第4話 ラメンタービレ
本格的に夏に入った。
大学も前期のテスト期間に入ったが、四回生にもなるとそもそも授業が少ないので、テスト期間といっても、そこまで大層な事ではなかった。
ましてや僕は、レーポートで成績が決まる授業しか受講していなかったので、優雅なものだった。
ある日、知らない携帯番号から着信が来た。
僕は、電話に出るか少し迷ったが、音楽活動などをしていると突然知らない携帯番号から着信があり、その相手が業界の人間だったりする事もあるので、電話には、なるべく出た方が良いと金田さんに言われた事を思い出して、電話に出る事にした。
「はい。もしもし」
「あ、いきなり電話してごめんやねんけど暇な日ない?」
いきなりタメ口という事が、かなり癇に障ったが、何処かで聞き覚えのある声だった。
「すみません。何方ですか?」
「あ!俺、岸!知ってるやろ?」
電話の相手は、あのパンクバンドのボーカルだった。
「はい、岸さんやったんですね。いきなりやったんで、誰かと思いました」
「おう!急にすまんな!」
一体、誰から僕の連絡先を入手したのか気になったが、電話相手が岸と分かると、なるべく早く電話を切りたかったのでそこには、敢えて触れなかった。
「いえいえ全然大丈夫です。何かあったんですか?」
概ね電話をかけて来た魂胆は予想が着いた。
以前のライブで、port&portを怒らせてしまった事で岸は僕に連絡をしてきた。
「いや、ちょっとさ、会って話したいからさっきも言うたけど暇な日教えてくれへん?」
「僕今、大学のテスト期間なんで、今日くらいしか時間無いんですけどそれでも良いなら・・・」
僕は、テストが忙しい訳ではなかったが、岸に対してお前となるべく一緒の空間に居る事が億劫だという事を遠わしで伝えたかった。
「全然今日でも大丈夫!ほな、19時にミュージックカンパニーの近くの居酒屋に来て!ほな、また後で」
岸は、一方的に話を進め電話を切った。
僕は、大学にレポートを出しに行ってから岸との待ち合わせの居酒屋へ向かう為に電車に乗った。
亜美と初めて食事に行く時に乗った電車は、子供の頃初めて電車を乗った時の様にワクワクや興奮で胸が一杯になったが、自分の好かない相手と会う為に乗る電車はこれでもかというほど、嫌悪感に満ちていた。
電車の中で二人のサラリーマンが、足を踏んだ、踏んでいないと口論を始めた。
その声に、驚いたベビーカーの中の赤ちゃんが泣き声をあげてしまいそれに対して、足を踏んだと怒っているサラリーマンがうるさいと怒鳴りをあげた。
踏んでいないと主張しているサラリーマンが、赤ちゃんとお母さんを庇った。
胸の中で抱いていた岸への嫌悪感が僕の乗る車両全体へと伝染してしまったのではないかと不安になった。
そう考えると、この車両にいづらい感覚になったので、僕は今目の前で起きている惨劇は全て岸に責任があると考えた。
だから僕は、今から岸に呼び出されたから奴と会うのではなく、この惨劇の根元の岸をやっつけに行く為に奴と会うんだと思い込んだ。
ミュージックカンパニーの最寄りの駅を降りると、以前亜美が言っていた空の奥の方へ夕日が逃げていき、手前の空が暗くなり幼い頃の僕と亜美を寂しくさせた空になっていた。
岸はこの空を見て一体何を感じるのか少し気になった。
亜美と同じ事を感じていたら嫌だなと、不安な気持ちになりながら居酒屋の扉を開けた。
「何名様ですか?」
扉を開けると同時に、胸の所に『まーちゃん』と書かれた名札を付けている明るい女性店員が声を掛けて来た。
「あ、すみません。待ち合わせです。」
「あちらのお客さんのお連れさんですね?」
女性店員はそう言いながら岸の方を指した。
お連れさんという言葉に違和感を覚えたが、女性店員には何の罪も無いと自分に言い聞かせて違和感を消した。
