第7話 ペザンテ

 事務所に所属してから数え切れない程のデモ音源を作り、佐田さんの所へ持って行きその度に、尽くダメ出しをされほとんどのデモ音源が、消化不良となりデモ音源意外の何者にもなる事は無く消えて行った。

佐田さんは、僕に期待してくれているからこそ時折、辛辣な言葉で僕を叱責し、追い込んで来た。

「田口くん、こんな曲やったら誰も聴いてくれへんで?

田口くんは、音楽で人の心動かしたいんやろ?」

「はい・・・すみません」

「歌詞は、良いねん!けど、それやったら詩集とかでええやん!

そこにメロディーが乗るから歌になる訳やんか?

良いメロディーが無かったら人の心なんか動かされへんねん!」

「はい・・・頑張ります」

「頑張っても、現状がこれやから言うてんねん!

重心を歌詞に置く事は、良い事やけどメロディーとのパワーバランスが悪すぎる!今週中に、新しく三曲作って!プロは、甘い世界ちゃうで!」

「はい、何とか作ります!」

勢いで今週中に、三曲作ると約束してしまったが、今週と言っても後、2日で来週だった。

一日に一曲作ったとしても、残りの一曲はどうすればいいのだろうか。

僕は、事務所を出て直ぐに亜美に連絡をした。

「すみません。今日は、カラオケで曲作りたいので帰れないです。

明日の朝に帰ります。本間にすみません。」

直ぐに返信が来た。

「全然大丈夫!良い曲が出来たらいいね!!

無理し過ぎたらあかんで〜!体調には、気をつけて!」

一緒に住んでいるのに、体調を気遣った内容が物理的にも心理的にも距離を感じた。

早く良い曲を作り、以前のように亜美と過ごせる時間を増やしたいと思った。

僕は、カラオケ店で夜通し曲を作った。

何度も何度も色んなコード進行を試したが、不協和音しか生まれない。

隣の部屋からは、同い年くらいの大学生達が今を時めくミュージシャン達の歌を歌う声が聴こえる。

疲労困憊に達した頃に、出来た曲は隣の部屋から繰り返し聴こえる歌声と全く同じ曲になっていた。 

一度、休憩を取る事にした。

ドリンクバーのアイスコーヒーを飲んだ。

アイコーヒーを飲みながら亜美との日常を思い出した。

亜美との日常の中で、楽しかった事だけの走馬灯を駆け巡らした。

亜美の笑い声や包丁でまな板を打つ音や洗濯物をパタパタと鳴らす音が聞こえて来る。

全てが、メロディーのように聴こえる。

僕は、コップの底の氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーを鈍い音を立てながら一気に吸い込み、コード進行をメモした。

今までとは、違うリズムと曲調の物が出来た。

この感覚を忘れない内に残りの二曲も急いで作った。

それを携帯の音声メモ機能に録音して、翌日、佐田さんの所へと持っていた。

「もう、三曲出来たん?本間にちゃんと作れてるん?」

「はい!大丈夫です!」

僕は、録音した三曲を再生して佐田さんに聴かせた。

佐田さんは、一言も発する事は無く真剣な顔つきで僕の曲を聴いていた。

三曲全てを聴き終えると佐田さんは、ソファの背もたれから離していた背中を肩の力を抜きながら背もたれに戻した。

「・・・良く頑張った!昨日の今日で、三曲ともめっちゃ良い!」

「ありがとうございます!」

「今までの曲より、温もりのあるメロディーになってて不協和音から協和音になってるしこれやったら全然合格ラインや!」

「良かったです」

「再来週にport&port主催のライブがあるからそれに、田口くんも出よか!」

「良いんですか?」

「勿論!その代わり今日持って来てくれた三曲の内のどれか一曲は、やる事を約束して欲しい!どの曲をするのかは、田口くんに任すわ」

「分かりました!再来週までに、微調整して完成させてちゃんと歌えるように

しときます」

「お願いします!」

僕は、佐田さんにやっと褒められた事よりも自分が思っていたよりも早く曲が完成し、久しぶりに、亜美と過ごせる時間が増えた事が嬉しかった。

亜美の自宅に着く前に、今から帰ると亜美に連絡をした。

いつもなら勝手に自分で鍵を開けて家の中に入るが、この日はインターフォンのチャイムを鳴らした。

玄関の扉が開いた。

「お帰り!」

亜美が、笑顔で出迎えてくれた。

「ただいま」

僕達は、会っていなかった時間にお互いがどのように過ごしていたのかを話した。

「涼太くん前にお祭り行きたいって言うてたやんか?

