第6話 プレスト

 電車の車窓から、一駅前の景色とは一変して田園が広がっていた。

遠くの田んぼに、秋に向けて、懸命に水を吸いながら太陽に照らされている稲穂の中で麦わら帽子を被り、虫籠を肩からぶら下げ、捕虫網を無邪気に振り回している男の子の姿が通り過ぎた。

この日、亜美が僕の地元に行ってみたいと言うので二人で、電車に揺られていた。

電車が高架上を走った。

田園とはまた、打って変わり住宅の屋根やマンションやスーパーが顔を覗かせた。

青色の瓦屋根が夏の日を照り返してキラキラしていた。

僕は、この瓦屋根の照り返しを見ると何故か、中学生の頃の修学旅行のバスの中を思い出す。

ただただ、バスの中という訳では無く、初日の昼のレクリエーションを終えてクラスの皆んなが、ぐったりしながら宿に向かっている最中のバスの中だ。

特にその記憶に何かあった訳では無いが、思春期の青春の記憶を思い出すと決まって抽象的な寂寥感に苛まれる。

「涼太くんの地元行くの初めてやから楽しみやわ!」

亜美は、遠足に行く子供のように嬉々していた。

修学旅行を思い出したのは、この亜美の姿が少なからず何らかの作用はしていたのが、原因かもしれない。

「僕の地元は、田舎やから何も無いですよ」

「だから楽しみやねん!

住んでる所が、都会やから普段そんな所に行く事ないやん」

「最初だけですって!

直ぐに飽きますよ?」

「いいねん!

涼太くんが、どんな所でどんな体験をして育ったんか知れるのが楽しみやねん!

涼太くんの聖地巡礼やな!」

「その聖地巡礼するん多分、亜美さんが最初で最後ですよ」

最近、亜美は僕の事を以前よりも、もっと知りたがっていた。

僕が、一人で考え込み悩んでいる事を亜美は気づいていて、一緒に僕の悩みを抱えて負担を減らそうとしてくれていた。

僕の地元に行きたいと言い出したのもそれが、理由だと思う。

だから僕は、亜美にあまり迷惑を掛けないようにしようと誓った。

「そんな事無いよ!

涼太くんが、有名なミュージシャンになったら絶対皆んな聖地巡礼するよ!」

「じゃあ、亜美さんの家にもファンが聖地巡礼って言うて来るかもしれないですよ?」

「それは、困るなぁ。

私の家は、涼太くんと私だけの特別な時間が流れてる場所やからそこに誰かに入られるのは、困る!」

「そういう事じゃないでしょ?

人が次から次に来るのが迷惑って話じゃないんですか?

何でちょっとやきもちの気持ちなんですか?」

「だって、誰かに入って来られたら何かが、壊れそうで怖いねんもん」

それは、確かにそうだ。

二人だけの時間であっても、人間である限り何かの拍子で簡単に壊れてしまうのではないかと心配になる時がある。

そんな時、僕と亜美との間に第三者が入ってくれれば、壊れずに済むのではないだろうかと考える時があるが、本当に第三者が介入してくると、それこそ瓦解するに違いない。

そう考えると、どんなに二人の関係が壊れそうになったとしても、どれだけ時間が掛かろうともゆっくりと、僕達二人だけで修復していくのが一番安全な方法だという事に最近気がついた。

目的地の駅に着いた。

駅の直ぐ裏には、神社があり竹藪などがある。

改札を抜けて、階段を降りるとプラレールで作ったような閑散なバスロータリーがあり、人が居ないのにタクシーがたくさんお客さんを捕まえようと、停まっている。

「本間に何にも無いやん!」

「だから言うたじゃないですか!」

優しい亜美がお世辞を言えないほど、本当に僕の地元には何も無いのだ。

「取り敢えず、散歩しよう」

「散歩以外本間にやる事ないですよ」

「あ!でも、涼太くんの実家は行くの辞めような!

涼太くんの家族と会うのまだ、何か恥ずかしいから」

「分かってますよ!

