第3話

 辛く激しい戦いだった。私は片膝をついた後、何とか立ち上がる。

 あと私が五歳若ければ、圧倒されてたかもしれない。

 彼に出会ったのが今であることを感謝しよう。

 警戒しながらも栗東少年に近づく。彼はの上に投げ出された彼の体はどこまでも無防備だ。口から血が少し混じった、唾液が滴り出ている。首筋に手を当ててみるが、ちゃんと脈はあった。

 血液が頭に送られていないのか、顔が青白い――吸血鬼のように。

 私は勝った。つまり私はこの子に何をしてもいいということだ。

 私の心臓の鼓動が速くなる。息が荒くなった。

 今回の戦いで彼に持った印象は敬意だった。

 倒すべき敵に万全の準備をし、父母のために命を懸け、そして目的のために少女の形をしたものを殺すという意思。若さゆえ未熟なところもたくさんあったが、敵としてあっぱれとしか言いようがない。尊敬さえ覚えた。

 しかしそれと同時に、この強くて美しい少年が今自分のモノになったという運命のめぐりあわせに感謝したい気持ちが浮かび上がった。

 栗東少年の瞼をこじ開け、血式携帯端末ブラッドフォンを起動する。

 自分の目をカメラで写し、アプリケーションにより魅了の力を増幅させる。ブラッドフォンの画面を少年の目に写した。

 しかしここまでしても気絶している状態でなけれ、洗脳は不可能だっただろう。

 それまでに私の力は未熟なのだった。


「栗東君……じゃなくて武君って呼んでもいいよね。今から私はあなたに暗示をかけます。すべての質問に答え、すべての命令に『はい』従うこと」

「はい……」


 ゆっくりと光彩を欠いたうつろな目を開いた。

 垂れた唾液を私の袖で拭ってあげる。


「まずこれが終わったら、普段通りの生活に戻ること。会長に怪しまれないように。学校内にいる時は私にも自然に接すること。今日のことは『敗北したけど、情けをかけられて洗脳をされなかった』と認識すること」

「はい」

「私のことは……まあ、ライバルっぽいのだと認識してほしいな」

「……」

「ああ、命令じゃないと駄目なのか。ライバルとして認識して」

「はい」

「自分が洗脳されているということは疑わないこと。『自分が洗脳されていると疑わないのはおかしい』という疑問も当然思い浮かべないこと」

「はい」

「私が指を鳴らしたら、トランス状態に入ること」

「はい」

「学校内ではあまり話しかけないで」

「はい」

「とりあえずこれぐらいか……じゃあ次は質問。年齢は?」

「12歳です」

「ここに来るのは誰かに言った?」

「いってません」

「友達はいる」

「いません」

「好きな子とかいる?」

「いません」

「私のことどう認識してる?」

「美人だとは思う。倒すべき敵。でも敵じゃないほうがうれしかった」

「お、おう。えっと、まあ必要なものはこれぐらいか……あとは趣味用に」


 この後一度私の部屋に彼を持ち帰り、夜通しで暗示を施して、そのまま彼の家に帰すこととなったのだった。

 

 日が明ける。吸血鬼は基本夜型なのだけど、人に紛れて生活するために、無理矢理昼型にしていた。つまりさすがに徹夜をすると辛い。

 だからと言って学校休むという行動をとると、授業は置いて行かれるし、普段と違う行動をとったことで怪しまれる可能性もゼロではない。だから出席しないという選択肢はなく、なかなか辛い一日になりそうだった。

 いつもどおりの授業風景。

 いつも通りの学校。

 しかし今の私には準眷属がいる。それによる精神的余裕があり、特別な一日のように思えた。


「先輩! 白先輩!」


 一日授業が終わり、寮に向かおうとすると、背後から声を掛けられる。

 振り返ると予想通りそこには息を切らした栗東少年がいた。


「どういうことですか昨日は? 何故殺さなかったんですか? 情けをかけたつもりなんですか?」


 私は上を向いて、何を言おうか考える。


「まあ、そんな感じかな」


 それを聞いた彼の顔が怒りに染まる。


「ふざけないでください! 僕は昨日命を懸けてあなたを殺そうとしたんだ! それなのに……こんな何事もなかったみたいに……!」

 

