6「蚤の市と食べ歩き、そして思いがけない出会い」

 森の入り口の戻り、車に乗ってナアザの街に向かっていたのだが、

途中で、とある村の付近を通ったところで、メディスさんから、


「ちょっと停めてくれんか?」


と言われて、邪魔にならない場所に車を停め、


「どうかしたんですか?」

「蚤の市をやっておる。ちょっと寄っていきたい」


蚤の市、つまりはフリーマーケットだな。行く時は気づかなかった。

もしかしたら行きの時はまだ始まってなかったのかもしれない。


「もしかしたら、掘り出し物もあるかもしれないしの」


俺も興味を抱いたので、一緒に行くことにしたが、


(また馬車絡みの変な事が起きないだろうな……)


と朝市の事があるので、そんな不安を感じた。

もちろん俺が行くならベルも付いてくるし、

メディスさんが行くなら、護衛役の二人も付いてくるわけだから、

結局全員で行くことになった。


 フリマは、結構ににぎわっていて品数も結構ある。

地面に敷いた布の上には、骨董品やら、日用品、古本に、マジックアイテム、

更には武器まで並べられていて、メディスさんは、目を輝かせている。


 俺も適当に見て回っていると、一枚の手のひらサイズの石板が目に留まる。


「これは……」


何かの紋章や、文字のような物がびっしりと書かれているが、

「翻訳」はほとんど機能しない。思わず手に取ると、側にいたメディスさんが、


「ルーン文字が、書かれておるようじゃが……しかしどこかで見たような……」


と話しかけてきた。石板をじっと見ると、


「確か……前に見た本に書かれていたはずじゃが……」

「本?」

「マキシ関係の書物じゃったような」


だが思い出せないようだった。


 さて俺はこの石板に妙に心を惹かれたのには理由がある。


(どういう事だ。俺はこの石板と『契約』している)


もちろん覚えはない。まったくもって不可解な話だが、

このまま捨て置けないのと、値段も手ごろという事もあり買ってしまった。


 その後も見て回りながら、メディスさんは、

古本やらマジックアイテムとかを買っていた。

因みにメディスさんは収納スキル付きの鞄を持っているので、

買ったものはその中に入れて、荷物にならない様になっていた。

メディスさんほどではないが、エリンやマックス、

更にはベルも何かを買っているようであった。


 そして馬車絡みのアクシデントが起きることもなく、一通り見て回ると、


「もういいじゃろ。掘り出し物も色々買えたしの」


と言う訳で会場を後にして、ここからは何処にもよらずナアザの街に戻ったが、

石板については、思い出すことはなかった。


 車による移動だったから、途中寄り道したものの、

昼頃には帰ってこれたので、

当初の予定通り、昼からは喰い歩きをすることに、

店は、俺が案内した。雨宮の店だけでなく、

この町の食事処や甘味処は、マニアックな店まで把握してる。


「やはり、ナアザの街の食事は旨いのう」


とメディスさんは、満足だし護衛役の二人も、一緒に飲み食いした。

もちろん食べ過ぎたら護衛にならないので抑え気味だが、

それでも満足しているようだった。


「流石クロニクル卿とドルチェ卿の系図じゃな」


 さてここで名前が出てきたドルチェ卿は、

この町にいるもう一人の大魔導士で、パティシエでもある。

雨宮の話だと、異界人でお菓子作りの天才で、

あと洋菓子だけでなく、和菓子を含め、あらゆるお菓子が作れ、

この町の甘味処は彼の弟子らしい。


 さらにこの町の一角に、お菓子工場を作り、

チョコレート、キャンディー、クッキーなどのお菓子を、

この国に広く流通させている他、

雨宮の店で出てくるケーキ類はここが作っていると言う。


 ちなみに俺はドルチェ卿とは未だに会った事はない。

日々工場にこもって、新作のお菓子作りに没頭していて、

外出することは殆どないからだ。

それでも大魔導士集会にはきちんと顔出しはするらしい。

なお雨宮よりも前に大魔導士の最年少記録を持っていたので、

年齢的には雨宮よりも少し年上だが、見た目は20代後半から、

30台前半くらいとの事。


 メディスさんは、こっちに来た際に会う予定であったそうだが、


「特に、今は宮中晩餐会に出す予定の新作の菓子の制作で、

会う暇がないと、断りの手紙が来た」


と言って残念そうにしていた。


 丁度この時、


「おかあさん、ここのお菓子食べたいの」

「いいわね。寄って行きましょう」


と親子連れが俺たちと入れ替わりに店に入って行った。

その様子を見たメディスさんは、


「何だか微笑ましいのう……」


と言いつつもうらやまし気に親子を見ていた。


(メディスさんにも、こういう瞬間があったんだろうな)


