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 …………。

 親に怒られるってことは、子供にとっては大事おおごとだ。自力で出来ることを考えて、全力の七~八割の確実な場所を選んでた小学校時代の俺と、今の智也は違う。

 どうして出来もしないことしようとしたの? こんなの、ネットで調べれば一発でしょ? お父さんお母さんを困らせたいの? 学校で、自分のお子さんの教育は出来てるんですか、って意地の悪い先生やPTAに言われるのよ? ……か。

 今なら当時の自分の気持ちも親の気持ちも分かるし、感情で怒っている所に理詰めで返事しても意味はなかっただろうけど、あの時、知りたいこと、作りたい物を通して、自分自身のアイデンティティーを確立させようとしたんだよ、と、答えられたらどうなっていたのかな。

 いや、そもそも、小学校中学年になっての『戦争について』なんてテーマは、夏休みの宿題としては一般的な方だ。敗戦国だから、変な教育を押し付けられてるだけ。教師の方も、驚きなんて求めていない。実際、教師自身が戦争未体験世代だろうしな。

「料理は面倒臭いぞ。適当に、戦争は悪いことです。先生の教育のおかげで、昔の日本の事について反省しました、戦争してはいけないと思いました、とか、そんなこと書けばいいんだからな? どうせ、ろくすっぽ読まずに、テンプレ表現の有無で成績つけてんだろうし」

 変に尖った事を書いた方が、問題児扱いされて大変な思いをするだろう。

 もっとも、俺や智也にしてみれば、今更って部分もあるのかもしれないし、純真な子供に言うべき台詞じゃないのかもしれないが。

 しかし甥っ子は、俺の気遣いをまったく理解せずに、キョトンとした顔で逆に訊ね返してきた。

「戦争で、かたっぽだけが悪いことなんてあるの? それに、日記のひいじいちゃん、悪い人じゃないよ、絶対に」

 ……子供って、時々物事の確信をついてくるから不思議だ。大人になれば、たとえそれに気付いていても、しょうがない、そういうものだで済ませてしまう部分に関して特に。

「どうしてそう考えたんだ?」

「ゲームでもアニメでも普通のことだよ。理由もなく戦わないし、勝ったら正義ってわけでもないでしょ?」

 真顔で尋ねてみると、なんでそんな当たり前のことを? とでも言いたげな顔で智也は言い切った。

 ……成程、ニュースなんかじゃ犯罪の原因みたいにコメンテーターが騒ぐが、そういうのばっかりでもないということらしい。俺の好きなスニーキングゲームも、旧作はしっかりとストーリーやメッセージが詰まってるしな。

 つか、まあ、ゲームやラノベ、それに漫画を悪者にするのは大人の事情が多分に含まれてるんだろうけど。暇つぶしにころころ制度を変えるだけで、いざって時コロナ禍には適当な責任逃れの要請出しただけの全く仕事しない国会議員が悪い、学校教育制度が悪い、教師の力量不足、なんて声高には主張し難いんだろ。事実だからこそ。


 男同士なのと、間が丁度よかったので俺もトランクスとTシャツの寝巻きから、着替え――といっても、下にカーゴパンツ穿いただけだが、身支度を整え台所兼ダイニングに向かって部屋を出て階段を降りる。

 家中の窓は開いているようだが、流れる風は今日もクソ暑い。なにもしていなくても汗ばむほどに。

「残飯スチウねぇ」

 癖っ毛を掻きながら、その部分だけは似ていない直毛の智也を羨んでたら、自然と言葉が漏れた。

 適当でいいなら、それこそ今日の飯の残りとか、三角コーナーに押し込む予定だった野菜屑なんかを適当に煮てそれっぽいのを作ればいいのかもしれないが、不味そうだし、食中毒を起こさせるわけにもいかない。

 ある程度安全な、テレビ番組の節約料理とか、サバイバル料理なんかを考えながら、トントン、トン、と、階段を降りていたんだが、先行する智也が、肩越しに振り返って「え⁉」と、驚いていた。

「ん? 違うのか?」

 てっきり、不味い物を食べて戦争を偲ぶ会みたいのをイメージしたんだが、智也の顔を見るに、どうも間違って解釈してしまったようだった。

 だが、曽祖父ひいじいさんの日記を読んで感想文を書くとかなら、反対する理由は一つも無い、むしろ、願ったりだ、と、どっか気を抜いた俺の目の前で、知也は「美味しい方を作ろうよ」と、想定以上の厄介事を突きつけるという、事実上の宣戦布告をした。

 子供の好奇心って、どう繋がってるのか理解不能だ。

 いや、不味いのよりは美味いの作りたいって気持ちは少しは分かるが、それだと宿題の趣旨からは離れていくと、従兄弟のお兄さんは思うんだけどな。

「キッチンの戸棚の上に、たしかシチューのルーがあったから、箱の調理法見ながら勝手に――」

「昔のスチウ!」

 言ってる途中で被せて返事すんなよ。ったく。

「……つっても、曽祖父さんの日記にレシピまで載ってるのか? 載ってるとして、段ボールのを全部読み返すのか?」

 軽く脅して翻意を促してみるものの、甘言には乗らず、口を真一文字に結んで無言で頷く甥っ子。

 ここで思い止まってくれればありがたかったんだが、過程が大変だからと退く性格ではないか。俺も、コイツも。

 寝起きの頭を掻く。寝癖は……別に、直さなくてもいいか。今日は外出の予定がない。それに、癖っ毛に混ざれば寝ぐせもヘアスタイルと言い切れるし。

「まあ、ともかくも、今は俺のブランチだ」

 長引きそうな話に、視線を正面に戻し、智也を追い抜いて階段を降りきる。

 だが、その直後、残り四段を飛び降りた智也が目の前に変身ヒーローよろしく着地し、俺を追い抜いて台所のドアを開け――。そのまま流れるような動きで、ポーズ付きで颯爽と振り返り、俺を正面から見上げて男らしく取り引きを持ち掛けてきた。

「それはボク作るから、作ろうよ! スチウ!」

「おー、おー、やってみろやってみろ。上手く出来たらやるから」

 俺自身が不精しているってのも否めないが、危ないから大人しくしとけと男の子に言うのもなんだか違う気がして『考えて』の部分にアクセントを置きつつ、甥っ子の自主性に任せてみる。

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