 そういう考えか……

 暗示をかけているだけで、彼自体の人格を奪ったわけではない。彼の心に敬意を表して、人格自体を殺したくはなかった。今言ったのは彼自身の言葉だ。しかし、なんとなく「どうせ面倒くさくなったら洗脳を強くすればいいや」という気持ちが私にあるので、まともに会話をする必要性を見出せなくなってしまっている。これはまずい。これではせっかく「本人は洗脳に気が付いていないけど、奇妙な行動をる」というシチュエーションを楽しめない。

 私は自分に活を入れた。

 口元に手を当てて笑って見せる。

 少年は眉間にしわを寄せた。


「何がおかしいんです……?」

「それでいい。何度も私倒しにくればいい」

「どういうことです!」

「私は吸血鬼だけど人間に交じってスパイをしている。でも、これ、実はすごい退屈。私って結構戦闘型だから潜入は向いてないの。だから、あなたが殺しに来てくれるのはすごい楽しい」

「絶対に僕に殺されないって、侮ってるんですか?」

「いいえ、侮ってはいない。だからこそ、楽しい。また本気で殺しあいましょう」


 少年は私を見て理解できないという顔をしている。

 当然だ。思いついた言葉を順番に並べているだけだった。

 私は別に戦闘特化型ではない。戦闘は出来ればしたくない。

 栗東少年はそれでも強く歯を食いしばり言った。


「もし僕があなたよりはるかに強くなっても後悔しないことですね」

「……楽しみにしてるよ」


 私は彼に手を振り、その場を後にした。

 よしよし。上手くバトルジャンキーぽっく話せたと思う。

 同年代の吸血鬼にモデルとなる戦闘狂がいたので助かった。

 そんなことを思い出しながら、ふと足音がしたので振り返ってみると、栗東少年が付いてきていた。


「……どうしたの? 家こっちじゃないよね」

「いいえ? こっちですけど」


 ああ、そういえば。徹夜でコーディングしたので細かい部分を忘れていた。

 一週間に一回、私の家に泊まるように設定していたし、今日がそのよう日だった。そしてその後どうするかを思い出す。

 部屋の扉を開き、彼を招き入れる。

 なんだかドキドキしてきた。自分の心臓が早鐘を打ちすぎて苦しい。

 息が荒くなる。


「どうしました」と少年は聞いてきた。「体調が悪いんですか?」

「……なんでもないよ」


 そう言いながらも私は彼を抱きしめた。胸を押し付け、彼の体をべたべたと触る。

 そのまま唇を彼の唇に近づけた。


「ちょっと待ってください」


 栗東少年が手で止める。


「な、何故かな? 私の家に入ったらキスをするのがマナーでしょ?」


 あれ、もしかしたら洗脳が効いてない?

 だとしたらまずい。焦りにより冷や汗が広がっていく。


「いやキスはリビングに入ってからでしょう」


 そうだった。玄関先でやっていたら、万一誰かに見られたら大変だ。付き合ってることにしようにも、相手が小学生なのでショタコンだと思われてしまう。ショタコンだけど。

 彼の言う通りにリビングに向かった。

 そのまま私は少年の顔を両手でつかみ、唇を合わせる。


「ん……」


 少年の口から声が漏れ出た。

 唇からほなかな体温が伝わってくる。この暖かさが好きだから、私は彼を眷属にはあまりしたくなかったのだ。吸血鬼同士のキスだとこうはいかない。

 唇を離す。

 少しこぼれ出た涎が蛍光灯の光を反射し、糸を描いていた。

 少年の顔が赤くなっている。


「なんで赤くなってるのかな? ただのマナーでしょ?」

「……温度差で顔が赤くなりやすい体質なんです……あ……」

「じゃ、じゃボディチェックを始めるね……武器とかもってこの家には入らせないよ」


 彼のネクタイをほどいた。

 荒い手つきで、服を脱がしボタンを一個ちぎってしまった。

 薄い体を覆う白い肌が現れる。ほのかに筋肉のついた柔い体だった。胸部にあばら骨が浮いており、あまりよい食事をしていないことがうかがえる。光が透き通りそうなほどのはかなさを感じる肉体だ。

 私は薄い鎖骨に向かって舌を這わせる。わずかにある凹凸が、舌先をくすぐった。

 初雪に指を入れるように、細い体を両手でつかんだ。彼は「うっ……」雲雀のような声を漏らした。本当にもろい体だ。強く握ると折れてしまいそう。薄い膚の向こうに、血の流れを感じた。