そんないきなり家族に会わすの僕も恥ずかしいですよ」

僕達は、僕が通っていた中学校に向かって歩き出した。

通学路を歩くと、とても懐かしかった。

中学生の頃は毎日が楽しかった。

授業中に石田達とふざけ合ったり、掃除の時間にサボって遊んだり、何気無い学生生活の毎日が楽しかった。

しかし、当時はそれが楽しいという事に気づいていない。

大人になって過去の自分を俯瞰で見た時に、初めて毎日しっかりと楽しんで暮らしていた事に気が付く。

これは、大人なら誰しもが経験のある事だと思うし、この事に気が付く事が実に人間らしいとも思う。

中学校の校門前に着いた。

夏休みなのに、グラウンドからは、野球部が気合を入れている怒号が聞こえる。

体育館からは、バスケ部がドリブルをつく音が聞こえる。

窓の開いた音楽室からは、吹奏楽部の演奏が聞こえて来る。

時折、低い音をした管楽器の音が聞こえる。

それが、何度も何度も聞こえるが特に音色が変化している気配はない。

「皆んな夏休みやのに、部活してて偉いなぁ」

「亜美さんて学生時代は、何部やったんですか?」

「そうか!

意外とそんな話した事無かったもんな!

私は美術部やった」

亜美が僕を知る為に僕の地元に来たが、僕も亜美の事を知っている気になっていただけで、この日普段しない会話をする事で亜美の事を知れたので、本当にここに来て良かったと思った。

「美術部やったんですか?

勝手に吹奏楽部のイメージでした」

「吹奏楽部っぽいてよく言われるねん!

私楽器何も出来ひんねんけどな!」

「ずっと、美術部やったんですか?」

「中学まで!

高校は、合気道部に入ってんけど一年で辞めてん」

「何で合気道部入ったんですか?」

「私が通ってた高校って、私の中学から行った人が私一人だけやってんけど、

そこの高校が、中高一貫やったから私以外の同級生は皆んな中学からのグループが出来てたから虐められたらエイ!って自分の事守れるように合気道部に入ってん」

「入部の理由が面白いですね!」

「面白くないわ!

私は、大真面目に考えて入部してんから!」

「でも、それで何で一年で退部したんですか?」

「部活中に投げる練習って言うて投げたり、受け身取ったりするねんけど

これ、いざ実践になった時に絶対にこんな簡単に人投げるの無理やなと思ってん!

それに、普通に仲の良い友達もいっぱい出来たし、虐められる事は無いなと思って退部した」

「退部の理由もおもろんかい!」

「面白くないって!

当時は真剣に考えててんから」

「当時は!って事はちょっと、自分でも面白いと思ってるじゃないですか!」

「今は、そら笑い話やで?」

亜美とこんな話をするのは初めてで、とても新鮮に感じてしまい僕達は永遠に喋り続けた。

「涼太くんは、何部やったん?」

「小学生からミニバス習ってたんで、中学はバスケ部でした」

「涼太くんこそ以外やわ!

運動部やったんや。それこそ音楽系かと思ってた!」

「小学生からバスケやってたんで、自然とその流れで何と無く誰にも言われてないですけど、そのままバスケ部に入るのが当たり前の事やと思ってたんかもしれないです。

音楽に興味持ち出したんも中二からですし」

「高校では、バスケやってなかったん?」

「はい!

中学の時のバスケ部が、顧問の先生は一応いてましたけどバスケ経験者では、なかったから指導出来る先生ではなかったんです。

でも、それでも大阪でも結構良いとこまで、行ったりしてたんです。

でも、それでスタメンと僕ら補欠の間の溝が広がって行ってしまって、

顧問の先生も自分が指導して結果出してる訳じゃないし、スタメンのメンバーに注意したりも出来ひんくて、僕ら補欠に理不尽に注意したりしてて、部としては完全に瓦解したものになってしまったんです。

そこから、バスケがあんまり好きじゃ無くなったんで高校では、やりませんでした」

「そうなんや。

確かに、思春期の時って大人でも無くて子供っていうには幼さが無くて、一番多感な時期に、心の鬱憤が溜まる環境でそれを聞いてくれる大人が居て無いと、今後の人生で大きく関わる事ってあるよなぁ」

