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 ごちそうさまのかわりに、智也に検索結果を告げてブランチを終えた俺。

 喜び勇んでテーブルに手を衝いて飛び跳ねる智也のせいで、食後の食器がガチャガチャ揺れたが、左手で暴れん坊を抑えつつ、右手で皿を重ねて持ち、食器をシンクの水の中に沈める。未だに俺の半分ぐらいの智也を小脇に抱え、リビングの共用のパソコンの方を立ち上げた。

 データ容量はそこまでじゃなかったんだが、俺のスマホや大学用のタブレットに落として通信量を圧迫したくなかったし、なによりどっちの画面もそこまで大きくない。智也と見るにはデスクトップのが良いだろうとの判断だ。そうして、pdfファイルで料理法の方と調理法の両方を落とし、早速開いてみるが……どっちもやっぱり旧仮名遣で読み易いとは言えない。

「曽祖父さんの、スチウって書いてあったよな?」

 智也が頷いたので、両方の文献を比較してみると、古い方がスチウで、新しい方がシチウだった。混同してた可能性はあるんだが、几帳面だった曽祖父のことを考えれば、どうも古い方を指してるっぽいんだよな。

 やっぱり色々と面倒臭くなって智也の方へと視線を向けるが、キーボードを早く打てて凄い、といった弟分の羨望の眼差しを向けられてしまっては、手間だからやめようとは口に出来ない。

 良い兄貴のジレンマだな。

 仕方なく軍隊料理法の方のページをスクロールしていくが、野菜の切り方から火加減といった初歩の初歩から書かれているようだ。

 つか、もろに鳥って感じのを捌く図まである。現地調達した食材を使うことも想定して書かれてるのかもしれない。

 ……もしかして、蛇とかも出てきたりして。

 蛇とかカエル、美味いとは聞くが近所じゃ売ってないよな。つか、そもそも、今のスーパーで売ってない食材とか調味料があったらどうすっかな。


 著作権切れということだけど、そもそも何時頃いつごろ出たのかと思って確認すれば、明治時代だった。昭和以前の元号の順番がちょっと曖昧だが、取り合えず相当昔のようだ。そんな昔のなのに、洋食のレシピが乗ってる。当時の料理本とはいえ、侮れないな。

 ただ、そうすると、なんで発行年が古い方のレシピを曾祖父さんが指してるんだろうか? 確か、大昔に、大正生まれなのを自慢してたと思うんだが……。戦時中……いや、戦前になんかあったってことなのかね。


 切り方なんかの項目を流し、レシピの目次をたどってみるが、曽祖父さんの日記にあった煮込――スチウ以外にも、コロッケとか色々と見知った名前も並んでいて、横からディスプレイを覗く智也に「色々載ってるみたいだが、なにを作る?」と、改めて訊ねてみた。

「スチウ!」

 即答だった。

 第二章 各種調理法、洋式ノ部、弟二節、其三にもろに煮込スチウとある。智也もそこを指差している。

 いるんだが……。

「夏場にか?」

 硬く頷く弟分は「カレーとかもあるし、ほら、もっと簡単にできるのもあるんだから、そういうのでも」と、俺が説得を試みても、一本芯が通ったような眼差しで真っ直ぐに俺を見つめ返してきている。

「もう! 口が! スチウしか! 受け付けない!」

 地団駄を踏む足音でリズムを取るように、叫ぶ声も短く区切って、全力で主張している智也。

 テンプレートとまでは言わないが、子供の分かり易い駄々の捏ね方だな、と、どっか微笑ましく見守りながら「多分、ルーを溶かすのと違うから、がっかりするかもしれねえぞっと」と、茶化しつつ、片手間でスチウのページまで画面をスクロールさせる。

 うー、と、獣みたいな唸り声と、視線の圧力。

 ……まったく、誰に似たんだか。

 そんな風に独り言つてみれば、お前だろ、と、周囲に突っ込まれる自分の姿が瞼に浮かび、ふふん、と、軽く鼻で笑ってしまう。

 そういうことなら――、かつて、やってみたいこと、拳を握って我慢した俺と同じ目に合わせるわけにはいかないだろ。我の強いガキンチョの従兄弟なんだから、余計に。


 根負けして、レシピの項目には洋式とあったので、洋風に肩を竦ませてアメリカンに降参する俺。

「分かったよ。しゃあねえ! やったろうじゃねーか!」

 うらぁ、と、甥っ子の首根っこを引っ掴めば、智也はどっか嬉しそうに飛び跳ねた。

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