第4話

「……足が、ない?」

 聞き間違いかと思ったが、菊見先生は「えぇ」と頷き、

「そうです、足がないんですよ。透明なんです。彼女、着物を着ているので、履き物は何かと下を見ましたら、本来足があるはずの所に何もない。失礼ながら目を凝らしても、近寄ってみても、彼女の足を見ることは叶わなかった」

「……」

 この男は何を言っているのか。夏の暑さに頭がやられてしまったのか。

 そんな風に訝しみながらも、玄関で少女に会った時、足があったかどうか思い出せない。普通、初対面でそんな所を意識して見ないだろう。

 妙な悪癖を持つ、菊見皆行以外に。

「足がないのにどうやって立っているのですか、と訊ねましたら、幽霊だから浮いてるの、と返されまして」

「お酒でも飲まれましたか?」

 うっかり言ってしまったが、先生は朗らかに笑い、

「素面ですよ、ボケてもいませんし」

 などと返された。

「四年前にお亡くなりになったそうで、六度ほど転生と死亡を繰り返してるんだとか」

「今は七度目の転生待ち」

 玄関にいたはずの少女が自然に入ってきた。

 思わず振り向けば、居間の出入り口に、酷く眠たそうな少女がいた。

 閉めたはずの扉は開かれており、もしや彼女が開けたのだろうか。幽霊だと言うなら、すり抜けられるはずだが。

 足に目を向ければ、たしかに、菊見先生の言う通り、あるべきはずの所に足はない。

「……」

 もっと驚いてもいいはずだが、不思議とそこまで心は乱されない。

 菊見先生の呑気さが移ったか、どう見てもただの眠たそうな小娘にしか見えないからか。

 ──あるいは、この夏が平成で最後の夏だから、最後の最後にこういうことがあっても別に良いじゃないかと、そう心のどこかで思っていたのか。

笹本小紫ささもとこむらさき、享年十四」

 座る私を眠たそうに見下ろし、冷ややかな声で彼女は語る。

「死因は絞殺。眠っている所を、血を分けた実の兄に首を絞められ、とっさのことで抵抗できずに、そのまま」

「それが六回なんですって」

 菊見先生がそう付け足す。あまりにもさらりと言われた為に、聞き流しそうになったが、慌てて、六回ですか? と聞き返す。

 六回ですよ、と、何故か先生が答えた。

「……それは、その……転生した後にできた、お兄さん達に、という意味で?」

 私の問いに、少女こと小紫さんは面倒そうに首を横に振り、

「一番最初に私を殺した男、つまり兄が、私が何度転生しようとそれが私だと気付いて、眠る私を絞め殺すんです」

「一種の愛ですよね」

 歪みすぎてはいないだろうか。

「……何か、したんですか? お兄さんに」

 よっぽど強い恨みを抱かれないとそこまでのことはされないだろう。

「そうじゃない」

 視線をそっと逸らし、


「兄はただ、私に眠ってほしいのよ」


 眠たそうな目が一瞬、潤んだように見えた。

「え、それってどういう」

「真山君」

 詳しく訊こうとしたが、遮るように菊見先生が私の名を呼ぶ。

 踏み込みすぎだ、と諌めるつもりだろうか。……たしかに、そうだったかもしれない。配慮が足りなかった。

「すいま」

「言葉通り、お兄さんからしたら彼女には、眠っていてほしいわけですよ。曰く、眠っている方が幸せだろうから、小紫さんはひたすら眠っていなさいという、愛情からですね」

 まさかの菊見先生に語られた。どうやら事前に色々と訊いていたらしい。

 この人の好奇心は旺盛過ぎやしないか? もしかしたらそれが、人気作家たる所以なんだろうか。一冊も読めてないが。

「起きている時に良いことなんて、あんまりない家だったの」

 少女はそれ以上何も言わず、今度は私も、何も訊かなかった。

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