ー8ー

 取り合えず、イモが茹だるまではのんびりだ。

 が、イモって何分で茹だるんだ? 三十分は長過ぎる気がする。二十分は……若干長いか? 十五分ぐらいが妥当って感じがするよな。なんとなく。イモ、ちゃんと切ってるんだし、火が通りにくいってことはないだろう。

 ってことはだ……。

「お前、流石にそれは……。イモ、煮え過ぎんだろ」

 カキ氷を作るあの、なんつーか、子供向けっぽいちゃっちいプラスチックの氷削り器? を出してきた智也に、呆れ顔でそう告げる。

 三脚の上に円筒形の氷を入れる部分がついていて、ハンドルが天辺にある、飾りっ気のないカキ氷メーカーだ。多分、俺が智也ぐらいの年の頃に買って貰ったものだと思う。

 どっか、少し懐かしい。

「え? そうかなぁ」

 きょとんとした顔で、俺がさっき食ったただの氷を、上のふたを開けてセットし、ガリガリガリ、と、削り出した智也。

 つか、お前は、お兄様の言うことを素直に聞こうとは思わんのか。

 まったく、誰に似たんだか。

「アニキ」

「んー?」

 キッチンのお湯がボコボコいっている音と、智也のカキ氷のガリガリ音に、かしましい蝉の声。扇風機の風は、むわっとしてて生温い。

 夏は太陽の角度が高いから、日中は影が短い。差し込む日差しは、窓から深くは入り込まないのに、他の季節と比べれば部屋が明るく感じるから不思議だ。

「暑いね」

「夏だからな」

 短い掛け合いの後、再びさっきの音が戻ってくる。

 夏は騒々しい。

 茹だるような暑さの中でも、庭の雑草だけは元気に――。

「そういえば、お前、庭の朝顔の鉢に水あげたか?」

「……あ」

 ふと思い出して訊いてみたんだが、智也の手が、計ったようにピタッと止まった。

 アホの子の智也が、今から――しかも、窓から庭に出ていこうとしたが、正直、飯が終わってからでも大差ないと止め「枯らすなよ。まあ、カキ氷食ってトイレ行きたくなったらしっこでも掛けに行け」と、からかった。

 まあ、朝の水を抜いても、尿素の窒素分が栄養になってかえって花が長持ちするかもしれんな。とか、馬鹿なことを考えてたら、思いのほか冷静だった智也に反撃された。

「そんなことしたら、匂いで母さんにばれて二人でしばかれるよ」

 もっとも過ぎて、なんも言えん。

 氷を削り終えた智也が、ブルーハワイのシロップを茶碗のカキ氷に掛け、カレースプーンで掬って一口頬張った。

 ん~! と、目を閉じて味わっている智也。

 それを見てると、俺も欲しくなるんだが、まさかくれとも言えない。強請るのは下から上に対してが正常であって、上が下に強制じゃないんだけどとか言いつつ補償の無いお願いをするのはマナー違反だ。


 と、そこでスマホを見れば、お湯にイモが投入されてからそこそこ時間が経っていた。蓋した鍋が、蒸気でカタカタ言ってるし、良い頃合いだろう。

「あ、そろそろ、イモ、お湯からあげるぞ」

 と、智也に声を掛けて立ち上がれば、俺と鍋とカキ氷の間を行き来した智也の視線。

 ニヒヒ、と、意地悪く笑って先にキッチンへと向かえば、カキ氷を一気に搔っ込んで、茶碗の底にたまったシロップと氷が解けたのも飲み干した智也は――。

 ……案の定、テーブルに肘をつき、頭を抱えてプルプル震えだした。

「学習しないやつだな、お前は」

 呆れ顔を向けつつも、温い水道水飲んで喉を温めるか、こめかみを冷やすように指示してから、兄貴分としてしっかりと解説もしてやる。


「ちなみにそれは、アイズクリーム頭痛っていうんだぞ。よかったな、ひとつ利口になって」

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