と思いつつも、俺はハッとなった。

そう魔獣が、「お母さん」と言っていたような気がしたことを思い出した。


「どうした?険しい顔をして……」


とメディスさんに言われたが、


「何でもありません……」


と答えたものの、俺はあの魔獣がメディスさんの娘、

つまりはミズキの母じゃないかと言う考えに、

さっきはふと思いついた程度だったが、

今度は強く取り付かれることになった。


 もちろん、メディスさんの言葉は確証とは言えないし。

声だったはっきり聞こえたわけじゃない。

だけど、その考えを払しょくすることはできなかった。

そこで、俺は尋ねた。


「メディスさん。気を悪くしたらすいませんけど……」


前置きすると、


「なんじゃ?」

「昨日の魔獣を、娘さんの様な気がすると言ってましたけど、

娘さんは、例えば『捕食』みたいに魔獣とかに変身できるようなスキルを、

持っていたんですか?」

「いいや、持ってはいない。じゃから確証はないんじゃよ」

「そうですか……」


と俺が言うと


「お前さんは何が言いたい?」

「俺も、貴女と同じ考えに憑りつかれただけです」


と言うと、興味深そうに


「お前さん……どうしてそう思ったのじゃ?」


と聞いてきた。


「俺も確証はありませんよ。貴女の話と魔獣が『お母さん』と言った気がして、

もちろん聞き間違いかもしれませんけど」


と俺の思っていた事を話した。

この事は、前置きした通りメディスさんが気を悪くしてはいけないと思い、

話さないつもりだったが、自然と話していた。


 俺の話を聞いたメディスさんは暗い表情になりつつも、


「儂も、そう言っていたような気がした」


と言った。更に、その後も歩きながら、


「これも、推測じゃがあの魔獣は、新種かもしれぬが、

人工的に作られた可能性もある。もちろん確証はないぞ」


とメディスさんが言った。


「人工的……」

「魔獣と魔獣を掛け合わせて、新たな魔獣を作る技術はある。

もちろん一般的じゃないぞ。使える者は限られとるがな」


この一言で、連想した人物がいた。


「まさか斬撃の魔女……」


かつてのルドやライラは、まさに人間ベースの新種の魔物みたいなものだった。


 メディスさんも、


「儂も奴の事は知っておる。

奴なら複数の魔獣を掛け合わせ新たな魔獣を創れるだろう。

それに人間が擬獣出来るようにする事も出来るじゃろうし」


この後、明言はしなかったものの、魔獣に変身するスキルを持っていなかったから、

あの魔獣はメディスさんの娘を元に、

斬撃の魔女が生み出したものじゃないかという事。そうルドやライラの様にだ。


 ただ話はそれ以上続かず、


「さてお腹も膨れたし帰ろうかの」


とメディスさんが言ったので、宿に戻る事に、

しかしその帰路の中で、爆発音のようなものがした。

それは大通りの方で物凄く嫌な予感がした。

何か感じるものがあったのか、メディスさんが急にかけ出したので


「メディスさん!」


と俺やベル、護衛の二人が言い後を追う。


 案の定、向かった先では例の熊の魔獣が暴れていて、

冒険者達が、戦っていたが、その中にまぎれてミズキの姿があった。

彼女の外出自粛は、メディスさんが事実を知ってるとわかってから、

イヴを介して伝えると言う形で解いていた。


 そしてミズキはメイド姿で杖を構えて戦っている。

メディスさんは、その姿を見て、


「ミズキか……直に見るのは初めてじゃ」


と言った。正に祖母と孫の思いがけない出会いでもあった。

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