-2-
軽く嘆息して、一区切り入れてから――。
「終戦は、いつの間にかって感覚だったらしいな。今じゃ大きな節目みたいに感じるけど、玉音放送も聞かなかったし、後日のまた聞きで、そっかって感覚だったらしい。毎日が大変過ぎて、上手く考えたり思ったり出来てなかったらしいな」
まるでブラック企業に勤めたサラリーマンだと思う。心身が損耗した果てだったんだろうな、終戦が。
部隊の解散は、ここからちょっと先の漁港で解散の命令ひとつで放り出され、適当に要らない荷物を焼却処理して、持てる物だけ持って歩いて家に帰ったって書いてある。皆が皆、疲れ切っていたんだろう。
「ただ――」
そのまま続けようと思ったんだが、ふと、智也の様子に気付いて、勝手に熱くなって聞き手を置いて行ってしまっていたことに気付いた。
苦笑いでごまかしてから、難しい言葉を使わずに「呆然としてたところで、食う物も、着る物も、寝る所もないからな。しなきゃいけない事は山程あった。仕事探して、働いて、方々探し回って、マスクと紙……じゃなくて、食い物と必需品買って――」と、軽口を混ぜつつ語尾を伸ばし、智也に「買ってから?」と、続きを訊ねさせる。
「なんとか凌ぎ切った」
柱に預けていた背中を戻し、背筋を伸ばして俺は答える。
そっか、と、呟く様に言った智也。
まあ、俺達が生きてるんだから、普通に考えれば結末は明らかだったのかもしれないが。
「なに食べてたのかな?」
「戦後は、残飯シチューがまだましに見える程度のサバイバル的な食事が多かったみたいだな。庭の雑草はほぼ食料として見てる。シロツメクサにタンポポ、その他名前も知らない雑草等々」
地理的に小麦が手に入らなかったのか、単純に好き嫌いだったのかは分からないが、雑炊の話は出ても、戦中戦後食といえばよく聞く水団の話は爺さんの日記――少なくとも、前に智也が渡してきた古い方の一冊には、載っていなかった。
どちらかといえば、米を少ししか使えない雑炊の記述が目立つ。
まあ、その雑炊にしても、嵩増しのために衾以外にもタンポポの葉や花とか猫じゃらしの穂とか、その他名前も知らない雑草を混ぜたりと、中々に心を抉ってくるものがあったが。
シロツメクサの葉は味も悪くないし、すぐ生えるので助かると書かれてても、反応に困る。あと、確か小学校の頃は、戦時中はタンポポを色々と利用したって聞いたんだが、少なくとも曾祖父さんの感覚ではタンポポは苦いしえぐいしで不味かったらしい。
ああ、あと、うちは、本家ってイメージにありがちな田圃や畑、山なんかは、持っていなかったみたいだ。戦前に手放したのかもしれないけど、この日記には書いていない。だからなのか――。
「一応、終戦前から、曾祖母さんが家庭菜園してたみたいだけど、戦後すぐの台風で大ダメージ」
裏を取ってみたが、枕崎台風っていう相当大きな台風で人的被害も甚大だったようだ。このあたりからは距離があるが、広島の方じゃ、原爆の後の土砂災害で相当酷いことになってたとか。
弱り目に祟り目。一難去ってまた一難。
漫画やアニメでよくある絶体絶命の場面に、緊張した面持ちの智也。
「保存もきくから冬の頼みにしていた豆類は、どこへ飛んでったのか、ほぼ全滅――」
良いとこで入るCMのように、もったいぶって十分に溜めてから「そんな中、地面を這っていたサツマイモが残ったんだ」と、表情を和らげて緊張の糸を切って見せる俺。
はふ、と、口を開けた智也は、息継ぎをして「焼き芋?」と、訊きながらこてりと首をかしげて見せた。
それに俺は、ノンノン、と、指を左右に振ってしたり顔で答える。
「そんな物分かりのいいい曾祖父さまじゃねえよ。俺達の先祖だ。雄鶏の屑肉をどっかから手に入れてきて、進駐軍の荷揚げの仕事で手に入れた油でコロッケだ」
わお、と、驚いたんだか、雰囲気で上げたんだか分からない声を上げた智也。
ちなみに、その仕事の際、数ヵ月前まで殺し合ってた相手に、曾祖父さんがどんな感情を抱いたのかは書いていない。
意図的に書かなかったのか、戦場って特殊な状況外では別になにも感じなかったのか、俺には文脈から読み解けなかった。が、なんとなく後者なんじゃないかなとは思う。
前にちらっと読んだ……ってか、智也に読まされた平成の頃の日記の印象では、当時はそういう時代で、互いにするべきことをしただけって感覚みたいだし。
「そんな昔から、コロッケあったんだ」
どうやら智也は、感心して驚くというよりは、ほ、と、溜息を吐くような心持だったらしい。さっきの、わお、に、力が入っていなかったのはそのためか。
あ、いや、違う。単純に、宿題に疲れたんだ。こてりと、テーブルに突っ伏してる。
そこでふと気付けば、思ったよりも長い時間日記の世界に没入していたようで、俺の方も身体の節々が凝っていた。
話してて集中が切れたし、智也も宿題を終えているようだったので、曾祖父さんの日記帳は丁寧に退避させる。
「あったらしいぞ、そんな昔から」
うりゃあ、と、他の参考資料と合わせて印刷した軍隊料理法のプリントを丸めてから跳ね起き、大きく伸びをする。
「美味いのかな?」
真似して智也が立ち上がって、ぴょんぴょん跳ねながら近寄ってきた。ので、丸めた資料を智也に向けて構える。
「知らん!」
詳しいルールは知らんが、カバディしてるみたいに、中腰になって腕を広げ、尚も迫ってくる智也。
「載ってる?」
俺の手から軍隊料理法を奪おうと飛びついてきた智也をかわし、横をすり抜ける智也の脇の下をくすぐってやれば、にゃああああ、とか、鳴きながら身を捩っている。
「さーて、どうかな? どうしても知りたければ、魔王様を倒して行け、勇者よ」
あ、これ、カバディじゃなくてアメフトのつもりだったんだ、と、腰にタックルしてきた智也をそのまま引っ付けておいて、プリントを持つ手を高く上げ、智也から遠ざける。
「その言い方は、ゼッタイ、のってる! 作ろ? 作ろうよ!」
最初こそ背伸びしていた智也だったが、高さで敵わないとさすがに悟ったのか、あろうことかこの阿呆は俺の臍を狙ってきあがった。
痛いまではいかないんだが、くすぐったいでは止まらない微妙な感覚に腰を折ってしまうと「ばんごはんは、コロッケー!」と、智也に勝利宣言された。
くそう、大人げないとか言われそうだが、調子に乗った顔をされるとなんか悔しい。
半目で思案していたら、俺の心の声を聴いた智也に再び臍を狙われ、慌てて引っぺがし「阿保! レシピ確認して、計画起ててからだ」と、叫ぶ。
イエッサー、と、敬礼して見せた智也。
元々、ノせられてやるつもりではいたんだが、なんか釈然としない。
コロッケを作る際に、どんな折檻をしてやろうかと考えながら、智也を小脇に抱えて俺はおやつを探しに居間へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます