第5話
中学に進級してから、興味の内他人に干渉する人が少なくなってきたような気がする。そう僕は授業中に窓の外を眺めながら思った。
僕の将来の夢はバンパイアハンターだ。そういうと、小学生のころは笑われた。しかし中学に入ってからは、呆れたような顔をされるようになる。馬鹿なことを言っている同級生に構っている暇はなく、みな自分のことに精一杯なのだろう。正直ありがたい。
バンパイアハンターになりたいからと言って、吸血鬼に関係するもの以外の授業を疎かにしていいわけではない。それでも対吸血鬼防衛学に関してはかなり念入りに、予習していた内容と照らし合わせながら、授業をしっかりと聞く。
授業が終わり放課後、
彼女は倒すべき吸血鬼だ。本来なら学校なり警察なりに報告すべきだが、負けた時の屈辱が忘れられず、いつかこの手で雪辱を果たすために現状を維持していた。
よくないことなのではないか、という気持ちはもちろんある。いつか彼女が他の人間に手を伸ばし、新たな犠牲者がでるかもしれない。そうなったら責任は僕にある。何度も先生や交番に近づき、先輩のことを話そうとした。しかしなぜか関係のないことが口からは触れ出て、意図したことが伝えられない。まるで誰かに邪魔をされているかのように。
いや、何かのせいにするのはよくない。この問題はほかでもない僕自身の問題であり、自分の臆病さとエゴにより協力を仰げないでいるのだった。つくづく自分の卑怯さが嫌になる。せめてもの償いとしていつか彼女を絶対に倒すと、心に誓うということしかできなかった。そんなこんなで僕はは中学三年生になった。
「おはよう武君」
玄関から少女が顔を出した。
白楓子。吸血鬼。
僕よりも頭一つほど大きく見上げる形となる。前髪は目をぎりぎり隠さない程度に長く、後ろ髪も腰まで真っすぐに伸びている。青白い肌と対照的な赤い瞳の力が強い。整っていながら、ぞっとするような印象を受けるその表情は「吸血鬼だ」と自己紹介されては納得しかしない。
彼女にリビングに迎えられ、背伸びをして僕はキスをした。ただのマナーだ。おかしなことはない。
それでも何故か彼女と唇を合わせていると、体が熱くなり、鼓動が速くなるのを感じた。ただのマナーなのになぜなのだろうか……小さいころに雪を口につけた時を思い出す、吸血鬼特有のほんのりと冷たい唇。それが僕の唇によって温まり最初は溶けていくのを感じ、その後季節が変わる様に冷たさが復活する。長くこの状態を続けると、凍ってくっついてしまいそうだ。
ボディチェックを済ませて、僕は両親の情報を聞き出す交換条件として少しだけ血を与えることになっていた。
このことについては僕は彼女のことを愚かだと思う。
何故なら血は復活するが、情報は復活しない。相対的に失っているのが多いのは先輩の方だ。なかなか抜けている所の多い吸血鬼だと思う。
血を吸うためにはいろいろと準備が必要らしく、その前に舐めたり触られたりするのがちょっとだけ不愉快だけど、しかたがない。
彼女の舌が僕の耳に入ってくる。外耳道を湿度を持った物体が撫でまわし、ざらついた金属のような音が鼓膜を浸食した。芯が詰まったように、左右の音が違って不快感を感じる。それでいてなにやら胸の奥底から湧き上がってくるものがあり、やり場のない気持ちが溜まるだけだった。
それが発散されるのは、歯を立てられた時だ。風船に穴をあけた時にも似た感覚で、違和感が傷口抜けていく。その次にむずむずとした快楽が首筋から広がり、体の制御が効かなくなる。血が抜かれることによって頭に酸素があまり上らなくなり思考がままならない。きっと今僕は無様な顔をしている。
でもそれも両親のため。両親のため。
そんな思いを抱き続けているが、本当に成し遂げられるのだろうか。そもそも彼女の話す情報はあっているのか。わからない。きっと血が吸われているからだ。余裕があるときなら思考がまとまり、有益なことを考えられるはず。
きっと……
きっと……
「あー! ままがえっちなことしてるー」
夢うつつの曖昧の中、ふと幼い少女の声によって現実に引き戻される。
覆いかぶさっていた白先輩も慌てて立ち上がった。
気が付くと僕は着るものを一切身に着けていなかった。急に気恥ずかしくなったので、近くに会った自分の物と思しい服を身につけた。
「ほらほら、よいこは寝る時間でしょ」
先輩が猫なで声で少女に近づく。そこには三歳ぐらいの小さな子がいた。
「ままもおきてるじゃん」
「私はいいのお仕事だから」
「うそだー」
理解が追い付かない。
えっとこれは。
ふと女の子がこちらを見て言った。
「この人がぱぱなの?」
「はあ!?」
何を言っているのだろうか。僕はまだ十五歳だ。
先輩が焦りだす。
「ちょ、駄目だって。まだ言うのは早いから」
「けちー」
「けちじゃない。ほら眠った眠った」
「はーい」
先輩は女の子を部屋の奥に連れていき、落ち着いたのか、また戻ってきた。
「ごめんなさいね、うるさくて」
「あ、はい……本当に先輩のお子さんなんですか……?」
「あーうん、まあこれは言っていいか。まあ私実年齢は27歳だからね」
「そういえばそうでしたね……」
外見はまるっきり高校生なので、違和感がすごい。高校は卒業したみたいだが。
「えーっとこれは仮の話なんだけど」先輩は何かを思い出したかのように話し出す。「あの子があなたの娘じゃなかったらどうする?」
「何ですかその質問!? 彼女が僕の娘なのが基準!?」
「いや仮にだって、両方仮の話」
何が両方なのだろうか。よくわからない。
「いや、確かに驚きましたが、敵が既婚者だとしても刃に迷いはありません」
「嫉妬とか湧かない?」
「何に対してですか?」
僕が答えると、先輩はうんうんと頷き始めた。
「それでいい。まだ堕ちていないね」
よくわからない。
考えようとすると、耳鳴りのよう何かが頭を襲う。
僕は考えるのを諦めて、立ち上がった。
「えっと、じゃあ用事はすんだようなので、帰りますね」
「うん、お疲れ」
「ぱぱ早くにんちしてねー」
「こらこら寝てなさいって言ったでしょ」
二人に送られて僕は帰路についた。
あの時はああいったが、先輩の娘ということはあの子もまた吸血鬼なのだろうか。ということは僕は復讐のためにあんな小さな子を手にかけなければならないのだろうか。刃に迷いがないなどと宣ったところで、結局のところ僕は迷っている。
空に帳が降り始め、街に明かりがつき始めていた。
大きな三日月が赤く見える気がした。
◇ ◇ ◇
栗東少年を送った後、彼と私の間にできた子を今度こそ寝かしつける。
今は彼にこの子のことを言うべきではないけど、時々完全に催眠をして子育てを手伝ってもらったりはしていた。
言うべきタイミングとは、彼が一番驚く時がいいのか、それとも洗脳を強めにして、既に娘となじませてしまえばいいのか。
いろいろ試していけばいい。
私は決闘に勝ったことにより、彼の未来を奪った。
それは人間の基準から当てはめれば、糾弾されるどころか罰を受けるべきことではあるが、吸血鬼の基準かられば日常茶飯なので、故郷もこの子のことを受け入れてくれている。
この子は大丈夫だ。
しかし栗東少年の未来はどうなるのだろうか。
私も今修行中で、もうちょっとで眷属を持てるようになるかもしれないという所まで来ていた。だとしたら彼の成長を止めることが出来る。喜ばしいことだ。
母は愛する人が複数人いたがを眷属にしなかった。時計の針の速さが違うことを楽しみ、何人もの男を看取った。ある意味では悪趣味だったとは思う。
私は母とは違う。
彼の時計の針の速さを無理やり代えさせてもらう。私が勝者だから。
そんな開き直った露悪的な想像にも疲れたので、もう寝ることにする。
布団で眠っていると(棺桶とかではない)ふと思う。
この生活の終わりはどういった形で来るのか。
もしかしたら、栗東少年が自力で洗脳を解き私たちを殺すかもしれない。
もしかしたら、全く知らないバンパイアハンターが私たちを殺しにくるかもしれない。
もしかしたらこのまま吸血鬼の一家として外見上は仲睦まじく何百年も生きていくのかもしれない。
最後がいいなと思いながら私は微睡に誘われ、眠りの世界へ旅立っていった。
ショタコン吸血鬼少女が美少年バンパイアハンター志望に洗脳催眠かける奴 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa
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