5「知られていた」

 あの後、市場は混乱して買い物どころではなかったが、

幸いことに、俺と会った時点で雨宮は仕入れを終えていた。

その後、二人とは別れ一旦家に戻って、朝食を食べた後、

昨日からの約束があったので、メディスさんに会いに。

一旦、interwineに行くのだが、今朝の事があってベルも一緒だ。


 そしてそこで雨宮とも会って、俺たちが分かれた後に、

市場の人から聞いた例の魔獣出現時の状況を話してくれた。

ちなみに、メディスさんの部屋で話している。


「あの魔獣は物陰から突然現れたらしい。しかも侵入経路がハッキリしていない」


早朝で、人気のなかったとはいえ、朝市の関係上、商人達の出入りは激しいから、

街への出入り口は見張りが厳しいらしく、

どこも魔獣の侵入を確認していないらしい。

まあ、かなりの跳躍力だから、外壁を飛び越えたと思われるが、

それでも見張りや魔法で、分かると言う。


「特に略奪の魔王の事があったから、まだ警戒が強化されてるはずだし、

あの大きさの魔獣だから、気付かないのは、ありえない」


との事。


 俺は、


「じゃあ転移とか。またサマナヴィじゃ……」


と言うと


「サマナヴィで召喚した魔獣は食事はしない。

まあ転移と言うか、召喚魔法だろうな」


と雨宮が言ったが、ここでメディスさんが、


「儂は、擬獣人じゃと思う」

「えっ?」

「街に入って来た時は、人間の姿で入ってきて、

市場で姿を変えたと言う事じゃなかろうかの」


と真面目な顔で言うので、


「どうしてですか?」

「勘じゃ」


とこれまた真面目な顔で言うので、みんなガクッとなった。

ただ俺は、魔獣を前にした時、あの人の顔色が変わったから、

何かあるんじゃないかと言う気がした。

ただ、それを指摘する勇気はなかったが。


 それと、残されていた護衛二人は事態を知って、エリンは


「勝手な事をしないでくれませんか」


マックスも


「そうですよ。貴女を守る事が僕たちの仕事なんですから、

しかも魔獣に遭遇するなんて」


と苦言を呈した。


「クロニクル卿も一緒じゃったから、問題はなかろう」


更にエリンは、


「それはそれで、問題ですよ。クロニクル卿に迷惑を掛けてるんですからね」


すると雨宮が、


「俺は自分の意志で、魔獣の相手をしたのであって、

別にメディスさんの所為と言う訳じゃないんだけど」


とフォローを入れる。事実そうなのだが。


「とにかく、私たちに何も言わずに勝手な事しないでくださいね」


とエリンが釘を刺したのだった。


 さて朝市絡みの話はここまでとして、

話は今日の予定の事に、

なお本来、今日は町で食べ歩きをしたいという話になっていたが、

予定の変更となっていた。


 第一にベルも加わったので依頼書の更新に冒険者ギルドに行く事になった。

なお依頼の状況の変化は、事後報告でもよく。

その時は依頼完了書に、一筆加える形になる。

だけど、メディスさんは先に済ませておきたいらしい。


 そして最も大きな変化と言えば、その後だった。


「ギルドに言った後、馬車の手配をする。

どうしても今日行きたいところがある」


と言い出した。何処に行きたいのか聞いたところ、


「そこって……」


そこは、俺がかつて暗黒教団の連中というか、

魔獣使いの神官と戦った洞窟の跡地だった。


「知っておったか、ならちょうどいい。案内を頼むぞ」


「どうしてそこに?」


と尋ねると、


「色々と会ってな……」


と言うだけで詳しく話してくれなかった。


 とにかく、馬車の手配をとの事だが、不意に嫌な予感がして、


「俺、もっといい乗り物を持っていますよ」


そんな訳で、カオスセイバーⅡにて移動する事にした。

運転席は俺、助手席にベル、後部座席にメディスさん、

護衛役の二人は狭いからボックスホームに入ってもらった。


「ボックスホーム付きのカーマキシか、カオスセイバー以外にもあったとはな」

「貰いもので詳細は不明ですけどね……」


そのカオスセイバーの模造品だが、あえて話していない。

ある事情から、カオスセイバーの名前は出さない様に、雨宮から言われていた。

何故かは割愛する。


 なお移動にカオスセイバーⅡを使うかと言うと

朝の魔獣の事が気になるからだ。魔獣は追い払っただけで倒したわけじゃない。

あの魔物が、攻撃した俺たちを襲いに来るような気がした。


(熊ってのは執念深いからな……)