明日、隣町でお祭りあるから行く?」

「行きましょう!」

「でも、曲作りは大丈夫なん?」

「大丈夫です!

思ったよりも早く出来たんで、後は微調整するだけなんで明日、明後日くらいまでは、亜美さんと一緒にゆっくりしたいです」

「ほんまに?嬉しいわ!明日のお祭りで浴衣着よかな?」

「浴衣ですか?良いじゃないですか!でも、僕は甚平とか持ってないですよ?」

「全然大丈夫!私も大学生以来着てないから、久しぶりに着てみたいだけやし!」

「社会人なってからは、着てないんですか?」

「うん!社会人なってからお祭り行くのも初めてやで!

やっぱり、大学生の涼太くんと行くし、浴衣着たらちょっと若く見えるかなと思って」

亜美は、浴衣を着たい本当の理由を少し照れ臭そうに話した。

「でも、京都行って以来やから二人で出掛けるのめっちゃ久しぶりやな」

「すみません!僕が、あんまり時間作られへんから・・・」

「本間やで!もっと、色んな所に行きたいし、色んな話もしたいのに!」

亜美は、わざと拗ねた表情をしながら言った後に、微笑んだ。

僕ももっと、亜美と色んな所へ出掛けたいし、伝えなければいけない事がある。

亜美もきっと、その事を伝えて欲しいと思っているが、僕の音楽活動が安定するまでは待ってくれていると思う。

だからこそ、その亜美の気持ちを蔑ろにしてしまう事が出来なかったし、それを伝えてしまうと音楽活動の方が見失ってしまいそうで怖かった。

翌日、薄暮頃に僕達は家を出て隣町のお祭り会場へと向かって歩き出した。

履き慣れていない下駄でぎこちなく歩く亜美の歩幅に合わせて歩いた。

道には、僕達と同じように浴衣や甚平を来た男女が暗闇の中で、先にある微かな一つの光を目指して歩いていた。

「地域のお祭りやからそんなに大きくないお祭りやけど、それでも人多いな」

「僕は、大きい有名なお祭りよりこういう小さなお祭りに行く方が、色んな事見れるから意味があると思うんですよ」

「色んな事って例えば何?」

「大きいお祭りは、小学生の子供達だけで行く事を中々親に許してもらえないですけど、地域のお祭りは子供達が親の同伴無しで夜に遊び回れる唯一の瞬間で、小学生達にとってその貴重な夜をどんな感じで楽しんでるのかとかが、見れるじゃないですか」

「小学生だけ?」

「中学生も面白いんですよ!

大きいお祭りでは、中学生くらいになると友達同士で行きますけど、人混みと大人と髪を染めてて、ちょっと怖そうな見た目の人達の中で少し怯えてる表情してるんですけど、地域のお祭りになると、地元という事もあってちょっと、威張った顔付きになってたり、大人が意外と地域のお祭りでロマンチックになってたりして色んな顔が見れて良いですよ」

「相変わらず、難しい事考えてるねんな!」

亜美は、真剣に変な事を話す僕をお祭りには、場違い過ぎると可笑しがって笑っていた。

祭り会場に着くと、入り口にはベニヤ板で作られ、町の名前の後に「祭り」と書かれた看板が建っていた。

祭り会場の真ん中には、お世辞にも立派とは言い難い櫓があり、その櫓の上に無駄に活気のある法被を着たおじさんが、必死にお祭りを盛り上げていて、櫓の下では、町内会のおばさん達が永遠と盆踊りを踊っていた。

