4「朝市での襲撃」

 昨夜は、夜遅くに寝た割には、早起きしてしまった。

しかも目が冴えてしまった。何の気なしにベッドから起き上がって、

カーテンを少し開け外の様子を見たのだが、


(雨宮か、仕入れに行く時間だな。あれは……)



メディスさんも一緒のようだった。護衛役の二人の姿はない。


(なんで?)


単純に好奇心旺盛なメディスさんが、

朝市に行きたいと言い出したのかもしれない。


(まあ、俺には関係ないか……)


と思って二度寝しようと思ったが、どうも気になって来て、

思わず身支度を整えて、出かけようとすると、


「どちらへ?」


ベルが起きて来ていた。ジト目で言い方は何時もと同じように見えて、

重みがあり、門番に声を掛けられたような気がした。


「朝の散歩で市場に……」


と言うと彼女は笑みを浮かべ、


「では、私もご一緒します」


昨夜は、遅くまで頑張って、ようやく彼女の機嫌が治ったんだから、

ここで彼女の機嫌は損ねたくはなかった。

あの無言の圧力が、妙に落ち着かないからだ。


 そして彼女も身支度を整え、二人で出かけて、市場に向かった。

今回は、ミズキとリリアがいない。リリアはともかく、

今日は珍しく、ミズキが起きてなかったのだ。

そして二人がいない事と、二人きりと言う事もあってベルはご機嫌な様子だった。


 そして相変わらず朝市は、盛況で俺たちはと言うか、

俺だけは適当に回りつつも、雨宮たちを探していた。

クラウの力を借りればすぐなのだが、彼女の声はベルにも聞こえるので、

雨宮たちを探して出かけたと知られると、

なんだか、また機嫌を悪くしそうな気がしたのだ。


 そんな中で、


「奇遇じゃのう」


運よく、二人と出くわす事ができた。


「朝の散歩か……」

「まあな……」


と答えているとメディスさんが、


「そちらの娘さんは誰じゃ?」


と聞くとベルが、


「私は、ベルティーナ・ウッドヴィルです。冒険者で、

和樹さんとパーティーを組んでいます」

「ベルティーナ……ベルと呼んでいいかの?」

「はい、みんなそう呼んでいます。メディス様」

「なんじゃ、儂の事を知っていたのか」


と残念そうな素振りを見せたので、

またイタズラをしようと思っていたようだった。


 それはともかく、ベルが俺とパーティーを組んでいるのを知ったメディスさんは、


「なんじゃ、仲間がおったのか……では仲間外れは、可哀そうじゃの」


と言った後、ベルに


「お主も案内役をしてくれるかの」


と言い、ベルは嬉しそうに、


「喜んで承ります!」


と声を上げるのだった。


 とにかく、ベルも案内役に選ばれ、嬉しそうにする中、

それは置いておいて、俺はメディスさんに、


「今日はどうして、雨宮と一緒に?」


と尋ねると、


「この町の朝市に興味があっての……」


余談だが、この町の朝市は食で有名な街だけあって、

質のいい、様々な種類の食材が並んでいるが、

見世物になるほど有名なわけではない。

それでも、メディスさんは興味を抱いたと言う。


「あの二人がいないのは?」


と聞くと、


「儂の勝手な思い付きで、二人を早朝から振り回すにはいかんからの、

それにクロニクル卿も一緒じゃからの」


ここで雨宮が、


「まあ俺の仕入れに付き合ってもらっている形になってますけど」


ただメディスさんの見た目が子供なので、

朝から子供を連れまわしているように見られて、居心地が悪そうだった。


 ここで、俺は思い出してしまう。


「そういや、俺が朝市に来ると、アクシデントが起きないか?」

「毎回馬車絡みだよな」


と雨宮が言う。


「ほう、それはどんな?」


ここまで起きた朝市での出来事を話す。

もちろんイヴの事は話してないし、デモンズドールや、

ジークの事も伏せておいた。事が事だから、あまり人に話すような事は無いからだ。


「また馬車が突っ込んでで来ないよな」


俺は、腰に身に付けているクラウをわずかに抜いた。


《ご心配なさらず。走っている馬車はありませんし、

暴走しそうな馬車もありませんよ》


その言葉に安心して、クラウを鞘に納めた。


 その後、


「また後でな」


とメディスさんは言い、一旦二人と別れようとすると、

周囲が騒がしくなってきた。


「また馬車じゃないだろうな」


と雨宮は言うが、クラウが太鼓判を押したから、


「多分違うと思うけど……」


確かに馬車の暴走ではなかった。直後に、


「魔獣が出たぞ!」


という声が響いた。


「魔獣!」


どうやら市場に魔獣が現れたようで、馬車の暴走よりも不味い状況だった。

俺達は、思わず騒ぎが起きている方に向かった。



 現場に行くと、


「熊?!」


正確には熊のような異形の化け物と言うか、

熊と言うには体毛は無いが、表面が形が体毛が生えた熊のような形をしていて、

肩には、突起物が生えていて、二足歩行で、鋭い爪を持っていた。

もちろんその大きさは、俺が昔、動物園で見たヒグマよりもずっと大きかった。


「何だこの魔獣は!」


と雨宮が声を上げ、


「このような魔獣は、見た事がないぞ」


とメディスさんも言った。大魔導士である二人は、

魔獣の知識も豊富だが、そんな二人でも、分からない未知の魔獣のようだった。


(受付嬢が言っていた酔っ払いが見た魔獣だな……)