「はい、そうです。」
「では、どうぞごゆっくりして下さい!」
女性店員に促され僕は、岸の待っているテーブルへ腰掛けた。
「お待たせして申し訳ないです。」
「本間やで、待ったで!」
僕は、岸の開口一番に出たこの言葉にキレそうになった。
お前が、19時に来いと言ったから僕は言われた時間に来たにも関わらず何故
息をする様に、こんな言葉が出てくるのか全く理解が出来なかたった。
「すみません。で、今日は何の様で・・・」
「何飲む?何か頼んだら?」
岸は常に自分が、その場の中心になりたい男だった。
僕に話の主導権を握られるのが嫌で、僕の話を遮り無理矢理に注文をさせた。
「カシスオレンジで」
僕は、亜美とお酒を飲む時は決まって生ビールを注文していたが、岸の前で生ビールを注文する事に抵抗があったので、亜美とお酒を飲む時には絶対に注文しない物を頼んだ。
「まーちゃん!カシスオレンジ一つ追加でー!!」
岸は気持ち悪いほど大きな声を出しながら、女性店員を名札の名前で呼んだ。
僕は、この時、何故か合コンで出会った石田の友人の美幸と岸がとてもお似合いのように思った。
直ぐに、まーちゃんがカシスオレンジを運んで来てくれた。
「ほな、乾杯!」
岸は、一体どのくらい前からこの店に居たのか予想も付かないほど顔が赤かった。
「お疲れ様です。」
「今日はな、実は話というかお願いがあんねん!」
「はい、何ですか?」
「お前ってさ、port&portと仲ええやろ?」
ほら、やっぱり来た。僕はそう思うと身構えた。
「はい、まぁ可愛がってもらってますけど、それがどうしたんですか?」
「どうしたんですか?じゃないねん!お前もこないだのライブおってんから知ってるやろ?」
「上田さんが、キレた事ですか?」
「そうやんけ!それ意外ないやろ!」
お酒が入っていたからか岸は既に、この時点で少し怒っていた。
「岸さんが上田さん怒らせた事と僕が何か関係あるんですか?
それやったら直接上田さんと話した方が早いんちゃいます?」
「アホかお前!直接話出来へんからお前を呼んだんやんけ!」
一体こいつの何処が、パンクなのか反吐が出そうになった。
僕と話すよりも上田さんと直接話をして、何なら上田さんに噛み付く事の方が、よっぽどパンクなのでは無いかと、頭の中が一杯になった。
「で、じゃあ僕に何の話ですか?」
「だから、怒ってんのが上田さんだけやったらまだ、ええけど
金田さんも鈴川さんも怒ってんねん!
関西で、port&portに嫌われたら今後、俺のパンクが出来へんやんけ!」
この事を何の羞恥心も持たずに、話している時点でパンクのパの字も無い事に気づいていない岸とお酒を交わしている事に僕は恥ずかしくなった。
「はぁ・・・」
「で、お前は、port&portと仲ええから何とかしてあの人らの怒りを収めてもらって俺が全力で、パンクが出来るようにして欲しいねん!」
「簡単に言うたら岸さんの事を僕が庇えって事ですよね?」
「そうそう!port&portに岸は悪く無いって言うてくれや!」
僕は、岸を殴りそうになった。
「すみません。岸さん、僕にはそのお願い聞けません!」
語尾を強くして岸のお願いを断った。
「何でやねん!お前先輩の言う事が聞かれへんのか?」
この岸の言葉で僕は理性を無くしてしまった。
「僕、岸さんの事を先輩て一回も思った事無いんで、そのお願い聞けないですね!」
「はぁ?何言うてんねん!お前より長いこと音楽やってんねんぞ?
大体こっちもお前みたいな陰気臭い奴の事、後輩と思った事なんかないんじゃ!」
「後輩と思ってもらってなくて安心しました!
それと、岸さんのやってるパンクを音楽って言わんといてくれますか?
音楽っていうのは、僕らがやってるものを指すんですよ!
岸さんが、やってるのは粋がってる中学生がタバコ吸ってるのと一緒で、粋がってる自分が格好良いと勘違いしてその自分を無理矢理、世間に見せびらかしてるだけの言わば、ただの自己顕示欲って名前を借りただけの暴力なんで!」
「ハァ?お前誰に対して口聞いとんねん!
じゃあ、お前の言う音楽って何やねん?
まさか音楽で誰かの心を動かすようなものとか、言うんちゃうやろな?
もし、そう思ってるんやったらお前のも音楽とちゃうからな!」
「音楽はそういうもんです!ほんで、僕は人の心動かすような音楽してますし!
現に金田さんも上田さんも僕の音楽は良いって言うてくてて少なくとも岸さんが怒らせた人達の心を僕は音楽で動かせてますけどね!」
「お前その言葉を本気で真に受けてんのか?
そんなもん仲ええから言うてるだけに決まってるやろ!
大体、俺らの後に演奏して、引いてる客を全員元の盛り上がりに戻したんか?
戻してへんやろ?それやったんは、port&portやんけ!
port&portは確かにあの日、音楽で人の心動かしたで?
でも、お前は違う!
お前が言うてんのは、自分とport&portが同じ土俵におるって言うてるのと同じやぞ?
お前と同じレベルの奴らに怒られて、嫌われてるんやったら別にこのままでええわ!」
僕は、岸に何も言い返す事が出来なくなった。
岸が言った言葉が、何故か全身に入って来てしまい、自分の盲点を突かれたように感じた。
岸は、荷物を持って立ち上がった。
「死ね!」
それだけ言って店を出ようとした。
僕は、その岸の背中に向かって最後の足掻きとして罵声を飛ばした。
「お前さっきから俺のパンク言うてバンドを自分の私物化にすんなよ!
メンバーの事考えて無い奴なんか音楽辞めてまえ!」
岸との口論の内容とは、かなり的外れな事を言ってしまった。
僕のやっている事は、口論の最中に泣いてる赤ちゃんにキレ出したサラリーマンと変わりが無かった。
岸は、背中越しにこちらに中指を立て、店を出て行った。
僕は、岸に突っ掛かり正論をぶち撒いて岸を黙らせる事が出来る自信でいたが、その考えは、甘った。
終いには、岸に核心を突かれてしまい言葉が何も出てこなくなってしまった。
僕は、心の何処かで岸の事を自分よりも下に見ていた節があったが、岸に言われたport&portと僕自信が、同じ土俵に立っていると思い込んでいるという言葉が、ずっと僕を煩悶とさせた。
そして、岸にport&portを馬鹿にさせてしまった事が何よりも苦しかった。
こんな事になるなら黙って岸の要求を飲みport&portに岸の事を許してもらえるように頼んだ方がマシだったかもしれないと思っている自分に反吐が出そうになった。
結局僕は、port&portを馬鹿にされた事よりも岸にport&portを馬鹿にさせてしまった自分を庇いたいだけであり、自分の事しか考えていな人間だった。
僕は、伝票を持ってレジに向かった。
僕は、カシスオレンジ一杯だけしか注文していなかったので、会計の殆どは岸が飲み食いした料金だった。
僕は、食い逃げした岸の分も払った。
岸は、どれだけ飲み食いしていたのか、元々お金が無かったことも多少は影響しているが、僕の財布は帰りの電車賃すらも払えないほど、寂しくなっていた。
銀行からお金を引き下ろせば良いのだが、心が空虚感のまま家に帰るのが怖かった僕は、亜美に連絡をした。
「今、堀江に居てるんですけど、家行かせてもらってもいいですか?」
亜美から直ぐに連絡が来た。
「ちょうど、今ご飯作ってるから来て!
一緒に食べよう!」
「ありがとうございます。直ぐ向かいます。」
こう返信をした後、僕は亜美の自宅まで急いで向かおうと思い、走り出そうとしたが、何故か心と身体が重たくて足が思うように動かなかった。
僕は、散歩をしている老犬や塾帰りの小学生達に簡単に追い抜かれながら亜美の自宅まで重たい身体をぶら下げて、ゆっくりと歩いた。
僕は、歩きながら岸が一体誰から僕の連絡先を入手したのか聞きそびれた事がずっとモヤモヤしていた。
通りを歩いていると、何処かのアパートのベランダから夏の夜風に揺れた風鈴が、ノスタルジックな音色を鳴らした。
小学生の頃に一度だけ自治会のそうめん流し大会に行った事がある。
父兄さんや見廻隊のおじさん達が、前日から本物の竹を準備してくれて当日、子供達と一緒に竹を割り、竹の内側を削って素麺が綺麗に流れるように平にし、紐で結ぶ工程を行なった後に、やっとそうめん流しが出来るといった内容だった。
僕は、石田達と参加したが、石田達は素麺を流す竹を作成する班に入れられた。
参加した殆どの子供がそこの班だった。
しかし、僕は石田達が作成した竹を支える足を作成する班に入れられた。
土台の足を作る班は人数が少ないという事もあり、炎天下の作業はつまらない感情としんどいという感情が、混ざりあって全く楽しくなかった。
いざ、そうめん流しを始める時も石田達の班から先に良いポジションを取って良いと自治会の会長が言い出し、僕は竹の最下流のザルから素麺を取って食べた。
そうめん流しから家に帰り、母親から楽しかったかと聞かれた僕は、家を出る前は母親にワクワクした笑顔を見せていたので、楽しくなかったと言うのが、辛くて罪悪感にも感じてしまい嘘をついて楽しかったと答えた。
その時にも家の風鈴が鳴った。
その時から僕は心の奥底で夏は無情な季節で魔物が手を差し伸べてくる季節だと思っている。
だからこそ、今回の岸の事も季節のせいにしてしまいたかった。
だが、この季節だからこそ、亜美と出会う事ができたという気持ちもあり、同時にこの季節に出会ったからこそ不安もあり、僕はこのジレンマが少し苦しかった。
こんな事を考えてしまうのは、岸と喧嘩をしてしまった事が原因なのだろうか。
そんな事を考えながら歩いていると、亜美の自宅に辿り着いた。
階段を上り、インターフォンを鳴らした。
「いらっしゃい」
亜美は笑顔で出迎えくれた。
亜美は、髪を束ねて頭の上で団子状に結んでいたのとシャンプーの匂いから風呂上がりだという事が分かった。
「急に来てすみません」
「全然大丈夫やで!ご飯作ってるって言うても素麺やけど!」
決して亜美が悪い訳ではないことは、分かっているのに、このタイミングで素麺を食べなければならない事が、少し亜美に皮肉られているように感じてしまった。
「やっぱり夏に素麺食べたら美味しいよな?」
亜美は本当に夏に素麺を食べる事を季節の風物詩として好きだと以前にも言っていた。
その風物詩を僕と一緒に過ごせる事が心から嬉しかったのだろうか。
亜美はずっと笑顔で話していた。
「そうですね」
亜美は、いつも僕の僅かな心の動きも感じ取るので、必死で平然を装っていたが自然体で居る事が上手く出来なかった。
亜美は氷を敷いたお皿の上から素麺を取り分けてくれた。
「はい!涼太くんが来るって言うてくれたからめっちゃ作ったし
一杯食べてな!」
「ありがとうございます!」
「涼太くんお酒飲んで来た?」
お酒の匂いから察したのか、亜美が少し不思議そうに聞いた。
「はい、実はここ来る前にちょっと居酒屋行ってたんで」
「じゃあ、そんなに食べられへんか?無理して食べんでいいよ」
「いや、居酒屋ではカシスオレンジしか飲んでなくて、何も食べてないんで
お腹空いてるんで大丈夫です」
「居酒屋行ったのに何も食べてないん?何で?」
亜美は、さらに不思議そうに聞いた。
「実は、こないだのライブで暴れてたパンクバンドのボーカルの岸って人に
呼ばれてご飯行ってました。」
「あ!ご飯行ったんや!」
お皿の上の一つの氷が溶けて、素麺を支えていた氷全体がバランスを崩し、氷と氷がぶつかり合う音が部屋に響いた。
「どういう意味ですか?」
僕はまさかと思い亜美に質問した。
その言い方には、勢いの無い怒りが込められた。
「この前のライブの時に、パンクバンドのボーカルの人に田口くんの彼女ですか?って声掛けられてん」
「何でですか?」
「何か涼太くんの連絡先知りたかったみたいで、声掛けて来たみたい」
「それで教えたんですか?」
僕は、身体の震えが止まらなかった。
「うん!教えたよ。それで、今日ご飯行ってたんや!