櫓を囲むように、屋台が並んでいた。

櫓を中心とし、ゴールは分からないが四方八方に紐が伸びていてその紐に提灯が吊るされいた。

「涼太くん提灯あるよ!」

「はい!でも、何か違います」

「思ってたのと違うん?」

「はい・・・でも、見れたからそれで良いです!」

僕はあの日、ベランダで見た提灯をイメージしていたが、この祭り会場の提灯はベランダのお祭りの提灯よりも無邪気過ぎた。

「亜美さん屋台見て回りましょう!」

「うん!」

小規模のお祭りという事もあり、直ぐにやる事が無くなってしまってはいけないので、僕達はわざと時間を掛けてゆっくりとお祭りを楽しんだ。

亜美が金魚すくいがしたいと言ったので二人で、金魚すくいをした。

ポイから逃げ惑う金魚達の忙しなさは、祭りというもの事態から逃げ惑っているようにも見えた。

「あー!破れた!」

隣で亜美が大きい声を出して落ち込んでいた。

ポイが破れたという事を知らせる為のわざとらしい声では無く、金魚が獲れなかった事を本気で悔しがっていた。

僕は、三匹捕まえる事が出来た。

「やったー!涼太くん上手やな!」

「割とこんなん得意なんですよ!」

得意げに言ったものの本当に得意なら十数匹くらいは、獲れていないといけないと思った。

その後も、射的屋やヨーヨー釣りなど、これぞお祭りといったものを楽しんだ。

屋台に飽き出した子供達が腕に光る輪っかを着けて走り回っていた。

中には肩の辺りまで、様々な色をした光る輪っかを着けて威張っている子供もいた。

しかし、光る輪っかこそ着けていなかったが、亜美もその子供達に負けないほどはしゃいでいた。

提灯が見たくて亜美を誘ったが、結果としてはこんなに亜美が楽しんでくれている姿を見ると提灯の事など、どうでも良くなった。

祭りも終盤に差し掛かった頃を見計って僕達は、祭り会場を後にした。

帰り道に履き慣れていない下駄で、亜美が足が疲れたと言うので自宅までの道中にある神社で休憩をする事にした。

鳥居を潜って狛犬の間を通り抜け、拝殿の前の階段に腰掛けた。

夜風が吹いて、神社の木々が不気味に揺れて天狗が嘲笑っているようにも感じた。

夜の神社の寂寞感と先ほどの祭り会場との熱気の温度差が、あまりにも大き過ぎて僕達は暫くの間、黙ったままだった。

この時、何故ベランダの提灯がこんなに気になっていたのかが、自分の中で分かった。

祭り会場の熱気と亜美との楽しい何気ない日常がリンクしており、その熱気から抜け出した後の寂寞感と亜美との関係が壊れてしまった時の恐怖心が僕の中で重なっていた。

その祭りの後の寂寞感を少しでも、誤魔化すために提灯という形で何とかして少しでも熱気を戻し、寂寞感を払拭しようとしていたからだ。

言わば、あの日僕が見た提灯は最悪の事態の時の応急措置のような物であり無意識のうちに、目に見えない先の恐怖心から逃れる為の幻覚だったのかもしれない。

「夜の神社はやっぱり何か不気味やな」

亜美が、先に話し出した。

「多分、怪談話とかでよく出て来るから変な先入観があるからそう感じるんですよ」

「確かに!

だって、学校とか病院も昼間は怖くないけど夜はやっぱり怖いもんな」

「そうですね!」

「涼太くん次のライブいつなん?」

亜美に聞かれて、僕は亜美をライブに誘っていなかった事に気が付いた。

曲を作る事ばかりに、追われて亜美を誘う事を忘れていた。

「再来週の金曜日です!そこで、昨日出来た新曲も歌います」

「見に行くわ!新曲楽しみ!」

「ありがとうございます!」

「うん!・・・涼太くんとさ、過ごせる時間最近少なくなってきたやんか?」

「・・・はい」

「本間はさ、やっぱりちょっと寂しいけど私は涼太くんが音楽活動頑張ってる姿見るのが好きやからそんなに気にせんでも大丈夫やねんで?」

「ありがとうございますそうやって言うてもらえたらもっと、頑張れます」

「でも、だからこそ今日も一緒にお祭り来れた事は嬉しいし久しぶりに、一緒に出掛けれた事も嬉しいけど曲もまだ、微調整あるって言うてたから本間にこんな事してても良いのかな?って思ってん」

「大丈夫ですよ!微調整って言うても本間に、簡単な作業ですし息抜きも必要ですし!」

「・・・それやったら良いねんけど。もう、足大丈夫やしそろそろ帰ろか」

僕達は、帰りに神社にお賽銭を投げた。

この時、亜美は神様に何をお祈りしていたのだろうか。

僕は、なるべく曲作りも亜美の自宅で行うようになった。

 ライブ当日の日、打ち上げは断り、亜美と久しぶりに夕食を食べる約束をした。

リハーサルを終えて本番までの間、金田さんと話していた。

「何か、ええ曲できたらしいな!」

「はい!何とか!」

「今日やるんやろ?」

「やりますよ!」

「一日で三曲も作ったらしいな!佐田さんが言うてわ!根性あるって!」

「そんな凄い事じゃないんですよ!

