第2話

 かつて吸血鬼は人によってかなりの数を減らされた。

 自らが牧場主でないと悟った鬼たちは、高慢さを改め姑息に生きることを選択する。人の社会に紛れ、人の術を学び、、闇に紛れて油断した人の血を糧とする。

 今もなお表立って人と戦い続けているグールや半魚人と比べ、吸血鬼はほぼ忘れられることに成功した。

 だが完全ではない。まだ吸血鬼との戦いは終わっていないという人間も存在し、この学校の会長もそうだった。そして私は敵情視察のためにこの学校にに潜入している。 

 食堂での出来事を話し終えて、里美はうんうんと腕を組んで頷いた。


「そっかあ、ほなしかたないなあ。殺すか」

「いや……でも……殺したくない」

「なんでや?」

「この学校の会長は人一人行方不明になるとかなり怪しむと思うよ……それにあの子かわいい……じゃなくて殺すと可哀そうだし」

「はあ~」


 巨大な嘆息が友人の口から漏れ出る。


「そうやったな~楓子はショタ喰いやったな~」

「な、っちょっと誤解を含むいい方しないでくれる!?」

「違うんか?」

「いや人並みに美少年を愛でるのは好きだけど、「ショタ喰い」とか言われると吸血鬼的に、少年の肉や血しか食べないみたいなニュアンスに聞こえるけど、今のところ製造用血液しか飲んだことがないし、それに、ほら、こう吸血鬼界隈って美少年好き結構多くて、その人たちに比べたら私なんて全然愛が足りてないっていうか、いや本当に私美少年好きなのかなってたびたび疑問に思うんだけど、でもやっぱり人並み程度には好きなんだよね……いつも思うんだけどうちの初等部の制服ってかなりエッチだよねみたいな。やっぱ会長も吸血鬼が好みそうな制服をデザインして、獲物が罠にかかるのを待っているのかな?」

「うん、もおええわ」


 里美は手を叩いて、私の話を遮る。


「つまり、準眷属にしたいんやな」

「えーそうなるのか……なあ?」


 吸血鬼が眷属にできる数というのは決まっており、歳や修行を重ねることによって増やせる。私は外見年齢は17歳程度だけど、実年齢はせいぜい24歳の若輩者なので、眷属はまだ作れない。

 準眷属は血を与えずに洗脳や魅了の力で長期的に従えて駒とする人間のことだ。


「そない言うたかて、殺しとうない言うんやったら準眷属化するしかないやん?」

「わっ、わかった……明日の気絶させて、洗脳して、彼を準眷属にする……」

「うまくいったら味みさしてな~」

「それは嫌」

「えー」


 かくして明日の戦いは負けられないものとなった。

 お互いの未来をかけたものとなる。それを彼は気が付いているのだろうか。

 明日彼が負けると、彼は私のペットとなる。きっと彼にも輝かしい未来があるのだろう。立派なバンパイアハンターになるのか、他の怪異と戦うことになるのか、全く関係ない職業に就くのか。そう言った未来を紡いでしまうことに――自分からすることに罪悪感はある。彼に同情してしまう。

 同情。

 そう言った考えが浮かんでしまうことが、結局のところ吸血鬼と人とは分かり合えないということなのだろうか。

 これが人の作った物語であるならば、栗東少年と共通の敵と戦うとか、実は栗東少年は虐待されていて、吸血鬼はそれから救うために両親を洗脳したとか、実はマゾヒストで眷属化されることを望んでいるとか。そういった救いの話になるだろう。

 だが残念なことに、そうはならない。

 どちらかの未来が終わるまで戦いは終わらない。

 だからせめて正面から堂々と勝とう。

 それがせめてもの、……いや、なんだろうか……言い訳のようなものだった。


 ◇ ◇ ◇


 放課後。

 学校の裏側にある山の中、山道を少しずれた場所にある開けた場所に私は来た。

 生い茂った木々が並ぶ尾根に、夕日の赤色が葉の影の隙間から入り込んでくる。

 踏みしめた腐葉土から、秋の臭いが舞った。

 人間の科学と吸血鬼の技術により私たちは太陽をすでに克服していた。

 たった一ミリの層を作る化粧品が、紫外線が細胞に届くのを防いでくれる。

 逢魔が時を選んで拒否しなかったのは、やはり少年は気が付いていないのだろうか。


「遅かったですね」


 上にジャージを着て、下にハーフパンツを着た栗東少年がバットを持って立っていた。

 私は手を前に出す。腕に魔法陣を描く。

 血管内を流れるブラッドコンピューターに指示を与える。生体3Dプリンターにより、手の平から血で出来た刀を生み出し、握った。これは吸血鬼の血の力と、人間の科学を混ぜ合わせて出来た技術だった。