でも、何でそれで何もご飯食べてないの?」
「うん!教えたよ。じゃないんですよ!
それが、原因で居酒屋に行ったけどご飯食べずに終わったんですよ!」
僕は、声を荒げてしまった。
「連絡先教えたから?
・・・どういうこと?」
亜美は、驚きながら聞いた。
「何で勝手に連絡先教えたんですか?
普通僕に一回確認取りません?」
「だって、涼太くんその時楽屋おったから・・・」
「それやったら余計に勝手に教えたらあかんでしょ?
大体あんな滅茶苦茶な演奏してた奴に僕が、連絡先教えたくないの分からんかったんですか?」
「ごめん・・・」
「しかも、教えたんやったら何であの日、終わった後に直ぐ言うてくれへんかったんですか?」
「居酒屋おる時に涼太くんが、あの人らの事嫌いそうにしてたから言いにくかってん」
亜美は本当に申し訳なさそうにしていた。
「そう思ったんやったら尚更、後日でも絶対僕に知らせるべきじゃないんですか?」
「あの日、初めてライブ行ったしあのバンドの人らがいつもあんな感じって知らんかったし、教えた時は涼太くんがそこまで、あの人らの事嫌いって気付いてなかったから・・・」
「それでも、その後知ったんでしょ?
もしかして、本間は最初から僕が岸達の事嫌いなん知ってて、教えたんじゃないんですか?」
言わずもがな亜美がそんな事を絶対にしない事は分かっていたのに、僕はとんでもない事を言ってしまった。
「違う!そんなん絶対にせえへん!
涼太くんが嫌がる事は絶対にせえへん!」
亜美は必死で僕が感情から出た意地悪な言葉を否定した。
亜美が絶対にそんな事をしないのは、分かっていた。
「でも、現実的にしてるんですよ?
僕が、嫌がる事」
「そうやけど・・・
本間に涼太くんを困らせるつもりなんか無かったのは信じて欲しい。
私が軽率やった。・・・ごめん」
亜美は初めて出会った時のように鼻が赤くなっていた。
「しかも、岸にport&portの事を馬鹿にされたんですよ?
僕も岸と喋ってからずっと、自分が何者なんか分からんくなってるし!
全部、亜美さんのせですよ!」
岸にport&portの事を馬鹿にされたのも僕が自分自身に対して、疲弊しているのも全て僕自身に問題がある事は分かっているのに、亜美と出会ってから心の何処かで自分は強い自分に変わって来ていて、成長出来るのではないだろうかと、自分に酔った考えをしていて弱い自分を受け入れる事が怖くなり、全てを亜美のせいにしていた。
そうすれば、優しい亜美は全て自分に非があると思い、僕を肯定してくれる事を知っていたから弱い僕はまた、亜美に助けてもらおうと勝手な事を考えていたに違いない。
「本間に、ごめんな・・・
涼太くんにとって、port&portさんがどれだけ重要な人か分かってるつもりやから
その人達を馬鹿にされて、本間に嫌な思いしたんやと思うと、本間に取り返しの付かへん事をしてしまったんやなって反省してる。」
僕が、本当に嫌なのは好きな人に八つ当たりをしている事だった。
「もう、いいです。僕も言い過ぎました。すみません。」
「でも、涼太くんの連絡先教えたのも涼太くんは、自分から人とコミュニケーションあんまり取るの苦手やから輪が広がったら今後の涼太くんの音楽活動に何か役立つんちゃうかなと思って、教えてしまってん。
勝手に余計なお世話してごめんな・・・。」
岸と話している時、僕は岸が大声を出せば出すほど、こちらも負けじまいと声を出して怒鳴り返していたが、亜美は僕がどれだけ大声を出そうが、冷静に全てを飲み込みながら話を聞いてくれた。
「でも、勝手にそんな事をしたんも涼太くんの事が好きやからやねん・・・」
素麺を支えていた氷は全て溶けてしまい、本来の液体の姿に戻っていた。
「そうやったんですね・・・
大きい声出してすみませんでした。
