15「去り行く魔王」

 戦いが終わり、しばらく略奪の魔王は泣いたままだった。

そこに扉が開き、


「大丈夫ですか?」


とベルが飛び込んできた。


「ああ……」


なぜ彼女がここに来たのか、見取り図に闘技場の事が書かれていたが、


「イヴに聞いたんだな」

「はい」


実は闘技場に飛ばされて、略奪の魔王が姿を見せた際に

「通信」でイヴに連絡を取り、ナタリア達の保護を頼んだのだ。

その際に、ミズキも一緒に向かい、彼女の魔法で「略奪」は無効化して、

救出には成功したが、連絡を入れた際に、魔王と闘技場にいて、

今の内にと頼んだので、それがベルに伝わったという事である。


 略奪の魔王が泣きじゃくっているので、


「何があったんですか?」

「言いたいこと、言ったら泣かれた」


と正直に答えると、


「えっと……どういうことです?」


と困惑した表情を浮かべる。


「戦いは終わりだ。帰ろう。詳しくは帰り道で話す」


ベルは魔王を一瞥しつつも、


「わかりました」


俺たちは、その場を後にした。


 その後、俺たちはミズキ達と合流し城を後にした。

既に述べているが、入るのは大変だが、出るのは楽だ。

外に出ると、ナアザの街の近くで少し時間が掛かるが、

歩きで帰れる距離だった。


 助けた人々の多くは、帰っていたが、ナタリア達は残っていて、

俺たちが出て来ると、鎧は着たままだったので


「やっぱり白騎士様だ!」


と声上げ、


「ありがとうございます。白騎士様」


口々に礼を言った。


「礼には及ばない……」


そう言うと、妙に恥ずかしくなってきて、全員、速足で立ち去った。

こうして、白騎士伝説に新たな逸話が加わることになり、

ジャンヌさんに微妙な顔をされることになる。なおナタリア達は追ってこなくて、

途中、人目の付かない場所で鎧を脱いで、家に戻った。


 家に来る途中で、魔王との事を話した。するとベルは、


「なんだか、可哀そうな人ですね。泣き出したって事は、

欲しいものが手に入らないって、理解してるからじゃないでしょうか」


理解はしていても、それを認められず、ひたすら求め続けている。

そんな所だろう。


 色んなものを手に入れて、手に入れた途端、冷めてしまう。

手に入れれば手に入れれば程、心の穴は大きくなっていく。

宝物庫の彼女の様子、指摘されて頭に血が上ったことから間違いはない。


 アパートに戻ってきてみんなでリビングで、一休みしているとミズキが、


「しかし、彼女が本当に欲しい物とは、何なんでしょうか?」

「アタシも知りてえな」


とリリアも興味を示した。思わず俺は、


「フッ!」


と思わず噴き出した。するとミズキは、不機嫌そうに、


「何ですか?その態度は」

「アタシの事、バカにしてんのか?」


とリリアも不機嫌そうに言う。


「答えは、想像がつく。お前らにとって最も縁遠いものだよ」


と俺は言った。実際にどうかはわからないけど、なんだか自信はあった。


 そしてミズキは、


「では、答えはなんですか」

「そりゃ、愛や友情に決まってる」


すると二人は、


「「はぁ~」」


と声を上げた。


「そんな、陳腐な」

「お前、夢想家ってやつか」


とバカにしたように言うが、


「だからお前らは縁遠いんだ」


と言った後、


「消去法だ。彼女は『略奪』で、いろんなものを手に入れている。

財宝とか、魔法、武術、その気になれば、地位や名誉だって手に入れれるだろう」


自分の欲しがりのせいで、地位も名誉もなくしているけど、

それは置いておくとしても、


「そんな彼女が手に入れられそうにないのは、もう愛や友情しかないだろう」


と俺は結論付けたのだ。


 するとベルは、


「きっとそうですよ」


と賛同するが、ミズキは


「彼女は、『略奪』無しでも、多くの人々と関係を持っていますが、

これも一種の愛では?」


と彼女は言うが、


「長続きしていないだろ。ほとんどが彼女の持つ美貌や、

財宝、魔法と言ったその力目当てで、本当の愛とは言えない」


すると、ベルが


「確かに、その力、美貌があったとしても、

本当の意味での愛や友情などは手に入れることは容易ではないでしょう」


と同意する。まあベルは、ある意味、愛に生きる女だからな。


 そして俺は再度、


「まあ、お前らには、一生分からんだろうな」


リリアは、


「そうだな、愛よりも金だよ、金」


と見るからに欲望丸出しと言う感じで言った。


(まぁ、ろくでなしの母親に育てられりゃこうなるわな。

捨てられた姉が立派になったのが言い証拠だ)