 それを見た少年は大きく目を見開いた。


「……やっぱり吸血鬼だったんですね」

「気づいてたんだ」

「雰囲気がそれっぽかっただけですが、そんな理由で断定しちゃだめだと思ってたんですけど」

「そう、でも先生とかに報告していないみたいだね。会長なら信じたかも」


 遅れたのは周りに人がいないか確認したためだった。


「僕は……」


 足が震えている。寒さのせいではないだろう。


「僕の手でかたきを討ちたかった。両親今も生きているかもしれませんが、人としての尊厳はきっと死んでいる」

「まあそうかもね」

「もかしたら先輩はいい吸血鬼かもしれない……文献を調べた限りいい吸血鬼なんていないってどの研究者も結論付けていますが、それは偏見に過ぎなくて、先輩がもし善良なら、和解への協力を」

「安心して」


 私は微笑んで見せる。

 少年は期待したような表情を浮かべた。


「人間から見て善良な吸血鬼なんていないから。私が保証する。それでもあなたが勝ったらあなたの両親について調べてあげる」

「……そうですか」


 彼は目を強くつむりバットを両手で持ち目の前に構える。

 私も血で出来た刀を構えた。

 模擬戦闘なら学校指定の端末により開始時間を設定する。

 しかし、今回は非公式の戦闘なので、そんなものは設定していない。不良の喧嘩と似たようなものだった。

 これが達人なら先に動いたほうが負けとか言う間合いがあるのかもしれない。しかし私たちはあくまで学校で戦い方を習った程度だ。

 だからお互いに動くタイミングをつかみかねている。

 秋の冷たい風が吹きすさんでいる。

 まどろっこしい。もう動いてしまおう。

 私は手をかざし、彼の持っているバットに向かって血を発射する。


「カドニウムをインジウムに」

「なっ!?」


 高等部に入ると錬金術を習う。慣れてくると、物質を周期表の隣の物に変化させられることが出来る。

 おおかたカドニウムで作ったバットを銀に変えて油断させようという作戦だったのだろうがそうはいかない。

 慌てている栗東少年に私は縦一文字に切りかかる。

 しかし彼は右に転がるようにして、危機を脱しながら、錬金術の詠唱を始める。


「インジウムをカドニウムに!……あれ?」


 うまくいかなくて戸惑っている。

 はい残念。食堂で会った通り無宣言により錬金術可能なので、先ほどのは言っただけだった。

 私は再度切りかかる。今度避けきれなかったようで手をついたまま片手でバットを構えた。私はそれを刀で切り捨てる。取ってから上の部分からの切断に成功した。跳ね上がったバットの上部が木にぶつかって音を立てた。

 武器を失ったことを察し、彼は懐から球体を取り出し地面にたたきつける。

 あたりに白い煙が漂う。煙幕だ。

 私は不意打ちを恐れ、あまり踏み込まずに距離を取った。

 幸いにもちょうど強い風が吹く。煙が晴れ、山の景色が現れた。

 しかしそこに既に栗東武はいなかった。


「逃げた……わけではないよね」


 距離を取っただけ。そう思った瞬間、背後からナイフが飛んできた。銀じゃないので腕で受ける。刺さったナイフを素早く抜き取り、放り投げた。ブラッドコンピューターを腕に集中させ、一秒後血が止まり二秒後腕がふさがった。

 そうしている間もなく次々とナイフが飛んできた。刀で振り払いながらも、すべては対処しきれないので、そのまま走り出した。

 生体3Dプリンタにより血を大きめの盾の形に変えて、ナイフの雨を防ぐ。

――盾で視界が隠れた瞬間、銀のナイフが大量に飛んできて、右腕に刺さった。


「がっ?!」


 銀の聖なる浸食が体を這って広がる。鋭い痛みがえぐる様に右腕から上ってきた。

 まずい。銀でつけられた傷は治らない。

 銀の強さとは信仰の強さだ。授業では金などのの金属も効果があると言っていたが、「銀が吸血鬼に効く」という信仰が力となっているため、やっぱり銀が一番効果が強い。

 慌てて私は盾を刀に変え、ブラッドコンピューターによって麻酔を生成して痛みを和らげ、肩から先を切り落とした。

 腐葉土の上に、ジャージの袖に包まれた腕が落ち、煙へと消えた。

 この肩は治るのに十秒はかかるだろう。十秒あれば……

 好機とばかりに栗東少年が距離を取ったまま姿を現した。

 そして大きく振りかぶり、ナイフを投げてくる。

 すべてが銀だ。


「銀をカドニウムに!」


 血を振りまきながら私は叫ぶ。動揺により無宣言で出来なかった。

 数本ほどを無効化したが勢いは殺せない。頬に傷がつき、右胸に突き刺さった。

 カドニウムは人体には毒だけど、吸血鬼なので問題ない。

 腕が再生するより速く次々と少年は銀を投擲してくる。

 

「血霧!」


 私は圧縮した血を噴射し、目くらましにする。

 そのまま治りかけの腕をかばいながら走り出した。

 息を荒げながら、木々の間を縫っていく。正式な山道ではなく、人の通る場所から離れた道なので、思った以上に足を取られる。

 腕は既に治った。

 しかしこれからの戦法を考えなくてはならない。

 どうやら彼が食堂で言った自分が強いというのは大言壮語ではなかったようだ。

 接近戦ならリーチの差で圧倒できるが、こうも遠距離からナイフを投げられては、手も足も出ない。手は今ちょうど生えたけど。

 真横からナイフをかわす。

 次の瞬間反対方向からも飛んできた。体をひねり何とか避ける。

 どうもおかしい。明らかに人間の速さでは移動できない場所から投げてきている。

 仲間がいるのだろうか。

 いや、これは……

 再度飛んできたナイフに肩にかする程度に避けた後その部分をえぐり取りつつ飛んできた方向に向かって、血で出来たクナイを飛ばした。

 機械音と共に大きなものが来や地面に落ちる音がする。

 走り寄ってみると、プロペラのついた両手で抱えられそうな機械が泥にまみれていた。


「ナイフ投擲用ドローン……」


 こんなものを用意していたのか。うちの学校は機械系は教えていないし、これは市販ではないだろう。独学でこれだけの物を作るには強い信念とお金が必要だろう。

 感心しながらも私はそれを横目にさらに走る。まだまだナイフは飛んできているので、止まることは許されない。


「二機目!」


 ナイフの弾幕を縫いつつ、ハンドボールのシュートのように倒れこみながら、血を投擲そてドローン内の金属を別の物質へ錬成して機能を停止させた。

 そのまま転がりつつも、体勢を立て直し三機目へ狙いを定める。

 防戦一方に見えたが、ドローンを破壊していくことによって着ずつに勝利へと近づいていくのを実感した。

 そして三機目――否。

 血を霧状に噴射し、それを媒体として錬金術を発動した。

 窒素を炭素へ。窒素と炭素は女王だと同質量だと、体積が極端に違うので、気圧に差が生じた事で突風が発生する。

 木の上にいた栗東少年が空中に投げ出された。

 私は血を触手のように伸ばし、彼の首に巻き付ける。


「がっ」


 気道を強く圧迫。首の骨がきしむ音が、血の触手を通して伝わってきた。地面に叩きつけさらに抵抗する気力を削ぐ。

 しかし意外にも彼の意識はなかなか落ちない。


「まだ……まだだ……僕は……勝ち取らなければならない……父と母の自由を……吸血鬼はまだまだたくさんいる……こんなところで負けるわけには……」


 四つん這いになりながらも、栗東少年は立ち上がろうとする。

 泥だらけなりながらも、首に巻き付いている触手に抵抗してくる。

 その姿に私は背筋に言いしれないゾクゾクとした快感にも似た気持ちが這いあがってくるのを感じた。冷静にならなければなければ興奮して、このまま殺してしまいそうだった。

 深呼吸をする。大丈夫だ。焦る必要はない。

 ただ確実に締め落とす。そうすればこの戦いは勝てる。

 日は既に落ちようとしていた。秋の虫の声が聞こえるほど事態が拮抗していた。

 首に触手が巻かれた状態でここまで抵抗されるとは思わなかった。おそらく身体強化魔法を首に集中させているのだろう。

 夜が更け、夜風が汗でぬれた肌を冷やす。一時間後ようやく、栗東武は意識を閉ざした。

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