「亜美さんもそういう経験あったんですか?」

「私が、中学生の時に下校中に小学生とか中学生が広がって歩いてるのを毎日待ち伏せして、怒鳴るおじさんがおってんけど、中三の時の塾帰りに自転車乗ってたら急にそのおじさんに怒鳴られて、めっちゃ怖くて泣いちゃってんけど周りにおった大人達も見て見ぬふりやって、そこから急に大きい音が鳴るのが怖いねん」

「だから、こないだ木屋町で外国人の人が大声出してた時怖がってたんですか?」

「そう!そういうトラウマみたいな事があったから、あの時ちょっと怖かってん」

あの時、外国人が咆哮して亜美が怯えていた時僕は、亜美が怯えている理由なんて気にも止めなかったが、こうしてお互いが出会う前の同じ時間を共有して来なかった時間の事を話し合うと、いつも大人な亜美も生きにくい世間の中で様々な苦い経験をした上で、僕に優しくしてくれているんだという事に気づいた。

僕も苦い経験なら数えきれない程あった。

なのに、僕は亜美とは違い人に対して猜疑心ばかりを抱いて生きてきた。

なんて、情けない奴なのだろうか。

そんな自分自身とは、今日限りで決別しようと思った。

僕の中学校を後にし、僕と亜美は僕が小学生の頃によく通っていた駄菓子屋に行ったりした。

僕の地元には、公園と呼ぶには立派過ぎ、緑地公園と呼ぶには余りにも情けない何とも言い難い公園があった。

僕が中学三年生の頃に高校受験という現実から逃げる為に、石田達とこの公園の真ん中にある池に映る夕日に石を投げた。

亜美とその公園のベンチに腰掛けた。

小学生達が、驚くような速さで自転車のペダルを回転させながら醤油の煙が漂う住宅街の方へと夏の夕日を背に、家路を急いでいた。

「このまま夕焼けが、この世の全てを飲み込んでくれたらもっと楽に生きられるのになぁ・・・」

亜美が独り言のように囁いた。

僕には、亜美がどういった意図でこのような事を言ったのかは理解出来なかったが、とても共感する気持ちだった。

この時初めて亜美と同じ景色を見て、同じ意見になった。

しかし、それを亜美に伝えるべきでは無いと思いき聞こえていないフリをした。

 翌日、目が覚めると金田さんから連絡が入っていた。

「今日の13時にうちの事務所来れる?」

何故、事務所なのか全く見当が付かなかったが、僕は急いで準備をしてport&portが所属する事務所へと向かった。

事務所の入り口を入ると受付の所で金田さんが出迎えてくれた。

「おう!急に呼び出してごめんな!」

「いえ、全然大丈夫ですけど、急に何で事務所なんですか?」

「まぁ、ええから着いてきてくれた分かるわ」

金田さんは、僕をエレベーターに乗せ二階へと連れて行った。

そこには、事務所の社員やデモ音源を持ち込みに来た夢を見るミュージシャン達が居た。

「こっち、こっち!」

奥の衝立てで、仕切られたスペースからport&portのマネージャーが顔を出した。

「暑い中来てもらってごめんね」

port&portのマネージャーがお茶を出しながら言った。

「全然大丈夫です」

「田口くんの事はよく知ってるけど、改めてport&portのマネージャーをしてます

佐田です」

「どうも・・・」

佐田さんの横に居た覇気の全く無い老人も挨拶をしてきた。

「田口くん初めまして!

ここの社長をしてます、真鍋です。よろしくね!」

真鍋さんは気さくで、腰が低くて社長という雰囲気が全く無かった。

「初めまして。田口涼太です。

よろしくお願いします」

「そんな、畏った挨拶ええから早く用件言うたって下さいよ!」

金田さんが、二人を催促した。

佐田さんが口を開いた。

「今日来てもらったんは、単刀直入に伝えるとうちの事務所で音楽やらんかな?

って話やねん」

僕は、一瞬佐田さんが何を言っているのかが、理解出来なかった。

「僕がですが?」

「そらそうやんか!

田口くんを呼んでんねんから!」

「何で急にそんな話になってるんですか?」

「というのもな、前々からport&portの三人が田口くんの事を絶賛してて、田口くんはしっかりとした環境で音楽をすれば絶対に売れるから事務所に所属さしたってくれって言われててん」

「はぁ・・・」

「まぁ、でも、よし分かった!って簡単に所属さしてあげれるものでも無いから

社長とどうしよか話した結果、社長が自分の目で田口くんを見て決めたいって言うて、こないだのミュージックカンパニーのライブに実は社長見に来ててん!

それで、田口くんを見て社長が気に入ってこうゆう形に至ったって事!」

あの日、金田さんが振り返りながら僕に言った言葉の真相がこの時分かった。

「正直、田口くんはギターが特別上手い訳でも無い、歌が上手い訳でも無い。

でも、君の歌詞は凄い!

嘘、偽りが無いように感じるねん!

変に誰かを勇気づける歌詞では無くて、君が人生で感じた事や経験した事を歌ってる歌詞のように感じて僕は、そこが凄い気に入ってん!

どうやろ?田口くんが良かったらうちは、最高のマネージメントするからうちの事務所で音楽やってくれへんかな?」

真鍋さんは、年齢とは相違した子供のように輝いた真っ直ぐな目をしていた。

「はい!僕でよければ是非、こちらで頑張らせて下さい!」

「ありがとう!田口くん!」

真鍋さんが手を握って言った。

契約書やその他諸々と難しい書類を時間を掛けて丁寧に説明してもらい僕は一枚一枚に押印した。

事務所に所属するに当たっての注意事項など全ての説明事項が終わった。

「田口!喫煙所行こか!」

金田さんが、声を掛けて来た。

「はい!」

僕達は二階のトイレの横の喫煙所に入った。

「田口、良かったな!」

「はい!

でも、金田さん達が言うてくれたからですよ。

本間にありがとうございます」

「ううん。

俺らはきっかけ作っただけやん!

真鍋のおっさんの心動かしたんは、田口やん!

田口の音楽やんか!」

音楽で心を動かしたという言葉に岸との喧嘩を思い出した。

「田口知ってる?

岸のバンド解散して、あいつ音楽辞めたらしいで」

煙を天井に吹き出しながら言った。

「・・・知らなかったです。

あの、僕port&portに謝らなアカン事あるんです」

僕は、岸との一件で岸にport&portを馬鹿にさせてしまった事を謝ろうとした。

「岸とやり合った事やろ?」

金田さんは、少し笑いながら言った。

「知ってたんですか?」

「うん!あいつ解散した後に俺らの事を居酒屋に呼び出して、何かよう分からん文句一杯言うて来たもん!

その時に、田口とお前らは同じ土俵におるらしいぞ!

田口が、そうやって言うてたぞ!

田口にそうやって思われてる時点でお前ら終わりやって言われたわ」

「・・・すみません」

「何で謝んねん!

俺ら同じ土俵やろ?

ていうか、岸も皆んな同じ土俵やと思うで!

こういう芸能って言うの?

こういう仕事選んだ奴らは皆んな世間から没落した人間やろ?

普通の世界では、生きて行かれへんからこういうどうしようも無い自分と似た奴らが集まってる世界に逃げ込んだようなもんやん。

その中で、他の没落した奴らと自分は違うんやってもがいてるやんか。

だから、それが上手く出来ひん奴は、自分を見失って本来自分が描いてる形と全然違う事で存在意義を見出そうとすんねん!

だから、こないだのライブで岸達に対して上田がキレたんも自分から逃げてる事にキレたんやと思うで。

そういう点では皆んな同じ土俵やって!」

「僕は逃げて無いんですかね?」

「それは、知らん。

けど、周りからどれだけ誹謗中傷言われてもお前はずっと、同じスタイルやし少なくとも俺には、逃げてるようには見えてない。

まぁ、そう考えたら岸はやっぱり同じ土俵じゃないか!」

金田さんは笑いながら言った。

「俺らな今年フジロック決まってん」

「マジですか?」

「おん!

何か真鍋のおっさんが、知らん間に関係者に売り込んでくれてたみたい。

あのあっさん見た目あんなんやけど、滅茶苦茶仕事出来るからな!

だからお前もそんな人間に目つけてもらってんからもっと、自信持てよ!」

「はい!ありがとうございます」

「ほな、俺は今からレコーディングあるし行って来るわ!またな」

金田さんは、タバコの火を消すと喫煙所を後にしてレコーディングに向かった。

僕は、帰りの電車の中で自分が岸の音楽人生にピリオドを打ってしまったのでは、ないだろうかと少し後悔した。

岸は音楽を辞め、自分は事務所に所属をして、これで本当に良いのだろうかと嫌いな岸の事が気になって仕方がない。

今までの僕なら岸に対して、様は無いと心の中で嘲笑っていたはずだ。

なのに、岸の事が少し心配に思うのも亜美が影響していると思う。

優しい亜美と一緒に居るから僕も少しだけ心に余裕が持てるようになったのかもしれない。

それと、同時に最後の最後にport&portに面と向かってぶつかった岸は本当にパンクだなと、少し憧れの気持ちを持った。

 亜美の自宅に帰り、事務所に所属した事を亜美に伝えた。

すると、亜美は涙を流して喜んでくれた。

「本間に良かったな!

何か私が、めっちゃ嬉しいわ!」

「何で亜美さんが泣いてるんですか!」

「だって、涼太くんが今まで頑張って来た事がやっと認められたと思ったら」

亜美は声を出して泣いていた。

「でもね、port&portは今年のフジロックに出るんですよ!」

「フジロックて、あのフジロック?」

「そうですよ!あのフジロックですよ!」

「そんなに凄い人達にも認められてるん?」

亜美は、終始泣いていた。

このまま亜美が、干からびてしまうのでは無いかと心配になった。

その夜は、亜美は泣き疲れてテーブルに体を乗せたまま眠ってしまった。

僕は、亜美をベッドまで運んだ。

亜美の体は細くて弱々しかった。

脆弱感さえ抱くほど華奢だった。

こんなに弱々しい身体なのに心が豊かで優しい亜美がいつも僕を包み込んでくれている事が申し訳無く思い、もっと自分がしっかりしなければならないと思った。

 事務所に所属してから毎日のように佐田さんから連絡が来た。

「お疲れ様です。

大変かと思いますが、出来るだけ曲を量産してデモを事務所に持ってきて下さい。

目安としては、週に最低でも三曲は欲しいと思っています。」

事務所に所属してからカフェで歌詞を書いたり、事務所で佐田さんとの打ち合わせの時間が増えて行き、亜美と一緒に過ごす時間が少なくなってしまった。

事務所で朝を迎える事も少なくなかったが、それでも一日の終わりには、必ず亜美に連絡を入れるようにしていた。

亜美はすぐに返信をくれて、頑張るようにと励ましの言葉をくれた。

「うーん・・・

歌詞はこれで全然良いねんけどなぁ・・・

ギターのコード進行がコードを乱立してるだけやな」

「すみません・・・

もう、作りすぎてどういうコード進行にしたら良いかが分からんくて・・・」

「まぁ、こんなに短いスパンで曲作るのも初めての事やし仕方無いよ

ちょっと、息抜きにちょうどport&portレコーディングしてるし見に行く?」

「はい!」

僕は、佐田さんに連れられてport&portのレコーディング現場に足を運んだ。

そこには、夜半過ぎだとは思えないの程の力強い演奏でレコーディングをしているport&portの姿があった。

「あいつら2ヶ月後にファーストアルバム決まってんねん」

port&portは着実に没落した世界から地上に、日の目を浴びに行っていた。

そしてこれまでのport&portのしっとりとした曲とは、真反対のアップテンポのリズムの曲が流れて来た。

「あいつらも、三人で話し合って一皮剝ける為に今までと違う曲調を作ったみたいやで。

田口くんもこれが、何かのヒントになるかもよ?」

佐田さんが何故僕をここに連れて来たのかが、手に取るように分かった。

port&portが休憩に入った。

「所属おめでとう!」

上田さんと鈴川さんが祝福の言葉をくれた。

「俺ら仮眠取ってくるわ」

そう言うと上田さんと鈴川さんは、休憩室へと向かった。

「田口、曲作るの苦労してるみたいやな」

金田さんが、そう言いながら僕の横に腰掛けた。

「はい!こんなに作るの初めてなんで、もうなにも浮かんで来ないんですよ」

「最初は、上田も苦労してたわ!

