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 すぐさま加熱を止め、少しずつ隣の鍋に加えようとしたんだが――。

「あ、バカ、お前、具を煮てる鍋の灰汁取ってないだろ」

 ついでに言うなら、牛蒡と玉葱の投入も忘れてた。ので、速攻で具材を突っ込みつつ、おたまを智也に握らせたが、また、あのあっつい作業なの? と、口以上に視線と表情で訴えかけてきた。

 飽きたんだな、子供だし。

 ただ、そうやって甘やかしては教育に悪い俺が面倒臭いので「ほれほれほれほれ、お前の宿題なんだろ? 自力で頑張れ」と、背中を押して鍋と向き合わせる。

 普通のキッチンに男二人で茹だった鍋とか、片方が子供だったとしてもサウナ以上だ。智也に鍋の正面を任せた後、手の甲で汗を拭ったら不意に風を感じて――見上げれば、換気扇が回っていた。

 あれ? そういえば……。縁側の方には扇風機あったよな。エアコンの風はキッチンまで届かないし、下手に使うと怒られるので、今は窓を全開にしているだけだ。風が吹き込んでくれれば涼しいが、強風だと物が落ちてきて、無風だと俺達が茹だる。

 ぽんぽん、と、智也の頭に二度手を乗せてからキッチンを後にする俺。

「ア~ニ~キ~」

 情けない声を俺の背中に投げかけてきた智也だったが、隣室の縁側から扇風機を持ってきて、食卓に乗せ、キッチンに向かって風を送り込めば「アニキ! アニキ!」と、弾んだ声で連呼された。

 三文字だけでこれほど感情が分かりやすいとは、こいつ、絶対ババ抜き弱いだろうな。

「煮えたか?」

「煮えた!」

 即答した智也の方から鍋をのぞき込む。ボコボコ泡立てる鍋が見えた。

 智也の返事は基本的にノリだから、自分で確認するにこしたことはない。が、今回は正しかったようだ。

 期待した目を向けてくる智也の頭をひと撫でしてから、木のスプーンで適当にスパニヤソースを掬って……。

「智也、しっかりおたま持ってろよ」

 そう言いながら、おたまの中で溶いていく。

「んん、ん」

 取り合えず、ひと掬いではシャバシャバなままだ。カレーとかシチューのルーってそこまで大量に入れずに粘性が出てくるよな。一応、少な目で入れて様子見してたんだが、とろみは……出てこない。

 改めて、今度はスプーンで山盛りに掬って溶いてみる。が、今度はとかく溶けにくくなってしまった。なので、スプーンの中身をおたまに移し、切るようにして細かくしたり、押しつぶしたりして、細かくしてから――。

「よし、智也。全力で混ぜろ」

 魔女が秘薬でも作るかのように、ぐるぐると鍋の中を全力で回し始めた智也。

 アホの子万歳。って――。

「バッカ、ジャガイモ潰しそうなほど混ぜるな! 汁を辺りに飛ばすなよ!」

 ったく、ノせ易いのはありがたいが、考えずに動くから目が離せない言ってゆーな。

 とかとか、そんな呆れ混じりな溜息を吐いた頃には、鍋の中の泡の膨らみ方が変わってきた。ふつふつと湧いてたのが、ぼこ、ぼこん、って感じになってる。

「とろみついてきたか?」

 おたまで混ぜてる智也に訊いてみるも、なんか反応は微妙だった。

「んー。だけど、色が変」

 変ではないだろ。むしろ、牛乳とか白っぽいものを入れてないんだから、なんというか、この油っぽい黄みがかったような色はむしろ自然だ。

「変じゃねえよ。買ったのじゃないならこのぐらい普通だ」

 ……多分。

 ほれ、味見してみろ、と、唆せば、智也はおたまにちょこっとだけ掬って、しつこいぐらいにふーふー、っと、息を吹きかけ、舌先でちろっと舐めて、その舌をしまわないままでなにかを視線で訴えかけてきた。

 が、アイコンタクトで全てが済むはずはない。

「味、どうだ?」

 改めて問いかけてみると、返事はにべもなかった。

「薄い」

 ばっさりだった。

 が、薄いだけなら大丈夫そうだなと思い、改めて自分でも味を見てみるが、香りや深みの意味では悪くないものの、まだ塩味があんまりしなくて、食欲をそそるとはお世辞にもいえなかった。塩って万能なんだな、と、改めて感謝しつつ、レシピ通りに塩コショウを加えていく。

 しかし、一度に大量に入れるのは怖くて、小刻みに何度も塩コショウを振ること五回、ようやく煮汁に塩味を感じ始めたと思ったら、唐突に味が締まるというか、もっと食べたいと感じる塩梅になった。

「あ、こんな感じじゃないか?」

 しょっぱさと旨みがちょうどマッチしたと思った所で智也にも味見させて見る。

「おおー」

 具体的なことは口から出てこなかったが、感動したような声色から概ね察して火を止め、すっかり遅くなった昼食の準備に取り掛かる。

 そういえば、朝昼兼用がブランチだとして、昼と夕の中間の食事はなんかそういう便利な単語があるんだろうか? 気にはなったが、既に調理を行ったことで行動力ゲージが黄ばむ程度にはダメージが入っていたので、検索は後回しにした。

 そして、俺がへばっている間に、猫背になってスチウの肉をつまみ食いしようとしていた智也の首根っこを摑まえ「ほれ、気が抜けて腹が減ったのはわかるが、まずは曽祖父さんだろ」と、言い聞かせる。

 ったく、相変わらず目の前の事しか考えられなくて、ひとつなんかすると、他の事を忘れるんだから、コイツは。

 もっとも、最大の理由は智也の宿題なんだが、それをこんなに複雑にさせる要因となったお宝日記の持ち主にも挨拶はいるだろう。

 指摘してやれば、智也はそうだった、と、再び動きにキレが出て、嬉々としてきびきびと小皿を準備しだした。

 そういえば、春にこっちで預かった時も仏壇の水を変える仕事を率先してやってたな。信心深いって性質ではなさそうだけど。

 お供えのなにが楽しいのかは分からないが、その行為のどっかが少年心をくすぐったんだろう。多分。

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