 その魔獣が、やっていた事はと言うと、馬車の、馬は繋いでなくて荷台だけだが、

そこに積んている果物を貪り食っていた。暴走はしてないけど


(結局、馬車か)


とそんな事を思ってしまった。

そして雨宮を含め、この場で戦えそうなのは、

俺たちだけのようで、このまま無視する事は出来そうになく。雨宮は、


「とにかくどうにかしないとな」


と言い出したので、俺も黙ったられなくて、


「雨宮、俺も手伝うよ」


と言うと、


「すまんな……でも和樹はメディスさんを……」


すると一緒に来ていたメディスさんも、


「心配はいらぬぞ。むしろ儂も手伝おう」


そう言うと手に、杖の様なものを召喚する。


「いえ客人に、ご手数はかけられない。ここは俺が……」


と言う雨宮に、


「俺たちがだ……」


と思わず言っていて、


「ベル、メディスさんを頼む」

「分かりました……」


とどこか不機嫌そうに言いつつも、

メディスさんの事を引き受けてくれた。


 こうして二人で対処しようとするが一つ問題があった。

それは、魔獣がいるのが市場のど真ん中である事。

下手に攻撃して、暴れられたら大変。

そこで俺たち二人で、魔獣の陽動を行う事にして、

俺は、武器をフレイに変更し、鎧も着た。

この時、魔獣出現により殆どの人は避難し、俺たち以外、周りには誰もいなくて、

鎧を着る瞬間は見られていない。


 そして俺たちは、軽く打ち合わせをした後、行動を開始した。まずは雨宮が、


「ウィンドシュート!」


風魔法を当てる。魔獣の動きが止まりこっちを向いた。

今度はすかさず、フレイで銃撃をする。

戦い方は事前に打ち合わせでは自由にとしていて、

自由にやって自然にこうなっていた。

妙にタイミングが合うのは、以心伝心と言う奴かもしれない。


 弾は通常弾で大したダメージは与えてないようだが、


「グォォォォォォォォォ!」


と咆哮を上げ、こっちを睨みつけて来る。

そしてこっちに向かってくると、その鋭い爪で襲い掛かってくる。


「!」


その一撃を避け、俺達は手招きをした。


 誘導場所については、軽くだけど打ち合わせをしている。

まずは市場近くの大通りに出る。

大通りに出れば、戦いやすいが、しかし相手は未知の魔獣。

どんなことをやらかすか分からない。

だから街中は危険なので、そこから街の外まで誘導する。

幸い通りは街の外までつながっているし、市場自体が、街のはずれに近いので、

通りに出れば、街の外まですぐだ。そして町の外に出れば、

遠慮なしに戦う事ができる。


 そして予定通り事は運んだ。魔獣は爪を振りかざしながらも、

俺たちを追ってきた。俺たちは走って、大通りに出て、

そのまま、街の外に出る。幸いな事にその間、人的はもちろん、

物的被害は出ていなかった。


 そして街の外に出て、いざ戦いとなった時、

魔獣は魔法に背後から攻撃を受けたようだった。そして魔獣の背後には、


「メディスさん……」


彼女は魔獣に杖を向けて身構えていた。

どうやら彼女が追ってきて攻撃したようだった。

後に知るが彼女は、素早さを上げる魔法で、付いてきたとの事。


「言ったじゃろ、儂も手伝うと」


もちろん、ベルも側にいてメタシスの長剣形態を手に構えていた。


 攻撃を受けた事で魔獣はメディスさんの方を向いた。

その時、メディスさんの顔色が変わった気がした。


「〇△□×!」


咆哮とは違い人の声に近い妙な言葉を発したかと思うと、跳躍して

その場を去って行った。あまりの速さに雨宮でも追えなかったし、

魔装の感知から出て行ったのか



《すいませんマスター、追えませんでした……》


との事だった。まあ街の外の森の方に向かっていったから、

深追いするほどでもないが。


 逃がしてはしまったが、取り敢えず危機は去った。同時に、


(やっぱり朝市に行くと、碌な事がないな)


と思いつつも、奴が発した人の言葉に近い言葉が気になった。

酔っ払いたちが言っていた奴で、何を言っているかは分からなかったが、


(お母さんって言ってたような……)


そんな気がしたのだった。

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