亜美さんと出会ってから楽しかった事だけ思い返してたらそれが、自然とメロディーに聴こえてきてそれをコード進行に書き起こしただけですよ」

「じゃあ、田口は新しい環境の方に順応してその新しい環境の中から新しいものを生み出す手段を選んだって事やな!」

「・・・そういう事になるんですかね?」

「そういう事になるんちやう?」

「じゃあ、前の環境から何かを生み出す事は、僕はもう出来ないんですかね?」

「前の環境におらんからなぁ・・・でも、前の環境で培ったものが無くなる事はないと思うけどな!

ただ、今の環境と前の環境では感じる事が違うから今までと同じものっていうのはちょっと難しいかもな」

「何が正解なんですかね?」

「正解なんか無いよ!まぁ、お前は大丈夫や!」

そう言うと、金田さんは僕の頭に手をついて立ち上がり楽屋へと戻って行った。

この日の出演者は、見覚えのあるメンバーばかりだった。

僕は、トリのport&portの前の出番だった。

僕の出番になり、以前から歌っていた歌を二曲歌った。

そして、最後の三曲目に苦戦した挙句に新しい環境から何とか生み出した新曲の『一日の向こう側』を歌った。


退屈だけが過ぎ去って行く毎日に

大切なものを気づかないうちに落として

後ろから誰かが拾い集めてくれたらな

それだけで心は満たされるのに


君はいつも僕の歩幅に合わせて

大切なものを抱えきれないほどくれる

後ろから誰かが後ろ指を指そうとも

それだけで僕達は壊れやしない


同じものを見て違う事を感じ取る

僕達はすれ違いもあるだろうけど

向かう先は同じであったら良いな


夕焼けが明日を連れて来て

僕から今日を奪うけれど

今あるものは奪えやしない

少しだけ不安にはなるけれど

君がいる未来に憧れて

この歌今日も歌うけれど

未来の事は分からないから

願って願って毎日を

君と過ごすだけなんだ


僕が、port&portと同じ事務所に所属したという事はライブハウスに通う者達の中では、それなりに話題になっているという事もあり歌い終わると、人生で初めての量の拍手と歓声が湧いた。

袖に捌けると、port&portの三人が順番に僕のお腹を軽く触ってステージ上に向かって行った。

以前のライブよりもport&portの人気は高まっていた。

新規のファンもたくさん増えていた。

この日のライブは、port&portが盛大に盛り上げ幕を閉じた。

ライブ後、僕達出演者は、観客席で来てくれたファンと話していた。

僕が、亜美の所へ向かおうとした時に知らない女性達に囲まれた。

「田口さんめっちゃ良い曲でした!」

「port&portの事務所なんですよね?」

「次のライブとかって決まってますか?」

思考が追いつかないほど話しかけられた。

正直、この時なんと返答したのかすら思い出せない。

すると、向こうの方から聞き覚えのある掠れた声で僕の名前を呼ぶ声がした。

「涼太くーん!涼太くーん!おーい!!」

掠れた声の正体が誰なのかは、直ぐに分かった。

僕は、一度気づいていないフリをして無視した。

「涼太くんて!!」

仕方なく声のする方に目をやった。

そこには、美幸達が居た。

人混みを掻き分けて美幸達は、僕の所まで来た。

「めっちゃ良い歌やん!」

「ありがとう」

「覚えてる?」

ショートカットの女性ともう一人の女性が声を掛けて来た。

顔は覚えているが正直、美幸以外の名前は覚えていなかった。

美幸も石田の友達という事と特徴的な声という理由だけで何とか覚えていたくらいだ。

それでも、どちらがどちらの名前なのかまでは、思い出せなかったが何とか思い出した。

「美幸ちゃんと咲ちゃんと梨沙ちゃんやんな?」

「正解!」

「合コンの時に涼太くんが音楽活動やってるって聞いた時から一回涼太くんの歌聴いてみたかってん!」

ショートカットの女子が言った。

僕は、憤りを感じた。

石田が開いてくれた合コンの時は僕が、音楽活動をしていると言った時に

どんな曲を聴くのかなどを質問して来て、自分達の知らない歌手名が出たりすると、あの時確かに興味なんか示してこなかった。

終いには、失礼な質問や変な無茶振りもして来た。

美幸達は明らかに、僕が音楽活動で少し軌道に乗ってきているという情報を入手して、近寄って来ていた。

「俺が何で今日このライブに出てる事知ってるん?」

「Twitterでたまたま見てん!

