第5話
「最初は野良猫、次は家猫。不思議と人間だった頃の記憶はどの姿になっても持っていて、犬にハムスター、インコになって、直近では鳩になった」
どれもこれも、半年生きられたなら良い方で。
よほど鼻が利くのか、運が良いのか、執念が深いのか、妹がどんな姿でどこにいようと、兄は必ず見つけ出す。
「六度目の死を迎えて、次の転生を待つ間、この姿に戻ってそこらを浮遊しようとした時、誰かが私の耳に囁いた」
天使か悪魔か、はたまた神か。
「君は続けて六度も同じ人間に殺されている。繋がりを次の生にまで持ち越すなんて、一度は見逃しても六度は多すぎる。まして殺害、他人をも巻き込むなんて、そんなことが許されてはいけない」
だからね、
「次でも同じ人間に殺された場合、君の魂は穢れたものと見倣し、輪廻転生の輪から外して、笹本小紫という存在を消す。もちろん、同情の余地はあるから、天寿を全うするか、事故で亡くなった場合は外したりしない。また別の生き物に転生したら良い」
「つまり、次がラストチャンスだそうです」
菊見先生の補足に小紫さんが頷く。
「……っ」
正直、オカルト? ファンタジー? な話に若干ついていけない所はあれど、ひとまず、次殺されたら拙い、というのは分かるわけで、
「た、大変、ですね」
それしか言えなかった。
小紫さんは素っ気なく、ありがとうと礼を口にし、
「……もしも、次の転生先を選べたなら」
何故かじっと彼女は私を見た。妙な居心地の悪さを感じる。
「私、」
「…………紫月、ちゃん?」
菊見先生の愛猫が、いつの間に小紫さんの足元に来ていた。
眠たそうな少女は足元の猫を見つめると、口角を僅かに上げて、
「決めた。私、紫月ちゃんの子供になる」
だって猫が好きだもん。
そう言うと、まるでしゃがみ込むように彼女は身体を落としていく。
「兄と私、かなり似てるの。双子じゃないのに、双子みたいに」
──私とよく似た、眠たそうな男に気を付けて。
小紫さんの伸ばした手が、紫月の腹に触れた。
「お邪魔しました」
彼女の姿が消えた。
最初からそんな少女いなかったように、そこには紫月しかいない。
猫は呑気に、にゃあ、と鳴いた。
「……」
「……」
お互いしばらくは何も言えず、近寄ってきた紫月の頭を無言で撫でていた菊見先生が、ふいに、
「冷蔵庫に、面白い名前の日本酒があったでしょう?」
持ってきてくれませんか、と言ってきた。
たしかに、牛乳寒天を入れた時にそれらしき物を見つけたし、そもそも、面白い名前の日本酒を買ったから飲もうと言われたのが、本日の訪問理由なわけで。
「飲みましょう」
「飲みますか」
私は台所へと向かった。
二ヶ月後、紫月が妊娠してることが分かった。
家猫ではあるが、時折ふらりと外に出ることもあった紫月。今まで胎んだことはなく、勝手に妊娠しにくい体質なのかと思っていたようで、先生は避妊手術などしていなかったらしい。
「まぁ、今は相談できる所もありますし、知り合いにも訊いてみましょう」
何匹生まれてきますかねと、菊見先生は呑気に、どこか幸せそうに言った。
出産は年を越してしばらく経った頃に。五匹が無事に生まれてきた。
三匹はよそに引き取られたが、二匹だけ先生は手元に残した。
二匹の内、一匹はいつも眠たそうで。
「……小紫、さん?」
私はふと、とある夏の日に会った少女の名前を、その子猫に向かって言った。
子猫は、にゃあ、と短く答える。
その姿がとても愛らしく、──あぁ、この子は絶対に守らなければいけないと、何故か母性本能が芽生えていき……。
気付けば私は、彼女を引き取っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます