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 どうせ卵とハム焼くぐらいだろうけど、フライパンから火が立ち上ったりされたら困る。俺は一般人なので、監督不行き届きの責任を取らされるから。

 だから念のためキッチンが見えるよう、テーブルの窓際の席に着いて、甥っ子の背中を見るともなく見守りつつ。

「仕方ない、ネットでざっと調べてみるか」

 スマホで『軍隊』、『昔の』、『料理』と、スペースで区切って検索をかければ、いきなりそれっぽい文献に当たった。

 検索の上位が大体それだし、多分、これに載ってるはずだ。

「んん? 二冊あるのか? どっちだよ……。ええと、確か曽祖父さんは陸軍だったよな」

「ん⁉」

「いや、お前は、火を使ってて気を散らすなよ。火傷したら、お前が好きな年越し番組級の過酷な罰ゲームさすからな」

 俺の独り言に反応した智也に注意しつつ、無言でスマホをスクロールして、信頼の置けそうな一次情報を探っていく。

 まあ、この辺は大学の授業で少しはコツをつかんでる。

 どっちの料理本も現代語訳されたり、レストランなんかで再現レシピを掲載してたりもするみたいだけど、古い書籍なので、国立国会図書館のサイトで原本も公開されてるらしい。

 っと、そうこうしてる間に、卵とハムを焼き終えたのか、ご飯とインスタントの味噌汁と、ハムエッグがテーブルに載せられていた。ただ――。

「サニーサイドアップなら、蓋して蒸らせよ」

 ぷるんとして、どこか頼りなげに揺れている黄身の部分を見つめてそう注文をつけるが、それのどこが不満なのかと不思議そうな顔をした智也に訊き返されてしまう。

「え? 朝、ボク卵掛けご飯にしたし、大丈夫だよ」

 いや、まあ、卵の新鮮さだけを問題にしているわけじゃなくてな、と、内心眉根を寄せながら、なんといったものかと考えていると、俺の返事を待たずに智也が問い掛けてきた。

「そういえば、アニキはスクランブルにするけど、なんで?」

 醤油を卵焼きに掛けながら、本当は卵にはケチャップ派なので「ケチャップとよく絡むだろ?」と、卵には醤油派の弟分に言い聞かせる。

 ちなみに、御袋はソース派で、親父はマヨネーズ派であり、ともすれば戦争が生じかねないので家の卵はなにも掛けずに出てくるのがデフォルトだ。もっとも、両親が両面焼きの所を毎度スクランブルを注文していたせいで、自分で作りなさい、と、言われ、今じゃ多少の自炊能力も得ているが。

「そっかぁ」

 明らかに、俺の本心を理解しての返事ではなかったが、卵になにを掛けるかという永遠の命題に、従兄弟同士で決着をつけるわけにはいかず、俺はスマホ片手に甥っ子の作った朝食を口に運び始める。

 左手でフリック操作しながらヒットしたページを読み漁る。と、そこでふと、疑問に思い、くわえ箸で智也に問いかけてみた。

「そういえば、お前、水団とか食ったことなかったっけ?」

「あるよ」

 即答だった。

 そして、くわえた割り箸を上下させながら一拍待ってもそれ以上の言葉が返ってこなかったので、俺から更に問いかけてみる。

「戦争中の食事で出てくるのって大体あれじゃないか?」

「え? だって、この日記、すいとんまだ出てこないよ。なんで給食であんなねちゃねちゃしたの食べさせて、戦争の歴史って言ってるの?」

 俺の正面で、足の届かない親父の椅子に座って足をプラプラさせている智也。

 純真な子供って難しい。

 戦中食が水団の理由は……なんでだろ? 俺も知らない。そもそも日本で小麦ってそんなに生産されてるイメージなかったし。つか、小麦余ってるなら、コメじゃなくてパンを食えばよかったんじゃないのか? まあ、でも、日本で自給自足したらってテレビ番組で芋が多用されるのと似たようなものなんだと思う。

 ……あれ? そういえば、あの番組もなんか変じゃないか? サツマイモをなんでそんなに作ってんだろ、ジャパンは。冬場の焼き芋のイメージしかないんだが。あと、焼酎。需要が少ないから、供給が間に合ってるとかなのか?


 ま、まあ、食料自給率とか、貿易の収支とか、円高とか円安とか、一面を見れば納得がいかないが色々な部分で折り合いをつけた結果だと思う。経済学部でも農学部でもない俺には、専門外で即答できないし、突き詰めればただの妥協の結果なのかもしれないけど……。

「俺も大学生だからな、きっと社会人になれば上手く言えるようになる」

 大人の言い回しでこの場を逃げると、智也は「ふうん?」と、よく分かっていないけど、興味がないので追求しないといった顔と口調で答えた。

 なので俺も、ずずーっと味噌汁を啜り、喉を潤し。

「見つけた文献、著作権切れのはずだから、国立国会図書館のデータベースで見れるってよ」

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