ショタコン吸血鬼少女が美少年バンパイアハンター志望に洗脳催眠かける奴
五三六P・二四三・渡
第1話
母は時計の針の音が好きだった。
――人という生き物はせっかちだから、のんびり屋の私はすぐに置いて行かれてしまう。同じ怠惰に満ちた仲間だと思っていた友人はすぐに成長し、速足で去っていった。だから速さの変わらない時計の針の音だけが、唯一の親しい友人と言えるのかもしれない。
私はその時は女学生の手帳に書かれた独り言のようなつぶやきを聞いて、思わず笑って茶化したものだが、今なら少し彼女言ったことがわかる気がした。
確かに皆歩く速さが速い。
本気で走れば私のほうが速いが、そういう話ではなく、皆が皆何かに急き立てられるように焦っている。これでは目が回ってしまう。だからそんな時はゼンマイ式の腕時計に耳を澄まし、自分のペースを守ろうとした。
「えーであるからして」
教室の前で中年の男性教諭が黒板に文字を書き記している。
生徒たちはにノートにそれを書き写す。
授業に熱心ではない男子が、友人と囁きあっているが、静かな教室では目立っている。しかし教諭はあきらめているのか注意しようとしない。
「吸血鬼の殺し方は様々だ」
教諭が一つ咳払いをして、黒板の一角を指した。私は気を引き締めて、シャープペンシルをほんの少しだけ強く握る。
「有名なのは心臓を杭で刺す、首を切断して足元に置いておくとかだが。ところでこの二つの殺害方法を見て思うことはないか? 私は思ったね。脳から心臓をつなぐ動脈だけを切らずに、首を引きちぎっても生きているのか。もっと言うと首と心臓だけがつながった状態でも生きているのかと」
露悪的ともとれる物言いに私は少し顔をゆがめた。
しかし他の生徒たちは、退屈そうに聞いているだけだ。
「気にはなるが、実験したことはない。吸血鬼はいまではもう珍しいからな。もしお前たちが出会ったら試して教えてほしい……なんてな」
教室内に少し白けた空気が広がった。
「……銀の弾丸が有効なのが有名だが、実を言うと金もかなり有効だ。銀に退魔の作用があるというのは、昔の人が元来抗菌作用をそう解釈したからだ。金にも抗菌作用はあるが、加工のしづらさや、希少性からそこまでは広まらなかった、おっとそろそろ時間だな。じゃあ来週は小テストがあるから予習してくるように」
◇ ◇ ◇
対吸血鬼防衛学はあまり人気がない。
単純にレアすぎて戦うことがないのに加え、弱点を突くという戦法が多いので、他の戦いに応用しずらいからだった。
この数十年での吸血鬼目撃件数はゼロ。悪さをしてこない存在の防衛術なんて、歴史好きしか興味を持たない。
しかしこの学園はかつて強大な吸血鬼を倒したという実績があるため、必須科目となっているのだった。怪異と戦うための人材を育成をするための機関は日本に数あれど、ここまでちゃんとした対吸血鬼学を教えている学校は少ない。
「まあ……」
と私は一人ごちる。
学園各所に設置された聖水の入ったウォーターサーバーや、食堂で使われている銀メッキの食器などの発想は悪くはない。
だが本当に吸血鬼対策をするなら、敷地内を川で囲うべきだろう。古来より川はあの世とこの世を隔てる存在と言われているが、その教えは仏教に限ったことではない。その概念的な隔たりによって、川を渡れない怪異は多く、吸血鬼以外にも多数いるはずだ。つまり例え吸血鬼の目撃件数が少ないとしても、川は他の怪異の妨げにもなる。
にもかかわらずそういったものを作らないというのは結局のところ、学校にとっては予算こそが最大の敵なのだということだった。
「やっぱ対ゴースト防衛学だよねー」
「いや今のトレンドは錬金術だろ」
そんな会話をしている同級生を横目に私は食堂に向かった。小中高一貫校で食堂も学年問わず使えるため、顔ぶれは様々だ。
券売機でソースかつ丼と大盛の食券を買い、列に並ぶ。厨房内の職員は次々に来る生徒の注文をさばくので精いっぱいと言った感じだった。
ようやく私の番が来る。卵にとじられた豚カツが乗っけられた丼が出てきた。出汁の香りが食欲をそそる。
「ん……?」
いや美味しそうだけど、私が頼んだのはコメの上にキャベツを敷き詰めて、その上にソースのかかった豚カツをのせた丼では……?