急に家上がらせてもらってこんな事で、亜美さんの事を責めてしまってすみません。」
亜美は本当に僕の事を好きでいてくれている。
だが、こんな僕のような人間を亜美が愛しても良い訳がないと思った。
「全然、私の方こそごめん。素麺も氷が溶けて台無しになっちゃったな」
亜美は無理をして、笑顔を見せてくれた。
「・・・亜美さん明日の夜仕事終わった後、時間ありますか?」
「うん・・・大丈夫やけど、どうしたん?」
「散歩しに行きましょう」
僕は、亜美に八つ当たりしてしまった事を何とかして取り戻したかった。
「散歩か、いいなぁ!」
「じゃあ、明日の21時に誘いに来ますね」
「分かった。待ってる」
僕は、亜美と明日の約束をして、亜美の家を出た。
その足でコンビニのATMに向かいお金を引き下ろして、ネットカフェに泊まった。
本当は、岸との喧嘩の後、一人になるのが怖くて亜美に会おうと自分勝手な考えで亜美の元へ会いに言ったはずなのに、余計に一人になるのが怖いと思う夜になってしまったと後悔しながら始発が動き出すのを待った。
翌日、僕はオンボロのシルバーのタントで亜美を迎えに行った。
「着きました。出て来て下さい」
僕は、亜美に連絡をした。
亜美はアパートの階段を下りて来て僕の姿を探していた。
僕が車のライトを点滅させて亜美にこちらの位置を知らせると、亜美は小走りでこちらに向かって来た。
「車で来たん?散歩じゃないん?」
亜美は車の扉を開けながら言った。
「いいから、乗って下さい」
僕は、車で来た理由は言わずに亜美に車へ乗るように促した。
「分かった」
亜美は不思議そうに車に乗り、シートベルトを絞めようとしたが、タントのシートベルトの位置が他の車に比べると、位置が少し後ろだったので手古摺っていた。
「貸して下さい」
そう言って僕は、亜美のシートベルトを締めた。
亜美の顔が薄暗い車内で、息がかかるほど近い場所にあり、こんなに肌が白かったのかと気付いた。
「ありがとう」
亜美は恥ずかしそうに、そう呟いた。
僕は、行き先を亜美には伝えずに、二色の浜海水浴場まで車を走らせた。
道中、昨日から一日時間が空いた事が、余計に気まづくなってしまい車内は、武田鉄矢以外は言葉を発する事は無かった。
「海?」
目的地に着くと亜美が周囲を見渡して言った。
「はい。前に人が居てない海に行きたいって言うてたんで・・・」
「覚えてくれてたん?ありがとう!」
「だって、一緒に行こうって約束したじゃないですか!」
「めっちゃ嬉しい!」
亜美がやっと、いつもの笑顔に戻ってくれて安心した。
その亜美の笑顔を見ると、僕も昨日の失敗が少し忘れられるような気持ちになった。
「花火しませんか?」
僕は、そう言いながらトランクから亜美を迎えに行く前にコンビニで買った手持ち花火とバケツを取り出した。
「やりたい!持って来てくてたん?
意外とロマンチックな所あるやん!」
亜美がいつものように、少し僕を弄りながら言って来たが、確かに僕はいつからこんなキザな奴になったのだろうと、少し耳が熱くなったが、暗さに助けられて亜美にそれを悟られなかったのが、せめてもの救いだった。
夜の海辺へ行くと、波が静寂の砂浜に響いて僕たちを包み込むような賛美歌のように聴こえた。
僕達は、花火に火を点けた。
花火の先端からは、鮮やかな火のシャワーが様々な表情を見せながら砂浜に降り注ぎ、火のシャワーの勢いが弱まると煙が薫灼した。
その煙の向こうに笑顔の亜美が見えた。
その笑顔を見ると、改めて昨日の亜美は何も悪くないと確信した。
「涼太くん見て!見て!ハートになってる?」
亜美は、はしゃぎながら花火を持っている腕を大きく動かし火の残像でハートを描いて見せてくれた。
「ハートになってますよ!おっきいハートになってます!