ほんで、色々調べてたら涼太くんが凄い事なってから今日は見に来てあげてん」

美幸の言った言葉の語尾に違和感を覚えた。

見に来て欲しいとこちらから言ってもいないのに、何故こんなにも上から発言する事が、出来るのだろうか。

あの合コンでの僕に対しての失礼な発言などは、彼女達の中では全て無かった事になっているのだろうか。

いや、彼女達は普段から何も考えずに発言をして、僕だけで無く他にも多くの人を不快な気持ちにしているに違いない。

「連絡先交換せえへん?」

美幸が何の悪びれも無く続けて言った。

「連絡先?あの時は交換せんかったのに?」

「いいやん!交換しようや!」

「もしよかったら、今度二人で飲みに行かへん?」

ショートカットの女性が少し照れながら言って来た。

僕は、もはや彼女達が新進気鋭にさえ見えて来た。

そして、僕は気がつくと、怒りが爆発して発露していた。

「何で平気で、そんな軽い態度で自分達が過去に人に対して言うた事は全部無かった事にして、見に来たてあげた!とか、連絡先交換しようとか、ご飯誘ったり出来るん?

今日だって俺の事調べて、自分らが思ってたよりも凄いと思ってそんな人と知り合いやったら周りの友達に自慢出来るから来たんやろ?

そんな奴らに俺の音楽聴いてもらいたないねん!早よ帰れ!」

周囲が騒然としていた。

「はぁ?こいつ、陰キャのくせにちょっとだけ有名になったからってめっちゃ調子乗ってるやん!

しかも、別にお前と知り合いになっても何の自慢にもならんから!

言われんでも帰るわ!クソ童貞!」

そう言うと三人は、頭から湯気が出そうな程に顔を真っ赤にして帰って行った。

直ぐに、金田さんが僕の元へ駆け寄って来た。

「何揉めてんねん!」

金田さんは面白がって少し笑っていた。

「すみません」

「まぁ、これからあんな奴らばっかやで?

全然話した事も無かった同級生が近寄って来て、SNSでめっちゃ仲良かったみたいな事を書く奴もおるし!あんな奴らにいちいち腹立ってたらキリ無いで

・・・お前は喧嘩するよりも早く亜美さんの所行って、今日は来てくれてありがとうって言うて来い!」

金田さんにお尻を蹴られた。

僕は、亜美の元へ行った。

「亜美さん・・・今日見に来てもらってありがとうございます」

「ううん、良い曲やったよ。

・・・でも、女の子にあんな言い方したらアカンで!

腹立つかもしれへんけど、涼太くんは人前に立つ事を選んでんし、あの女の子達だってお金払って見に来てくれてるねんから、ありがとうって一言で良かったやん!」

「はい・・・」

亜美に言われた事は、何処にも反論する余地が無い程に正論だった。

「田口くん!ちょっと!」

佐田さんに呼ばれた。

「はい!」

「田口くんお客さんと喧嘩したらアカンよ!」

「すみません」

「それと、この後、出演者と関係者で打ち上げするから勿論やけど参加してな!」

「あの・・・」

「何?」

「今日はちょっと打ち上げに参加出来ないんですけど・・・」

「何言うてんの?アカンよ!そんなん!

打ち上げとかも活動を広げたり、自分を売り込む為の大事な仕事やねんから!

この世界は繋がりとかコミュニケーションが大事やねん!

現に田口くんもport&portとの繋がりウチの事務所に所属してんねんから

曲作りだけじゃ無くて、そういう所もちゃんと自覚持ってくれな困るわ!

それで、無くても今日なんか今後の活動左右するような人達も来てんねんから!」

「分かりました」

僕は、直ぐに亜美の元へ戻った。

「亜美さんすみません。

今日は偉い人達も来てて、どうしても打ち上げに出ないといけなくなってしまいました」

「・・・でも、二人分のご飯準備してから家出て来てんで?」

いつもなら、こう思っていても口では、平気なフリをしてくれていた亜美がこの日、初めて僕を咎めた。

「本間にすみません。明日の朝食べるんで置いといて下さい」

「今日、一緒に食べるって約束やったのに?

今日私が、帰って一人で食べて明日の朝涼太くんが帰ってきて一人で食べたら意味無いやん・・・」

「すみません・・・」

「・・・ううん。私の方こそごめん!