しかもこれは並盛だ。
些細なことだけど、並み盛だと午後の授業に身が入らないし、今日はソースかつ丼の気分だったので、やる気がかなり下がる。
「……あの、すいません。頼んだのソースかつ丼なんですけど……」
私の消え入りそうな声は、群衆のざわめきによってかき消されてしまった。
どうしようか……
実を言うとというか、見ての通りというか、私は人とコミュニケーションをとることがあまり得意ではない。
ふと背後を見ると早くしてくれとばかりに生徒たちがこちらを見ている。
食堂の職員も今やってることでいっぱいいっぱいのようだ。
このままソースじゃないかつ丼を昼食にしてしまおうか。
でも……卵とじかつ丼は卵とじかつ丼であって、ソースかつ丼ではない……
ああ、きっと私はずっとこの間違いを指摘できなかったことを棚に上げて、食堂の職員の人にわずかな違和感を感じながら顔を合わせることになるのだろう。自己嫌悪が降り積もっていく。
「すみません、この人が頼んだのはソースかつ丼です」
うじうじと頭の中を余計なものが回っている時にふと、前から声がかけられる。
頭一つほど背が低い子だったので視界に入っていなかった。
声が少し高めだったので、気持ち髪が長いのもあって女子かと思ったが、よく見ると男子だった。
上には黒いブレザー。ハーフパンツの下に生地が薄くて黒い股引を履いている。初等部の制服だ。
何が起こったのかわからないでいると、再び目の前の少年が声を上げた。
「すみません! この人ソースかつ丼です!」
「あっ、ごめんなさいね! 次の人のと間違えてたよ!」
ようやく聞こえたのか、職員の人が喧騒に負けないように大きな声で頭を下げて謝ってきた。
私はいえいえ気にしてませんよーと言ったふうで答える。
「先輩も先輩ですよ。なんとなくなあなあで済まそうとしましたよね? このまま言わないと券売機との計算が合わなかったりして、お互いに嫌な思いするだけですよ」
「あ、はい。すみません」
年上なのに思わず敬語で謝ってしまった。確かに言っていることは間違っていない。
まじまじと目の前の少年の顔を見つめる。
少し長いまつげ。ほんのわずかにパーマがかった黒い髪。表情に幼さと少女性を宿していながら、目つきの悪さが少年性を醸し出していた。
あまり美少年という言葉は陳腐に感じるので容易に使いたくはないけど、使ったことを責める人は少なさそうな程度には美少年だった。
キッとにらむようにこちらを見ている。私は人と目を合わせるのが苦手なのでそらしてしまう。
「
「……はい」
「いや僕のほうが年下なので敬語はいいですよ」
「はい……じゃなくて、うん」
ここ数年一人の友人以外に敬語以外を使っていないので、『敬語でいいですよ』って言ってくれたほうがありがたいのだけど。
だからと言って敬語が得意というわけでもない。
「話があるんです。食事、ご一緒していいですか?」
「え、なんで?」
「白先輩って対吸血鬼防衛学の成績いいですよね」
「まあ、それなりには」
「謙遜しなくていいですよ。学年トップじゃないですか。だから僕もあなたみたいになりたいんです」
少年は盆を持ちながら振り返った。
「吸血鬼を殺したいんですよ」
◇ ◇ ◇
「僕の両親は吸血鬼に洗脳されたんです」
ペペロンチーノをフォークでつつきながら
私は少し考えてから口を開こうとする。
「吸血鬼は」
「確かに吸血鬼はここ数十年発見されていません。しかし発見されていないだけで、彼らはこの世の中に溶け込んでいて暗躍しているんです」
「はあ」
私はそう言いつつも箸の動きを止める。
少し離れた席で彼の同級生と思しき児童がこちらを見て笑いながらヒソヒソと話していた。よく聞こえないが、「また始まったよ」と言っているように思える。
「洗脳って具体的にどうされたの?」
「僕は一人暮らしをしているんですが、ある日思い出したんです。僕には両親がいて、死別したわけでも、離婚したわけでも、独り立ちさせられたわけでもない。なのに一人で生活している。そのことを疑問に思ったことはなかったんです。でもある日少しずつ僕は周りとは違うのではないか? 誰かに操られているのではないか? そういった思いが降り積もっていきました。そして自分のことを客観的に見て、ノートに起こったことを書きだし、この結論に至りました」