亜美さんこれは、どうですか?」
僕も真似をして大きな星を描いた。
「星描いてるのは、分かるけど全然動きが追いついてないから星になってないよ!」
嬉しそうに教えてくれた。
一通り、花火を終えて僕たちは誰が決めたのか分からない花火のルールに従順に従い線香花火で、締めくくる事にした。
線香花火に火を着けると、静かに火が弾け出し、一瞬だけ生きる力を振り絞り少しだけ大きく弾けた後に、寂しそうに火玉が落ちた。
「涼太くんどっちが、長く持ってられるか勝負しようか?」
「いいですよ!」
僕たちの線香花火は、稀に見る大きな弾け方をし、同時に息絶えた。
「あー!引き分けやな!」
「僕の方がちょっとだけ、長かったですよ!」
「じゃあ、そういう事にしといてあげる!」
僕と亜美は花火を終えると、お互い自然に砂浜に座り寄り添った。
「何で、花火って絶対最後は線香花火で締めるんですかね?」
「うーん、ちょっとだけ寂しい気持ちにしてまた、来年も絶対に花火したい!
って思えるようにしてんねん!知らんけど」
「知らんけどって!
・・・亜美さんは、今日、花火してまた来年もしたいなって思いましたか?」
僕は、少し考えてから聞いた。
「うん!絶対に来年も花火したいと思ったよ!
・・・・・・・涼太くんと、また今日と同じ場所で花火したい」
亜美も少し考えてから返答した。
「昨日、酷い事言うてすみませんでした」
「・・・全然良いよ。私の方こそ何も考えてなくてごめん」
「そんな事ないですよ。亜美さんは僕の事思って、岸に連絡先教えたんですから何も考えてない事ないです。
僕の方こそ、前に亜美さんに亜美さんの前では、偽らんといて欲しいって言うてもらって、その言葉に甘えて岸に言われた事の八つ当たりしてたました」
「でも、八つ当たりしてくれるって事は、偽ってない本間の涼太くんって事やんな?」
「良い風に言うたらそういう事なんですかね?」
「そういう事で良いやん」
亜美は、優しく言ってくれた。
「・・・・」
「・・・・」
僕も亜美も急に黙り込みながら波打ち際に生まれる白い泡を見つめていた。
すると、少し大き目の波が砂浜に打ち寄せた。
僕は、亜美の顔を反半ば、無理矢理自分の方に向かせて、亜美にキスをした。
女性と唇を重ねる事が初めてだったにも関わらず、大胆な事をしてしまったと、恥ずかしくなって来たのは亜美の口が僕の口から離れてからだった。
「・・・・すみません」
「ううん・・・びっくりしただけ・・・・」
僕は、この時付き合っていないのにキスをしたという重罪を犯してしまったような気がした。
僕は、今まで恋愛をすると決まってネットでデートのリードの仕方などを検索し、何処の誰かも知らない自称恋愛マスターの書いている事を鵜呑みにしてしまい尽く撃沈してきた。
なのに、この日は自分の思うままに動いてしまった。
もしかすると、こんな大胆な行動を取る事が出来たのは、花火や前日の出来事があったからだけなのかもしれない。
しかし、亜美が僕の事が好きで僕も亜美の事が好きで、二人はキスをした。
それだけの事で良いのではないかとも思った。
いや、そう思いたかった。
帰りの車の中では、あいみょんなど今を時めく若手ミュージシャンの恋愛ソングが流れていた。
この日を境に僕は亜美と半同棲状態となった。
帰りの車の中で、風鈴の幻聴が聞こえた気がした。
それは、そうめん流し大会のあの日に聞いた音色と同じだった。
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