ー4ー

「腹減ったのか?」

 目を細めて、減っていないと言え、との無言の圧力を掛けつつそう訊ねてみる。

 そもそも御袋が仕事へ行ったってんなら、朝食後約三十分から一時間ってところだと思うんだが、なんで二階こっちに来たんだよ。普段なら、もう少しは一人で家の中を散らかして――もとい、ひとり冒険ごっこみたいな遊びをして、暇になってから俺を叩き起こすだろ、お前は。片づけ手伝ってって台詞のおまけつきで!


 俺の真意が通じたか否かは不明だが、智也は、ううん、と、首を軽く二~三度左右に振ってから「でも、コロッケ」と、付け加えた。

「昼には、早えよ」

 粘る智也にそう言い放ち、時計を見てからエアコンの予約を解除する。

 家の構造的に二階の方が暑い。だから、窓を開けて風を入れた後、適当にチノパン穿いて、智也が開け放ったままのドアから階下へ降りる。

 背後からついてくる軽い足音は座敷童、ではなく、今日も唯我独尊の智也だ。


 前回は時間配分を間違ったものの、今回はきちんとそれを踏まえて十時から調理を始めるつもりでいた。少なくとも俺は。いくら素人の男二人とはいえ、二~三時間もあれば完成するだろ、コロッケぐらい。

 そんな風に気楽に構えていたら――。

「アニキのブランチにしろって、かあさんが」

 聞き捨てならない発言を智也がした。

「ああん?」

 肩越しに振り返って視線をぶつけても、どっか白々しい顔をしている智也。悪戯なのか事実なのかは、五分五分だな。


 以前の智也を真似て階段を飛び降りる――のは怖かったし、床も抜けそうなので、若干速足で一階に降りて、そのままキッチンに突入する。

 俺と智也が料理をすることを知っている性悪の御袋が、シンクに洗い物を放置しているのは五百歩くらい譲って良しとしても、炊飯器の鉄窯までそこに入ってるのはなんでだよ。

 そのまま戸棚を開けるが、食パンもなかった。残ってるのは、菓子パン……? じゃねーな、カンパンか。なんでもかんでも値上がり続きだし、物流もいまだに不安定なんだから、今、これに手を付けるわけにはいかない。

 最終手段として、米櫃こめびつを確認するが、赤い色のおもちゃみたいな防虫剤が、ころん、と、不貞寝してるように転がってるだけ。

「マジかよ、米もねえのかよ」

 どっかの牛の置物みたいに、首だけカクカク上下させた智也は、やけに冷静に「朝は冷凍のご飯で、炊いたのはお弁当にしてたよ」と、いらん報告までしてくれた。

 つか、智也居るんだから、米の消費が激しくなることぐらい考えとけよ。それともまた購入制限でもかかったのか?

「イモ、炭水化物だって」

 よし、と、なぜか納得したような顔で得意そうに言う智也に――。

「変なことだけ教わらなくていーんだ。御袋、ずぼらなんだから」

 智也の頭を鷲掴みして、わしわし撫でてから、冷蔵庫の野菜室に収まり切れなくなった、芋を流し台の下の収納から取り出す。

 これから食糧難も本格化するって話だし、曾祖父さんに倣って、俺達も家庭菜園でも始めてみようかな、なんて、一個だけ芽を出しているジャガイモを見て思った。

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