ちなみに熊に似たアーマーベアと言う魔獣も執念深いらしい。

ともかく、その用心の為。カオスセイバーⅡなら、

あの魔獣の襲撃にも耐えられそうな気がしたからだ。


 車だから、馬車よりも早く現場近くの森の入り口に着いた。

ここからは道が狭いので、歩きになる。

なので警戒したが、特に何も事もなく現場に着くことができた。

現場は、以前も記したが洞窟のあった場所は何故か破壊され、

今は、クレーターの様になっている。


 そして到着以降メディスさんは神妙な面で、

現場まで来ると、彼女は黙ったまま、クレーターの前でしゃがみ込み、

目を閉じ手を合わせた。その様子は、まるで死者に祈りを捧げているようだった。

護衛役の二人も、メディスさんの様子に困惑しているように見えた。


 しばらくその状態を維持した後、


「これくらいでいいじゃろう」


祈るのをやめた。


「あの……」


と声をかけると、突然、


「ここで、儂の孫が死んだらしい」

「お孫さんって……」


と俺が聞くと、


「ミズキという名の暗黒神官じゃ」

「!」


この一言に、護衛役の二人は、驚愕の表情を浮かべていた、

二人はミズキの事を知っているみたいだった。

ベルも二人ほどじゃないけど、驚いているようだし、俺も正直驚いた。


 俺たちの様子を見て、


「ミズキは有名人じゃぞ。話は儂の耳にも入って来ておる」


借用の儀の時に垣間見た彼女の活躍を考えても、

それなりに知名度があってもおかしくはない。

それでもテレビやインターネットのないこの世界じゃ、

知る人ぞ知ると言うやつだろうが。

しかもメディスさんは、顔も見た事があるらしく、娘と瓜二つの顔と、それと苗字。


「同じ苗字を名乗る割には、儂の孫であることを利用した事はないから、

儂への嫌がらせで名乗っているに違いない。

そう言うのは、仲たがいした血縁者に、奴らがやらせている事じゃからな」


これらの事から、自分の孫である事を知っていたと言う。


 更に、護衛の二人に、


「そうそう、あの温泉街での一件を含め商会が、

ミズキと戦ったことも知っておるぞ。

おぬしらは、儂に忖度して話さんかったがのう」

「全部知ってたんですか……」


とエリンは言うと、マックスともども気が抜けたように、

地面にへたり込んだし、俺も気が抜けそうになった。

色々と気を使ったのは、何だったんだと言う思いを抱く。


 そんな俺たちを尻目に、メディスさんは、


「まあ顔は知っておるが、直接会ったことは無いし、

孫として情なんてものもない。じゃが死んだと聞いて、

祖母として手を合わせてやろうとは思ったがの」


そう思ってここに来たと言う。


「でもここの事が?」


と俺が聞くと、


「それは、エリンの姉に調べてもらったんじゃ」


するとエリンが、


「ベティ姉さん……」


このベティと言う人物はエリンの姉の一人で、情報収取が得意と言う。


「死んだとは聞いたが、詳しい話は分からなかったから、

ベティに調べさせたんじゃ」


ちなみに調査を頼んだ際に、メディスさんがミズキの事を知っていた事に対して、

かなり驚いていたと言う。


 そしてメディスさんは、


「もう用事も済んだことだし、帰ろうかの」


と言う彼女に、俺は、


「ミズキは死んでいません」


と言っていた。ベルは、


「ちょっと和樹さん……」


と言ってきたが、俺は、すべてを話すべきだと思った。

死んだと思わせておいた方が幸せと言う事もあるが、

この人には、いずれわかってしまうような気がしたからだ。


「どういう事じゃ?」


と俺の言葉に喰いついたので、もちろん暗黒神である事を伏せつつも、

俺が「契約」を持っていて、主人と言う形で彼女と契約した事を話し、

彼女は今も俺の元にいて家事手伝いをしている事や、

もう悪さができないことを話した。


「あと彼女が死んだ扱いになってる理由は分かりませんけど、

どうも教団内の権力争いが、関わっているみたいで」


するとメディスさんは、


「政敵を教団から追放するときによくやる手じゃ」

「そうなんですか」

「死んだことにして、居場所をなくす。

たとえ本人が出向いて生きていると訴えても、

偽者扱いして処断すると言うやつじゃ」


実際は、どうか分からないが、おおかたあのジムが、

彼女を蹴落とす為に仕組んだと思われる。


 そしてメディスさんは、


「しかし、どうして契約など?」


と聞かれたので、


「その時は、頭がふらふらしていて、訳の分からない状態で、

気付いたら『契約』していたと言うか……」


実際そんな感じだ。理由にはなってはいないものの、


「そうか……」


と言うだけで、メディスさんはそれ以上追及することはなかった。


 この後、帰路につき、車に向かう途中、


「言っておくが、生きているからと言って、ミズキに会うつもりはない。

だから、気を使って会わせなくてもいいぞ。

まあ死んだときは連絡をくれ、祈りだけは捧げておきたいからの」


まあ俺との契約上死ぬことはないんだが、その事は話せないので、

メディスさんは知らない。そして彼女は更に、


「ただ儂に気遣って、外に出さないと言う事もせんでいいぞ。

偶然会ってしまっても、儂は気にせんからな」


とも言った。


《この方は、全く気にしていないわけではないですが、

問題はないと思われます》


とクラウも言ったので、ミズキの外出自粛は解いておくことにした。


 そして車の前まで来たところで、


「どうして今日、ここに来たいと思ったんですか?」


と聞くと、


「元々、ここには来る予定じゃった。帰る前あたりにな。

でも今日の朝の魔獣を見てな……」

「あの魔獣がどうして」

「何となくじゃが、あの魔獣が娘の様に思ったんじゃ」

「えっ?」


思わず素っ頓狂な声が出た。


「確証はない。本当に何となくじゃ。

とにかく娘の事を思い出して、そこから孫を連想してのう。

それで今日、祈りをささげに行きたいと思ったんじゃ」


あの時、メディスさんは魔獣が人間が変身したものじゃないかと疑っていた。


(まさか、メディスさんは、あの魔獣が自分の娘が変身しているとでも、

思ったのだろうか)


ふと俺は、そんな事を思った。


 その後、車に乗り発進する。今回は、あの魔獣は出てこなかったが、

この後、大きくかかわって来ることになるのだった。

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