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「こんな感じ?」
時計を見ながら無心で左団扇をしていたら、智也の声で不意に思考を現実に戻された。
牛脂が縮んで、フライパン全体が薄く浸るぐらいの油が出ていた。
「おー、いいと思うぞ? 多分」
レシピにあるような油を沸かしてメリケン粉を炒めたことなんてないから、どの程度の量でどのぐらいのスパニヤソースが出来るのかは分からないけどな。
一応、温度確認も兼ねて菜箸で適当にフライパンの中身をかき混ぜれば、油のはぜる音が響くし、温度なんかも丁度良さそうだ。
「牛脂、どうすっかな」
縮みはしたが、フライパンの端に避けた牛脂を菜箸でつついてみる。プルプル揺れてて、色合いといい匂いといい……食欲をそそる。
油だし、脂質の取り過ぎは悪いって、テレビでも家庭科の授業でも散々言われているので、そういう知識はある。だが――。
「食えそうだよな」
うんうん、と、首を縦に振る甥っ子に、油が出た後の牛脂も取り除かずに小麦粉を投入することを、視線を合わせ……固く頷き合って確認する。
俺も智也も男子なんだし、油と塩気は大好きだ。健康番組を実践するのは、三~四十代になってからする。
よし、そうと決まれば、いざ小麦粉を……、小麦粉を。
「アニキ?」
小麦粉の袋を開け、計量スプーンの大匙を突っ込んだままフリーズした俺に、どこか不安そうに智也が声を掛けてきた。
「智也よ知っていたか」
厳かに、ゆっくりと口を開く俺。
「なにが?」
「このレシピには、油の量も小麦粉の量も書かれていないことを」
ぶは、と、噴いて、大げさにコケて見せた智也。
「まあ、俺がちっとずつ加えていくから、お前はヘラでひたすらに混ぜ続けろ。なんか、ヘラが重たくなったとか粘り気が出てきたらちゃんと言えよ?」
「う、うん……わかった」
イマイチ俺を信じていないような声で、智也が頷いたので、軽く腰をぶつけてヒップアタックしてやってから、ちまちまと、しかし、間が空き過ぎないように小麦粉を大匙で適当に掬って加えていく。
一杯目だと、小麦が揚がってる感じだ。二杯目でもまだまだ油に負けている。不安になりながらの三杯目でようやく直ぐに溶けきれなくなって、四杯目で小麦の力が勝ってきて、智也の混ぜてるヘラの動きに合わせてなんだかフライパンの中身全体が動くようになってきた。
「おお⁉」
「そろそろ、か?」
最後にしようと決めた五杯目を少しずつフライパンの中へと投じてゆけば、全部投入する前に油と小麦粉が一体化して、その上で泡立ちはじめた。
成功したっぽい? 多分。
「アニキ!」
いつも通りの智也が俺を呼ぶ声の中にも、尊敬が多分に混じってる。
「な? ほら、俺が言った通りだろう。全部上手くいくんだ」
自分で言っててなにが言ったとおりなんだかわからないが、結局は上手くいったので全部良しとする。
一応、メモしとくなら出た油と同じぐらいの量の小麦粉を入れれば大丈夫だな。まあ、見た感じ、気持ち同量よりはもう少し小麦粉が多めかもしれないけど。
そのまま軽く智也に練らせてから、鶏ガラと野菜くずを煮詰めていた鍋の煮汁……。骨とか、肉の屑とか、野菜の変な縮んだようなのとか、取り忘れた灰汁や油の部分を適当によけつつ、なるだけ奇麗な部分をおたまで掬ってフライパンに入れた。
ジュウ、と、焼ける音が響いて、焦げと香ばしさが混じった匂いがする。加えた直後はシャバシャバになり過ぎたか、なんて危惧したんだが、智也がヘラで四~五回混ぜると、粘土状の塊になった。
なんだか、まだ余力のありそうな硬さだったので、再びおたまでスープを加える。
「んん、雰囲気はよさげなんだが……」
一番の問題を言うのなら、シチューというにはややカレー寄りのうっすら黄色っぽいような独特の色味だ。一般的なシチューのルーの四つになってるブロックのひとつを、カレーのルーと置き換えたような、そんな色合い。なんか化学反応的なのが起こって、スープを入れると白くなるかとも思ったが、特にそんなこともなく、どっか不思議な色と硬さの塊が出来つつある。
ともかくも、ここであんまり緩くすると、
……ええい、出汁なんて後から適当に追加すればいいしスパニヤソースはこれで完成だ。
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