涼太くんの音楽活動応援するって言うといて我儘言って。

明日帰って来たら電子レンジで直ぐに温めれるようにしとく」

「ありがとうございます。

・・・・・あの、亜美さん、今度一緒に出掛けたい所ないですか?」

「・・・・花火・・・・花火大会に行きたい。

本間は、今日ご飯食べる時に誘うつもりやった・・・」

「じゃあ、行きましょう!花火大会!」

僕は、やけに元気に振る舞った。

「うん。じゃあ、私そろそろ帰るな。バイバイ」

亜美の「バイバイ」という言葉が何故か僕に重く伸し掛かった。

打ち上げで、毎年大きい音楽のフェスティバルを開催している関係者の人に声を掛けれ、来年のその音楽フェスティバルで薄暮の時間に出演して欲しいとお願いされた。

夕日をバックにして僕が、歌うと観客を感動させられるという考えだった。

中には、感動して泣く人も出てくる筈だと冗談も言っていた。

その話は勿論、有り難く受けさせてもらったが、この時泣きたいのは僕の方だった。

僕は、冗談では無く本当に泣きそうだった。

この話が決まって佐田さんが僕に声を掛けて来た。

「田口くん!

さっき言うてたフェスに出たらもう心配せんでも、音楽だけで食べて行けるで!

今年は、port&portもフジロックに出るしこれで、もうウチの事務所は、port&portと田口くんを押して行く事に決まったも同然や!」

僕は、亜美の事が頭に過ぎり素直に喜べ無かった。

「ありがとうございます」

「なぁ?こういう話があるから打ち上げは出とかなアカンねんで!」

打ち上げに出たから、亜美との関係がヤバイねんで!と心の中で呟いた。

僕は、始発で急いで亜美の自宅へと帰った。

亜美は、ベッドの上で眠っていた。

僕は、亜美を起こさないように静かに動いて、テーブルの上のご飯を電子レンジで温め直した。

亜美は、僕が事務所に入った事や苦労していた新曲が無事に完成した事を祝ってくれようと、していたみたいだった。

何故、それが分かったのかというと作ってくれていた料理が、普段なら亜美が、絶対に作らない豪華なものばかりだったからだ。

それに、じゃがいもの味噌汁がそれを一番物語っていた。

本当に申し訳ない事をしたと自責の念に駆られながら味噌汁を啜ると、いつもなら亜美の優しさが伝わってくるが、寂しさが伝わって来たような気がして涙が溢れ出してきた。

良い事があれば悪い事が起こるという言葉を何処かで、耳にした事がある。

もしも、作るのに苦しんだ曲が評価された事により僕と亜美の今の状態になっているのならば、来年の音楽フェスティバルに出演が決まったという事の後の悪い事がまだ、起こっていない。

そう考えると、焦燥した気分になり落ち着く事が出来なかった。

僕は、亜美が目を覚ますまで、寝ずに待つ事にした。

時計の針が、九時を指した頃に亜美が起きて来た。

「おはよう」

そういうと、亜美は淡々と顔を洗い化粧をして出掛ける準備を始めた。

「どっか出掛けるんですか?」

「うん。ちょっと、ランチ行ってくる」

「ふーん・・・

あ!亜美さん、来年の大きいフェスに出る事決まりました!」

僕は、何を話せば良いのかが、分からなくて今までの亜美との会話を思い出して、亜美が笑顔になってくれそうな話題を話した。

「凄いやん!もう、有名人なるやんか!」

亜美は、笑っていたが、その笑顔はあまりにも下手くそな笑顔だった。

「じゃあ、私そろそろ出掛けるな!

今日は、ごめんやけどお昼はお腹空いたら自分でやってな」

「はい。楽しんで来て下さいね」

「ありがとう。行って来ます」

玄関の扉が閉まる音が、阿鼻叫喚としていた。

この世界は、一つのボタンのかけ違いで思わぬ方向に物事が進んで行ってしまいそれは、次第に誰にも元には戻せない程に大きな惨劇を引き起こす。

こうして、昔も今もこれからも多くの人々が後悔と自責の念を抱えて生きて行く。

しかし、僕と亜美に限ってはそんなボタンのかけ違いのような事では、何も悪い事は起きない。

そう、思っていた。

僕は、食器を洗いお風呂に入ってベッドへ向かった。

ベッドは、僅かに亜美の体温を残していて亜美の匂いがした。

目を閉じると僕の横で亜美が寝ているような気がした。

この日、亜美から夕食も外で食べて帰るという連絡があった。

亜美は、終電間際の電車で帰宅した。

帰って来た亜美の顔は今朝、出掛ける時の表情とは打って変わり曇天が晴れていた。

少しでも、リフレッシュが出来たのかなと思うと、いつも亜美が僕の出来事を自分の事の様に喜んでくれていたみたいに、僕も自分の事のように少し嬉しく思えた。

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