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 曽祖父さんの仏壇ぶつだんに、一番小さい醤油皿でスチウを供えに行った智也。

 俺は、シチュー皿に二人分をよそってテーブルに並べてから、その背中を追い、縁側を抜けて和室に入った。

 夏だからか、線香とか蝋燭ろうそく和三盆わさんぼんがいくつか既に備えられている。

 俺が横で正座すれば、チーン、と、りんばちで叩いた智也も手を合わせ――。

「子等が、がんばりました」

「した!」

 ……心の中で三秒数えて顔を上げると、智也も顔を上げていた。ので、ダッシュで和室を抜ける。

「あ、オバケ出たぞ。逃げろ!」

「で、出てない! なんで置いてくの? アニキー!」

 よろけつつも俺を追いかけてくる足音がどたばたと響く。真面目な空気は、なんだか照れ臭い。そういうお年頃なんだ、俺は。



 さて、改まってダイニングである。

 テーブルに向かい合わせで座って、目の前にはスチウと適当に焼いた食パンがある。軍隊料理法の洋式ノ部の主食が食パンかサンドイッチだったので、主食は家にあった適当に安い食パンにしてみたのだ。

 熱すぎても食い難いし、冷める時に味が浸み込むってどっかで聞いた気がしたから、仏壇に参ってパンを焼いて、適当に放置してみた。多分、舌を火傷するって温度じゃなくなっている、と、思う。たぶん。

 簡単な料理ならした事はあるが、シチュー……いや、スチウをここまで原料から作ったことは無かったので、自作ということでどこか不安があり、最初の一口をためらっていたんだが、智也が躊躇無くひと匙を口に運んだのを見て、俺もあわてて一口目を口にする。

 ふむ……。

「なんだろ、シチューの元を使った時と違って、和風っていうか出汁と旨味が利いてる反面、あの濃厚さがなくて素材の味が主張してる」

 どこか豚汁に近い部分があるのかもしれないけど、スパニヤソース由来なのか独特のとろみがあるし……。ああ、肉はもっと大きく切っても良かったかなって感じで、歯ごたえは今でもあるけど、もっと豪快で良かった気がする。

 普通にシチューを作った時のようなミルク感が全くないし、胡椒が利いてるからかうっすらとカレーっぽい雰囲気があるけど辛くは無くて、でも、薄いってわけでもない。

 今のシチューにつながる大本だとは解るけど、昔のシチューというよりは、カレーとシチューに枝分かれする前の共通の祖先って感じがする。

 ふうん。

 と、思って二口目を口に入れると、さり、と、なんか嫌な歯ごたえを感じた。

「うぁ」

 ……玉葱だった。十字に切ったのではやはり大き過ぎたのか、火が通ってないわけじゃないんだが、しっかりと形と歯ごたえが残ってる。

 玉葱はトロトロじゃない認められない俺と智也は、煮る順番調整した方がいいな。玉葱に歯ごたえなんていらんし、味も主張しなくていい。あと、牛蒡も不味くはないんだが、上手くもないっていうか、香りと歯ごたえの主張がそこそこにあって、かつ、俺達にはシチューのイメージが既にあるせいで噛んだ時の多少の違和感は拭えない。

 ただ、この出汁の感じとかって、牛蒡の影響もありそうなんだよな。いや、水でさらした上に湯がいてるけど、なんか、根菜感が良い意味で感じられる。

 出汁に関しては、鶏ガラに鶏肉と鳥尽くしだったけど、牛肉を使った方がよかったかもな。牛乳とかを使ってないせいか、肉の風味が結構地の部分の味に影響出てる。だから、鳥だけだと少し薄く感じた。

 牛肉とか、豚肉、ああ、後は羊肉とかでも面白いかも。少なくとも、このレシピだと多少癖のある肉が必要だ。

 もっとも、レシピの指示そのものは大雑把だから、後は作ってる内に改良していけってことなんだろうな。まあ、あんまり細かく指示して、補給物資に○○がないから作れません、なんて言い出されたくなかったせいかもしれないが。

 スチウを焼いた食パンで掬って食べてもみたが、合うものの、既存のシチューからは更に離れたようにも感じてしまった。

 あ、食パンに合わせるなら、チーズとか欲しくなるな、コレ。

 適当に食パンと合わせてつまみながら、シチューとスチウのどちらが良いかは、もう、好みの問題だな、と、思った。

 真面目にレビューするなら……。


味:☆☆☆

難易度:☆

値段:☆☆


 俺は、自分達の手で作ったこともあって、この古風なスチウ、嫌いじゃない。ただ、改良の余地ありということで、味は星三つぐらいの評価だな。星五つを満点とするなら。

 そんで作る手間や時間を考えれば、難易度は残念ながら星ひとつ。

 値段は、主に普通のシチューと異なっているスパニヤソースの値段との比較になる。小麦粉と塩胡椒と牛脂なので、一応、こっちの方が安くはなるんだが、作るのにかかった時間と手間を賃金計算するなら星二つだな。


 ふと、もう一人のシェフはどうかと隣へと視線を向ければ、智也はバクバクと早食いしていて、すでに皿の半分をたいらげている。

「いや、お前、味もメモしろよ」

 肘で軽くつつけば、屈託の無い笑顔で唇を汚しながら「美味しい! さすが、アニキとボク!」と、全力で主張された。

「そうだろう、そうだろう」

 手間をかけたこともあって――、いや、智也も頑張っていたんだが、俺も苦労したのは変わらないので、そう何度も頷く。

「アニキ」

「あん?」

「次はなに作る?」

 コイツは……。俺を巻き込むことをなんとも思っちゃいねえ。遠慮知らずで、アホの子の癖に行動力だけはありあがる。

 あーあ、と、一回伸びをしてからガシガシとその頭を撫でてやる。反発力の強い短毛だ。髪の毛まで強情っ張りめ。

「感謝の言葉は?」

「ありがとうございます!」

 即座に頭を下げたのは評価してやるが、継いだ句は――。

「次もよろしく。アニキ!」

 ああ、もう、この野郎。ほんっとに、なんて手間の掛かるヤツだ!


「だからよ! 少しは俺を慮れ!」

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