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「大丈夫だよ」

 うん? と、首を傾げて自信満々の智也に続きを促してみる。

 智也は興奮冷めやらぬのか、鼻息も荒く言い切った。

「最初……じゃなかった、一番上にあった、一番新しいのには、子等へ、って習字が乗ってた」

 習字? ……ああ、筆で和紙に書かれてたって意味か。

 反射的に、額に手を当てて俯いてしまった。

 マジかよ、寝起きにヘビー過ぎるだろ。

 ベッド脇まで移動して腰掛け、膝に肘を衝き、額に当てていた右掌を滑らせ、最終的に掌の上に苦笑いの顎を乗せる。が、自分の正義が証明されたとでもいうかのように跳ねだしたチビッ子に押し切られてしまった。

「それで、こっち!」

 ああ、もう、これだから子供は。

 多分、宝探しで財宝を引き当てたような気分なんだろうが……いや、確かに重要で貴重なモノを見つけたんだが、だからこそそれと対峙する準備をさせて欲しいんだがな。

「また、古い方に戻るのかよ……」

 俺の都合なんてお構いなしの智也に、さっき頭に乗せて返した日記帳を渡されれば、新しい日記をベッドの横に置き、再び渡された方を適当に開いてみる。ドッグイヤーなんかは付けられていない――って、この年代モノの日記にそんなの付けてたら、流石にしっかりと俺も叱るしかないんだが、ともかくも、智也の目的のページが分からなかったので、適当に真ん中辺を開いてみる。

 しかし、正確に覚えてるわけじゃないが、この時期って戦中戦後の一番ままならない時代だったんじゃなかろうか。曽祖父さんが当時なにをしていたのか良く知らないので、なんとも言えないけど。


 俺の前に持ってきたって事は、多少は智也も読めるんだろうが、前後から類推している部分もありそうなので、難しい表現なんかは少し柔らかくして読み聞かせてやる。

「生活困窮するも、明日の荷揚げの職を得、焼け野原に雨後の筍のように生えたバラックの町並みを横目に――」

「その次」

 読んでる最中に催促され、ああもう、と、心の中だけで悪態をついてから、翌日の日記へと目を落とす。

「給料日。占領軍向けの仕事であったため、十分な報酬を得ることが出来た。また、帰りには、同じように占領軍の残飯を運び出す者と合流することが出来て、闇市にて残飯スチウを買って帰る。妻子ありがたがるも、かつての帝国陸軍のスチウと比べるべくもなく、涙こみ上げる」

 詳しくはないが、手に入る食料が、戦中に食べてたのよりも不味くて苦労してるって事か。残飯って付くぐらいだし、前後の文脈から考えれば、そういうことなんだろうが。

 確かに飽食の現代において心を抉る一節なんだとは思う。だが、母親が水の量間違えてたいた米とか、フライパンで焦げた朝食以上の不味さに当たってない身としては、どうにも実感には乏しいというのが本音だ。それに、この日記のどこに甥っ子が目をキラキラさせる要因があったのかも分からない。

 で? と、首を傾げて見せれば、智也は明らかに弾んだ声で宣言した。

「宿題に使えるかも!」

「あ――、あれか」

 ……智也の夏休みの友や算数や漢字のドリルは俺の両親の目もあるのですでに終わっていたが、自主制作系のなんかが一個か二個、確かまだ残ってたな。自由研究と、あとは、『戦争について』だったか? 多分。家族から当時のことについて聞いたり、図書館とかで調べてきなさいってプリントを、智也に見せられた記憶が、うっすらとはある。

 つか、家族から話を聞けと言われても、当然のことながら、俺も両親も又聞き以下の話しか出来ないし、早めにサービス付き高齢者向け住宅に入った祖父母さえも生まれて間もない頃だ。だから今日まで保留にされていて、適当に混まないタイミングで博物館に連れて行く予定だったはずだが……。


 智也は、誰に似たのか、思い込んだら一直線で、こうと決めたら絶対に譲らない部分があるらしい。子供なら誰しもそういう部分があるという、可愛げのあるものだけでなく、船の瓶詰めを作ると、割り箸と叔父さんの高い焼酎の酒瓶で数年間試行錯誤したり、化石を探して一年以上近くの河原へ通ったりしていたそうだ。

 まだ途上だからと言えば全てが終わってしまうが、似ているとよく言われる俺としては、俺より純粋だが、その分、こだわり過ぎて着地点を見つけるのが下手と評している。

 そういえば、去年や一昨年の自由研究や工作の宿題も、凝り過ぎて夏休み最終日に半分ぐらいしか終わっていなくて、家族総出で仕上げたって叔父さんが言ってたっけ。

 その叔父さんの助言に従って、これまでの宿題じゃ無難な提案をしてやってたはずなんだがな。

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