でも、ここ踏ん張ってしまってもう一層の事、習慣化させてしまうしかないんちゃう?

俺、作詞作曲してないから分からんけど」

「習慣化かぁ!難しそうですね」

「そんな事より、亜美さん?やっけ

最近どうなん?何か同棲してるんやろ?」

「はい。同棲というか、僕が勝手に転がり込んでるようなもんですけど」

「付き合ってるん?」

「・・・分からないです」

金田さんのこの言葉に、初めて僕と亜美との関係が、歪で普通では無い事に気がついた。

「分からんて何?告白してないん?」

「してないです」

「そうなん?それってどういう関係なん?」

「今まであんまりそこ意識した事なかったです」

「でも、向こうも田口の事好きなんやろ?」

「はい!それは、絶対そうやと思います」

「ほな、それで良いやん!気持ちが同じやったら大丈夫やって!

でも、最近お前が忙しいからあんまり一緒におれる時間少ないんちゃうん?」

「はい!全然顔見れてないです」

「ちょっと無理してでも、会いに行った方がええで!

向こうは、お前の頑張ってる姿見て邪魔したらアカンと思って多分自分から会いたいって、言いにくいからお前から会いに行ってあげなあかん!」

「そうですよね!」

「やし、亜美さんと出会って良い意味でも悪い意味でもお前は変わったしな!」

「良い意味の方は何と無く理解できるんですけど、悪い意味の方が良く分からないんですけど・・・」

「見える景色変わったやろ?ほんなら、前の環境の時の発想が無くなんねん!

でも、今の環境やから出て来る発想もあるねん!

本間は、その両方を上手く合わせれたらええやけど、人間てどうしても前の環境の当たり前を忘れてしまうからな。そういう面では、ちょっと悪い意味やな!」

僕が以前、雨が降るベランダで考えていた事を金田さんも思っていた。

「その辺がもの作る人間はちょっとしんどいかもな。

自分は変わったつもり無いし、変わった環境の中で最善を尽しても受け取り側が前と違うと思ったらそれまでやしな!

だから、お前も今、事務所所属して、環境が変わって亜美さんに最善の接し方してるつもりでも、相手が、そう思ってなかったらそれが、事実やねん!

だから、ちゃんと時間作って会いや!それと、ちゃんと告白もしたりや」

「そうですよね・・・」

完全に日が昇り世間が朝を迎えた頃に、僕は亜美の自宅へと帰った。

玄関を開けて部屋に入ると、亜美が台所に立っていた。

「亜美さん・・・」

「びっくりした!!」

「すみません。びっくりさせて」

「ううん!何か顔見るの久しぶりやな!

ちょっと窶れてない?大丈夫?」

「はい!全然大丈夫です」

「お腹空いてる?味噌汁しかないけど良い?」

「全然味噌汁で十分です!」

亜美は、味噌汁を入れてくれた。

その味噌汁には、僕がいつ帰ってきても良いようにじゃがいもが入っていた。

「亜美さん、じゃがいも入れてくれててありがとうございます!」

「いいよ!前に入れてって言ってたからずっと入れて待っててん!」

「なるべく、顔会わす時間作れるようにしますね」

「ありがとう!でも、それで音楽活動が疎かにはならんようにしてな」

「はい!分かってます」

久しぶりに亜美の笑顔を見ると、今の環境に順応しようと思えた。

「涼太くん?」

「はい!」

「・・・・やっぱりいいや!何も無い!」

「なんですか?気になるじゃないですか!言うて下さいよ!」

「何もない!もう、忘れた!」

「言うて下さいよ!」

亜美は、頬を膨らまして白目を向いてふざけた。

僕は、この時、亜美が僕に何を言おうとしたかは、本当は分かっていた。

亜美は、僕に告白をするタイミングをくれようとしていた。

けれど、亜美自身も今では無いと思い変な顔をして誤魔化したのだ。

僕も、亜美もお互いの事を考えて必死に生きていた。

考えれば考えるほど、互いに傷つけ合わないようにと優しさが空回りをしてしまい心の通風口は塞がって行き風通しが悪くなってきていた。

僕達は、限られた時間で必死にその通風口を広げて二人の関係にカビが生えないように努めた。

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