一方のミズキは


「私は、分かってるつもりですが、私には暗黒神様への愛がありますから」


言いつつも


「貴方への愛はありませんけどね!」


と釘を指すように言うので、俺は、


「そんな事は、分かっている。つーか愛するものを間違ってるぞ」


とツッコミを入れた。


「何とでも言ってください」


とミズキは言った後、いつものように、


「私は諦めませんから」


と宣言するように言った。


 攫われた人々を、取り戻して、一安心な気がした。

もちろん、魔王は健在だし、ナナシの事もあるから、

警戒しないといけないが、そんな中で更なる朗報として、

王女が、意識を取り戻したという事で、雨宮もこっちに戻って来ることになった。

その一報を受けた時、


「王女様の件にナナシが関わってたとしたら、

もう雨宮の足止めの必要がなくなったって事だよな?」

「そうなるな、略奪の魔王の事から手を引いたのかもしれない」


この前の件で、彼女が戦意を喪失したからか、

あれは一時的だろうから、単純に飽きたのか、

とにかく、奴が手を引いた可能性はあった。


 そして、この電話の翌日に雨宮は帰って来た。

そうなれば、略奪の魔王が戦意を取り戻したとしても、

手を出しづらくなったはずだから、ますます安泰な気がした。


 後日、雨宮の自室で直接会って、改めてこれまでの出来事を話した。


「何だか、すまなかったな。本当なら俺が対処しないと行けなかったんだがな」


と謝って来たんで


「気にするなよ。結界はハルのお陰でどうにかなったんだし、

ハルはお前の弟子なんだから、間接的にお前が街を救ったようなものだ」

「弟子と言っても、料理人としてだからな、

どちらかと言えば、街を救ったのは斬撃の魔女という事になる。

何でかは、聞かないでくれ」


ハルの能力の由来が、斬撃の魔女の人体実験にあるって事なんだろう。

俺も雨宮の思いを組んで聞かぬことにした。


 略奪の魔王が、本当に欲しいものに関しては、


「宝物庫の事は、初耳だが愛や友情って間違いないと思うな。

正直、そんな気はしてた。彼女は他者とのつながりに飢えているように、

思えたからな」


と雨宮も同意見のようだった。


「彼女にも、可哀そうな過去があるのかな。

だけど色々とやらかしてるから、同情の余地はないけどな」


と雨宮が言うと


「確かに、同情はできないな。しかし何があったんだか」


と俺が疑問を呈すると、


「その辺の話は聞かないな。俺が知った時には、

彼女は既に追放されていたし、

伝え聞く話も、彼女が魔王になって以降の話だからな」


それ以前は、彼女が先代の魔王の娘と言うこと以外、

話は聞こえてこないという。


 それともう一つ、どうでもいい話かもしれないが

気になったことがあった。


「そう言えば、略奪の魔王って本名は、なんて言うんだろう?」


略奪の魔王と言うのは、あくまでも肩書き、

キチンとした名前があるはずである。


「そういや知らないな。手配書も『略奪の魔王』だしな」


少し気になっただけで、分からなくても別にいい事だ。


 とにかく結界が張られたことで、彼女は「略奪」が使えないから、

一安心と思われたが、


「お前が見た第二形態って奴は、初めて聞くな。

そんな隠し玉があったとはな。しかも『略奪』によるものじゃないんだろ」

「クラウの話じゃ、そうらしい」

「普段は封印してるって事は、本人もあまり使いたくないものって事なんだろうが」


略奪で得たものじゃないとの事だから、結界内でも使える可能性がある。


「当面、警戒は必要だな」


と雨宮は言った。俺もそうだと思った。


 しかし、それからしばらくの間は、彼女は姿を見せなかった。

街でも、何かしでかしたという話は聞かない。

すべてが元通りに戻りつつあったし、雨宮も戻って来たし、

ギルドではナタリア達がいつものように、5人で居るところも見た。

あとジュリエットもロミオが戻って来ていて、相変わらずのラブラブ。

ハルやアキラもいつも通りの生活をしているし、

だから、すっかり警戒が緩んでいた所に、いつもの路地裏で、


「カズキ……」

「ゲッ!」


略奪の魔王と出くわした。


 俺は思わず身構えるが、


「もうハダリーは諦めたわよ」


と言う。クラウの「感知」によると、


《本当の事を言ってるみたいですよ》


という事で、以前とは違って感じる事ができる様だが、

不安は拭えない。


 そんな彼女は、


「しばらくこの街を離れるから、その前にアンタに言いたい事があるの」


そう言うと俺を指さして、


「いずれ、アンタをモノにするから!」

「はぁ~」


と俺が言うと、


「勘違いしないでよ!アンタを奴隷にして、一生扱き使ってやるって事よ!

首を洗って待ってなさい!」


そう言うと、背を向けた。


「おい待て!略奪の魔王!」


と言うと、背を向けたまま


「マヒナ……」

「えっ?」

「それが私の名よ」


なぜ彼女が自分の名前を教えたかは分からないが、

それよりも、彼女に言っておきたいことがあった。


「お前が会った鎧姿の冒険者は、ナナシって言ってな、

危険な奴だ。お前に接触したのも、

お前を利用するためだ。奴に気を許すな」


略奪の魔王こと、マヒナは何も答えず。その場を去って行った。

 

 この時を持って、一連の出来事は終結を迎えたと思うが、

ただ、この時は冒険者ギルドからの帰りで、当然ベルも一緒だったので、

彼女は怖い目付きで、去っていくマヒナを見ていて、

しばらくの間、ベルは妙に不機嫌で、楽できない日々が続く事となった。

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