コロッケ
-1-
スチウを作った翌日。
正午は過ぎたが、気温がピークに近付きつつある昼下がり。
智也が和室で昨日の料理についてまとめている。俺は縁側で柱に背中を預けながら、智也の様子を窺いつつも、
縁側を通して庭に面した仏壇のある和室。日に焼けて色味が落ち着いた畳。木目の見える縁側。日記を引っ張り出したついでに出してきた風鈴を軒先に吊るしてみたが、吹き込む風が弱いせいか、扇風機の首振りに応じてしか響かない。いや、そもそも、車の騒音の方が大きい。
日記の世界と現代の
有名メーカーの百人乗れるらしい物置の場所は、昔は
ただ、現在の家が日記にあるようなトタン屋根の家じゃないことから察するに、どっかでもう一回建て直しが行われたんだろう。これは、近々親父か、お盆で一緒に墓参りに行く時に祖父母に訊いてみれば分かるはずだ。
ちら、と、部屋の奥を見れば――大きすぎる木のテーブルにちょこんとおまけみたいに乗っかってる汗の浮いた麦茶のグラス、そして、原稿用紙にのたくっているミミズみたいな字。うんうん言いながら、俺のスマホの料理中の写真を見つつ、空白を文字で埋める智也。
まあ、パソコンやスマホに慣れ過ぎた俺達と曽祖父さんとでは、書く文字の質は全然違ってくる、か。
そんな智也を仏壇から見守る曽祖父さんと、梁に掛かったご先祖達。
小さい頃はこの部屋がなんだか怖かった。ここには、独特の厳かな空気がある。
柱に当たる背中の位置を少し変えて、タンクトップの胸元をばさばさと扇いでから、再び曽祖父さんの日記へと目を落とした俺。
俺の記憶の曽祖父さんは、最初から既に脚が悪かった。外出時には杖を使っていたし、俺が小学校に上がる頃には、外へ出ること自体がなくなっていたように思う。階段を一人で上り下りするって意地張って、親父達と揉めてたのは、いつの頃だっけな。
そして、その曽祖父さんの事があったからなのか、祖父母は早めに見守りと簡単な介助付きのアパートに入って、盆、暮れ、正月、その他、親戚が集まる日にはこっちに戻ってくるという生活をしている。
……まあ、
「残飯スチウって、けっきょく、なんなんだろ?」
物思いに耽っていたが、そんな言葉の方に視線を向ければ、智也が俺の顔を真顔で見ていた。
本人の心情は分からないが、夏の日差しに
「ん~」
一応、そっちの調べもついていたものの幼い智也になんと説明したものか。
「アニキ?」
俺の雰囲気の変化を察してか、訝しむような表情になった智也。
俺だって、ただ毎日智也と遊んでただけじゃない。やることはきっちりやっている。切っ掛けが智也だったとしても、中途半端は寝覚めが悪くなるから。
残飯やゴミに関する部分の取り決めはSCAPIN1548にあって、これも国立国会図書館で確認できた。
「いや、どうも、連合軍……ってか、東京に来た米軍が、連合国最高司令官指令って偉そうな命令で、こっちではわざわざ来てやってるんだし、ゴミでも価値があるんだから処理費を出さん、日本がなんとかしろ、しかも、それに関して証拠書類は出さん、とか命令したらしいな」
まあ、小学生でもこの辺の理不尽さは分かるだろう……つか、普通に戦争が胸糞悪い話ばっかりなのは当然のことだしな。冷静に考えてみれば、人をより多く殺しまくった側が、勝ったから俺の言うことを聞け、と、敗者を更に鞭打つシステムだし。
しかも、一部にはどさくさにまぎれて戦勝国のふりして、被害者ビジネスを国家ぐるみでやるバカまで出る始末だ。
なので、少し日本史の授業は苦手だった。世界史なら、まあ、そういうことがあったんだろうな、と、多少は客観的に勉強できるけど、近現代の内容は、その気になったら行ける場所で行われた悲劇と理不尽だからだ。
智也が顔で頷いたのを見届けてから「そんなだから、連合軍の残飯が管理されないまま食い物として勝手に流通してて、それを……まあ、ヤバげな人達が仕切って、煮込んで、売ってたって話……っぽい」と、続けた。
