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 身近な女子を思い浮かべてはお互いの未来の可能性について熟慮じゅくりょしていると、智也が鳥胸肉とジャガイモを一口大に切り終わったようだ。響かなくなった包丁の音に、切り終えた具を煮始めようかと、こっちの鍋の加熱は止めないままだが一度手を止めておたまを置くと――。

「アニキ、水、どのぐらいにする?」

 雪平鍋を持った智也に早速質問された。

 俺がやってやろうとしたんだが、どうも智也は鶏ガラを根に持ってるのか、譲る気はなさそうだったので「とりあえず、二人分だし一リットルの目盛りから始めればいいんじゃないか? 具は入れずにまずは沸騰させるんだぞ」と、答え、よっこしょ、と、カウンターキッチンの反対側に回り、椅子に座って冷蔵庫のラムネを開ける。

「アニキ! なに飲んでるの!」

「お前、酒飲んでるわけじゃないんだから、大声出し過ぎだっつの。俺が熱中症になったら困るだろ?」

 両手で鍋の柄を抱えつつ水を入れる智也が、ビー玉を落とした音に敏感に反応して振り返る。小動物ちっくなその動きに、くくく、と、笑いながら優雅に足を組んで答えれば、うん、と、一度頷いた智也が歯をむいて食って掛かってきた。

「ボクはいいって言うの⁉」

「お前は、鍋で湯を沸かし始めてからだ。自分でやると決めたらやり切れ」

 むう、と、不満そうな顔をしたものの、その強情な表情のままで水を汲む智也。

 自分自身の目の前で、ラムネのプラスチック瓶を揺らしてその頑張りを透かし見る。泡立って見えるキッチンの景色は、まるで沸騰しているようだ。

 額の汗をぬぐい、Tシャツをバサバサと仰いでは、キッチンのバイトは絶対にしないと誓っていると、作業を終えた智也がちょこちょこと俺の横を通り抜け、冷蔵庫を開けて、ラムネを大事そうに抱えて、俺の横に座り――。

「開けてやろうか?」

「今度は大丈夫だもん」

 こっちは親切心で言ってやってるんだが、その自信はどこから来るんだか……。

 案の定、ガン、と、掌底でビー玉を落とした直後には、バブファ、と、ラムネを暴発させた智也。阿呆め、何度目だ。

「たーまやー」

 見慣れた光景に、そんな掛け声をかけてみるが『花火じゃない!』ってツッコミが来ないので、ワタワタしている智也に素直にタオルを投げかける。

 なぜか智也が触れた炭酸は暴発する。きっと前世で炭酸水飲み過ぎたんだな。もしくは、流行りの異世界に行って、炭酸の神様になにか変な悪戯して帰還したんだろう。

 ラムネの口を完全に口の中に頬張って、リスみたいに膨らんだ頬でテーブルを拭いている智也を尻目に、汗でグショグショのTシャツを脱ぎ捨てて、タオルで鉢巻きして再びキッチンへと向かえば……。

「アニキ、次、油じゃなかったっけ?」

 そういえばそうだった。智也に指摘されるとは、俺も暑さでやられたか。

 着替えるのも面倒臭いと思うんだが、ここで男版の裸エプロン……いや、下はちゃんと穿いているが、そんな斬新な格好を見せつけて、智也が変な性癖に目覚めたら目も当てられない。智也とは別種のアホの娘が、BLにおける同性を意識を始めるきっかけを春に熱く語っていたことだし。

 仕方なく、大人しく、別のTシャツを庭の洗濯物から取ってくれば、ラムネをほぼ一気飲みした智也に「ぐ、がぁげふー」と、独特のゲップで出迎えられた。

 ゲップにチョップを返してから、再び男二人で灼熱のキッチンに並び起つ。

「コンロ、二つしかないから鶏ガラは外すか。あ、智也、雪平鍋も煮立ってきたから肉とジャガイモつっこみな」

「はーい……」

 一丁前な返事が聞こえてきた後、俺が鶏ガラを煮ていた鍋を移動させてフライパンをコンロに乗せれば、とぽ、ととぽ、どぼん、と、派手な水音ともの熱湯の飛沫が襲来してきた。

「うお⁉」

「あっつ、マジで熱! バッカ、お前、なにやってんだよ⁉」

 反射的に水しぶきを手で払いながら飛び跳ねるダンスをしちまtってから、隣に視線を向けるが、智也は鍋の前で金属製のボウルを持ったまま仁王立ちしていた。

 ゆっくりと顔だけがこっちを向く。

「具を、入れた」

「愚か者め」

 面倒臭がって、もしくは、なにも考えずにボウルをそのまま逆さにして鍋に突っ込んだな。

 軽く叱りつけつつも火傷の有無を確認するが、特に異常はなさそうなので氷で冷やさずにそのまま作業を続行した。ワンチャン、さっきのからかいの仕返しかもと思ったが、もしそうだったらへこむので考えないことにする。

 フライパンに牛脂を――余らせても使い道がないし、考えた上で貰ってきた分全部放り込めば、智也が俺とフライパンの間に割って入ってきた。仰け反って、頭を俺の腹と胸の境目ぐらいに預けつつ、見上げてくる智也。

 自分でやりたいってことらしい。

 鍋の面倒見てろと言いたいところだが、そっちは茹でてるだけだから退屈し始めたな、コイツ。

「取り合えず、中火設定の百八十度で加熱して、焦げないようにそこの黒いヘラで転がせ」

 牛脂を掴んだ手を洗おうとシンクへ向かいつつ指示を出せば「らじゃ」と、敬礼した智也がIHヒーターの過熱を押した。

 ピーっと、あの特有の甲高い電子音が響く。

 さてさてさて、と、若い者が頑張ってるなら安心して身を引こうか、と、手を拭いた後はテーブルでさぼろうとしたんだが、無言のままジト目で見つめられては、溜息をひとつ吐いて横に立ってやるしか出来ない。

 正直、俺、いらないだろ、牛脂に熱加えて油を出させてるだけなんだから。

 適当に、近くにあった団扇で自分を扇ぎ、たまにはフライパンの前の智也にも風を送ってやる。

 夏場のキッチンで長丁場になってきたからか、なんとなく無言で作業する俺達。改めて時計を見れば、予定していた昼飯の時間は一時間前に過ぎていたらしい。

 時間があっという間に流れてる。

 まあ、不幸中の幸いは、作業が忙しすぎてあんまり腹が減ってない事か。

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