「なるほどね。確かに吸血鬼は魅了の応用で、洗脳というか催眠や暗示の類は出来る……はずだけど」
「信じてくれるんですか?」
「あ、いやその」
私は出来るだけ言葉を選ぶ。
「その可能性はゼロではないんじゃないかな」
「ありがとうございます!」
栗東少年は急に立ち上がって頭を下げた。
あたりの視線がこちらに集まる。
「この話しても、いつも皆から笑われるんです! 話聞いてくれるの先輩が初めてなんです! ありがとうございます!」
「わかった。わかったから落ち着いて」
視線が集まっているのに気が付いた彼は顔を赤くしながら、こほん、と咳ばらいをして座った。
「それで」と私は先ほどの言葉を思い出す。「対吸血鬼防衛学の勉強を教えてほしいの? 私あんまり人にものを教えるの得意じゃないんだけど……」
「違います。勉学に関してはこの学校の図書館を駆使すれば僕の力でも高等部の三年段階まで先に予習出来ます。だから先輩に教えてほしいのは実践です。先輩、僕と模擬戦闘してくれませんか?」
「模擬戦かあ」
確かにこの学校は生徒同士や児童同士、あるいは生徒と児童の戦闘を禁止してはいない。お互いを傷つけないための魔法陣の内側でのみだけども。
しかし。
しかしこの流れはまずいんじゃないだろうか。
丼から米をつまもうとして、すでに無くなっていることに気が付く。
「あんまり手加減も得意じゃないんだけど」
「大丈夫ですよ、僕結構強いですから」
「言うね……じゃあさ」
私は手招きをする。彼は私の口に耳を近づけた。
「安全用魔法陣なしでやってみる?」
彼は大きく目を見開いた。
「……先輩って思ったよりに不良なんですね」
「怖気づいた?」
「いいえ、それいいですね。やりましょう。やりましょう」
フフッと私は微笑んで見せる。
じゃあ明日の放課後に裏山で、と約束を取り付けて、少年は席を立った。
と、しかし何かを思い出したのか、盆の上に乗ったスプーンをテーブルに置いた。
「あ、そうだ。ちょっと先輩、このスプーンを持ってみてくれません?」
私の笑みが凍り付く。
意味もなく箸をいじってみる。
心臓の鼓動が早まった。だけども汗は流れていない。
「なんで?」
「いや疑っているわけではないんですけど、一応ですね。先輩が実は吸血鬼とかだったら、嫌じゃないですか」
「疑いすぎでしょ。あ、あーそんなこと言って次は間接キスを強要してくるんだ。あーいやらし」
「……」
「いや、なんかごめん……」
お姉さんぶってみたが、普段やらないことをやったせいで、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
私はテーブルの上のスプーンを持ってみる。
端を持って揺らしてみて、グネグネと見えるようにしてみた。
「お望みならこのまま舐めて見せてもいいけど」
「いえ、そこまでしなくてもいいですよ。疑って申し訳ありませんでした。明日はよろしくお願いします」
彼は頭を強く下げる。そしてそのまま去っていった。
彼が見えなくなったのを確認してから私はふう、とため息をつく。
「やばい……」
私はバックを右肩に背負い、食堂を後にした。
やばいやばいやばい。
午後の授業を受ける。しかし、内容が頭にあまり入らなかった。
授業が終わると速足で自宅に向かう。
「やばいやばいやばいやばい」
部屋の中の物をひっくり返して、何か武器になる道具がないか、隅から隅まで探した。数少ない友人にテレビ電話する。
「おやおやどうしたんや、後ろ部屋ゴミだらけやん」
「やばいって里美。吸血鬼を殺そうとしてる子がいる、もしかしたらバレるかもしれない」
「あーそりゃ一大事やな」
「何他人事みたいに言ってんの! 私が吸血鬼ってバレたら学校にいられなくなるどころか、最悪殺されるかも……」
「まあまあ落ち着いて。最初から説明してくれへんと分からんって」
「……わかった」
どこから話そうか。
まず初めに、私は吸血鬼である。
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