智也がどっか複雑な顔をしているので、訊き難い……もしくは言い難いであろうことを先回りして俺が口にした。
「戦後は、配給ってのがあったらしいが、その配給分の食事だけだと餓死するらしいぞ。実際に、そういう事件もあったらしい。だから、どっかで飯は調達しなきゃならなかった。なのに、配給制度の法律のせいで、勝手に食料を買えなかった。公的なのがダメなら、そうならざるを得なかったってだけだろ」
智也は智也として――、いや、小学生らしい感覚として、悪い事は悪い事、してはいけない事はしてはいけない事ときちんと考えてしまうせいか「でも」と、口を開いたが、言葉が続かないようで、うーん、と、唸ってからぽそっと付け加えた。
「なんか、上手く出来なかったのかな」
自分自身、擦れてきたなと思うものの、俺は即言した。
「出来なかったんだろうな。つか、夏になったってのに終息したって言い切れないコロナ騒動で考えってみろよ。東日本大震災とかもな。戦時だろうが戦後だろうが。いつの時代のどこの政党だろうと、結局は政治家なんて無能で当てに出来ないって証明されただろ」
俺が智也と同じぐらいの年のだったな、東日本大震災があったのは。その時は、それ以前から政治がグダグダしてたらしいが、子供過ぎて良く分からなかった。政権が変わって、多少はましな国になってきたような印象もあったのに、今回のこれだ。
つまり、政治とはそういうことなんだ。
左手を振って、当時とごく最近の無駄極まりない政治家の会見を思い出しかけたのを振り払う。学生のレポートだって、きちっと調べて根拠を述べ、それを基にした結論を書くってのに、どいつもこいつも自己顕示欲だけでテレビ出るなっての。国のトップになったなら、せめて自分自身の無能さの責任ぐらいは取れ。
品薄や買い占めの記憶は新しいし、一番解り易い例えだったのか、あっさりと智也は納得した。叔父さん達も苦労してたんだろうが、家庭での愚痴を差し引いても、小学生に納得されるほど無能な政治家しかいない国ってのも、恐ろしい限りだな。
「ひいじいちゃんも苦労してたのかな」
「かなり、な。まだ読んでて解らない部分もあるから、戦前の日記も読まないといけないが、どうも足を悪くしたのは戦場でらしい。それも開戦直後の」
漫画や小説を途中の巻から読みだしたような理解度って言った方が伝わりやすいかもしれないが、怪我の部分もそうだし、所属部隊の再編とか、出てくる人物が曾祖父さんとどんな関係なのか、ちょっとこの期間の日記だけだと意味が分からない部分もある。
そもそも、曾祖父さんがどんな兵科だったのかさえ良く分からない。
「終戦間際は怪我を気に出来る余裕がなかったからか、それとも足が悪くても出来る仕事だったのか、漁船とか適当な船に乗り込んで空襲を警戒したり、その船に大砲積んで上陸してくる米軍と戦う準備してたらしいが、もう少し調べないとなんとも」
陸軍なのに、なんで船に乗ってたんだろう? それって海軍の仕事じゃないのか? 当時は、そこまで軍隊も混乱してたってことなんだろうか?
ただ、徴用船に積んだ砲がそもそも対空砲じゃないし、曾祖父さん自身が敵の航空機や潜水艦、揚陸艇とそれで戦えるとは思っていなかったらしい。
ただ、一点。蟷螂の斧と分かっていても、御国の命令ではあるし、それに、国民の誰もが戦っている。自分だけが辛いわけじゃない。そういう意味で書かれている部分は、現代の俺も強く共感できた。
昔も現代も変わらない。
クソ政治家の面子争いやお遊びを、国民は創意工夫で乗り越えていく。
結果、政治家はどんどんバカで無能になって、民意とかけ離れた気色の悪いゲテモノに政治が変化していく。戦後という枠組みでの国体そのものが、既に壊死して腐敗してるんだろうな。
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