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 朝のセールで、ようやく予算を抑えつつ決行の目処めどが立ったその日。

 近所のスーパーにて鳥胸肉百グラム三十九円のを五百グラム程度のパックでひとつ選び、そのついでと『お肉を買われた方はご自由にお持ちください』との看板に甘えて牛脂をビニールで……。

「今日ね、アニキと夏休みの宿題する!」

 常識的な量をビニール袋に入れようとしたところで、智也が精肉コーナーのおばちゃんに、愛想よくそう宣言した。ちゃっかりと、銀色の薬味皿のスキヤキの試食まで受け取った上で。

 ぎょっとする俺を他所に、智也とおばちゃんが仲良さそうに話し続けている。

「あらぁ、そうなの? なにするの?」

 成人した子供の三~四人はいそうな、まるっとしたおばちゃんが、どっか嬉しそうに智也に訊ねた。

 おばちゃんの返事を聞いているのかいないのか、おばちゃんがしゃべっている間にスキヤキを食べ終え、試食の薬味皿をゴミ袋に捨てた智也は――。

「昔のシチュー。だから、肉の脂がたくさん要るんだ!」

「へぇ、たいしたものだね。ほら、たくさん持ってきなさい。他には、なに買うの?」

 智也が俺へと視線を向けたことで、おばちゃんも自然と俺を見詰め、二人の視線に追い詰められた俺は、出汁用に冷凍庫の中に陳列されている鶏ガラを指差した所で、智也が元気良く「鶏ガラ!」と、叫んだ。

「そうなの頑張ってね!」

 あ、そっちは値引いたりしてくれないんだと思うも、ビニールにたっぷり入れてくれた無料の牛脂はそれだけで十分に助かるので――なんなら、鳥胸肉と鶏ガラを別に買いに来て、その都度牛脂を貰っていくことも考えていた――素直に頭を下げてから精肉コーナーを後にして、さっきのおばちゃんが十分に離れたことを確認してから、呟くように智也に話し掛けた。

「……お前、すごいよ」

「なにが?」

 計算しての行動ではないのか、本当に分かっていない顔で首を傾げた智也。

 軽く嘆息して、俺は続ける。

「将来、女泣かせになりそうだな」

「アニキもそうなんでしょ? モテモテで」

 もしそうなら、アバンチュールの季節にお前とこれだけ遊んでやれてるか! と、ツッコミたくもなるが、そこはアニキとしての威厳を保つために、乾いた声ではあるものの「はっはー、もちろんだ」と、答えておいた。

「アニキとそっくり」

 どこか嬉しそうにガッツポーズする智也。

 懐かれて満更でもないんだが、従兄妹同士は結婚出来るので、女の子の親戚だとより嬉しかった、の、一言は飲み込んだ。智也がうっかりどこかでその発言を晒せば、俺が犯罪者予備軍みたいに思われてしまう。

 残りの材料の玉葱は、百円の一袋。ジャガイモや牛蒡ごぼうも同様に。塩コショウは家にあるのを使わせてもらうとして、小麦粉はどれぐらいあればいいのか分からないので、一キロの袋、税抜き百九十五円のを選び、千五百円で小銭が少々返って来た。予算としては、まあ、上々だろう。

 ……智也預かった際に、叔父さんと叔母さんから夏休みの小遣い、万札でそれなりの額を貰っちまってるし。


 予算削減のため、エコバック持参での買い物の帰り道。上機嫌の智也と並んで家まで歩きながらも、つい口を衝いて出てくるのは――。

「買って終わりじゃないのがまたつらい」

 と、コンビニ弁当や学食、購買との違いを嘆く俺に智也が「だから、面白いんでしょ?」と、顔を上げて訊ねてくる。

 そのくりくりの大きな眼に、子供はいいな、なんて思いながらも、俺自身も親の脛を齧っている以上、大人とは言えず、上手い表現が思い付かずに、スキップする智也に合わせて、フライパンみたいな陽炎の立っているアスファルトの上で家路を急いだ。

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