 少年のベルトにかけ、はずそうとするが焦ってうまくいかない。私のスカートのベルトとぶつかり音を立てた。


「あの……僕が外しましょうか?」

「いや、大丈夫。大丈夫だから」


 私は彼の背後に回る。余計にやりにくくなった気がするが、後ろから触りたかった。

 なんとかベルトを外し彼のズボンを下す。黒くて薄い股引に包まれた下半身が現れる。私は優しい手つきで少年の足を撫でまわした。こちらも細い脚だ。

 下にはトランクスを履いているようで、股引の上からその凹凸が分かった。


「こんな薄い生地に武器なんて隠せるわけじゃないですか……」

「わからないよ……念のために……」


 存分に足を堪能したら少年のうなじに目が付いた。緩やかなウェーブの髪をかき上げ、綺麗な生え際を外気に晒した。首の側に小さい黒子を見つける。こちらも握れば折れてしまいそうな細い首。

 私はそのうなじに唇をつけた。


「ひゃう……」


 少年の口から少女じみた声が出る。

 それを聞いて私の中の嗜虐心が膨らみあがった。鼓動がさらに速くなる。

 ああ……もう我慢できない。ずっと、ずっとこうしたかった。

 彼に食堂で助けてもらった時も、彼と戦ているときもずっと、制服に包まれた首筋を想像していた。しかし無計画な吸血は身を亡ぼす。私はスパイの身だ。いつ軽率な行動が破滅につながるかわからない。

 それでも今なら。

 私のテリトリーで、しっかりと洗脳を施した今ならいけるはずだった。

 私は彼の露出した首筋にかみつく。

 栗東少年が悲鳴を上げた。


「ちょ…ちょっと……! どさくさに紛れて、噛んで……ん……いませんか!? やめてください!? いやだ! やめ……助けて!」


 ここまで洗脳しても吸血鬼に噛まれるのは拒否はするか。

 私は噛みついたまま、自分のポケットからブラッドフォンを取り出し画面を彼に見せた。

 激しく抵抗していた体がおとなしくなる。

 ぐったりとした顔で、ソファーに倒れこみ私もそれに合わせて、彼に覆いかぶさった。念のため両手首をつかみ、ソファーに押し付ける。

 首筋を噛み切らないように、ゆっくりと優しく顎を動かす。僧帽筋がきしむたびに傷口から血があふれて甘露だった。

 歯を伝って彼の血液が喉に流れてくる。

 学校に入学してからずっと人工血液だったために、ずっと飢えていた。天然でしかも生でさらに小学生でおそらく童貞の血だ。やっぱりのど越しが違う。

 とはいっても吸血の感想はあまり人間の言語で表現するのに適していない。性行為や食事に例えられることが多いが、吸血鬼にとって食事は食事であり、性行為は性行為であり、吸血は吸血だった。

 彼の血のすばらしさを正確に表現できないことを悔しく思う。

 それでもスポンジに水を含ませたように自身の体が潤ってくるのが分かった。

 腕時計を確認し、吸いすぎないように注意する。


「あっあっあっひうひうひう」


 栗東少年の体が痙攣したように跳ねる。吸血鬼の牙から分泌される液体に拒否反応を起こしているのだろう。初めは苦しいだろうけど、すぐに快楽へと変わるはずだ。彼の体温が上がり始めて、汗が噴き出す。私は制服を着たままなので、濡れてしまった。


「武君」


 私は首筋から口を離して彼に言った。とろんとした目つきをこちらに向ける。


「な……に……なんですか……」

「今どんな気分?」

「……よく……わかりません……ゾクゾクとした寒気がするんですけど、酷く熱い……まるで熱病に浮かされているみたいで、不快感と気持ちいって感覚が混じって……やっぱり気持ち悪い」

「私のことどう思ってる?」

「いつか勝つ……」

「よしよし」


 墜ちてない。まだ墜ちてない。

 そうじゃないと困る。そのままの君でいて。

 ある程度吸ったら、今日はこれぐらいでいいかと思ったので、彼の頬にキスをして離れた。汗が気持悪そうなのでシャワーを浴びさせる。

 一緒に入ってもいいのだけど、流水はちょっと駄目なのでその後に家に帰らせたのだった。

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