイモを潰させて、それと具を混ぜ合わせれば時間の短縮にも繋がるだろう。実際問題として、早起きさせられたせいで鈍ってはいるものの、俺の腹が早めになんか入れろと抗議していることだし。
玉葱の頭と尻を落として、皮を剥いたらそのまままな板の上で、ダン、ダン、と、十字切りする。そして四等分した玉葱を並べ、適当に縦横に包丁を叩きつけて斬って細かくしていく。
大丈夫、大丈夫だ。臭いし、刺激臭はするけど。蒸し暑さと汗のせいで、なんか若干目はガードされてる感じがする。
……が、感じがしただけで、うえっとえずいてしまったので、みじん切りの玉葱を油を引いたフライパンに投げてからシンクで顔を洗った。
「まあ、でも、しゃあねえか」
はふ、と、顔をタオルで拭って一息つく。
俺が具を担当した事に関して言っていると思ったのか、智也はスルーしあがった。ので、大きな声で独り言をしながら、適当に塩胡椒を振り、冷蔵庫から挽肉を取り出してそれもフライパンに放り込んで馴染ませていく。キャベツの芯は……まあ、次回で良いや、玉葱で心が折れた。
「普通にコロッケのレシピも調べたけど、コロッケの状態で揚げると中まで火が通らないから、具は完全に火を通しとかなきゃいけないらしいからな」
「え⁉ そうなの?」
俯き加減にボウルを覗いていた姿勢からバッと顔を上げた智也。ばっちりと視線が重なったので、俺はにんまりと笑ってから続けた。
「おーう、調べたら食中毒には注意って書いてあったぞ。というわけで、素晴らしいお前のアニキが次の指令を出してやる」
しまったという顔をした智也が、切れ端しか入っていない一番最初にイモを湯から上げたボウルへと視線を向ける前に、俺は告げた。
「別けたイモを壁に掛かってる、御袋が買ったはいいけど使わなかったほぼ新品のイモ潰し機で潰しとけ」
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