7「奪還への準備」

 朝食後、さっそく行動を起こそうと思ったが、

その場では「通信」が回復しなかった。妨害はかなり広範囲のようだった

だから更に遠くまで車を走らせた。なおこの時、助手席には例によってベルがいる。


 そして妨害の範囲を超えたのか途中で携帯が鳴って、

邪魔にならないところに車を停めて出ると雨宮からだった。


「略奪の魔王に、街が奪われたって聞いたが、本当か?!」


既に事が雨宮の耳に入っていたようだった。


「ああ……」


俺は、連絡が取れなかった事も含め、

ここまで起きた出来事を雨宮に話した。


「そうか、大変だったな……」

「ところで、話はどこで?」

「今しがた、王宮で話を聞いた。話の出どころは分からないし、調べる暇もない」


王妃の一件が大変なようだ。


「多分ルイズから話が伝わったんだろう」


あの後、恐らくルイズは「通信」が使える場所に辿り着き、

連絡を入れたか、あるいは奴がナナシだとすれば、

別れて即連絡を入れたか。


「ただ王宮で、話していた奴が厄介でな」

「もしかして、ハルが言ってた反魔族の過激派って奴か」

「そうなんだよ」


そいつは、王族で光明教団との繋がりも強いので、

審問官から情報を得る事も出来るというから、

ルイズから上がって来ただろう情報を知っていてもおかしくない。


「もしルイズがナナシなら、直接連絡を入れただろうな」


と俺は言った。


「事をややこしくする為か、確かに奴が関われば、状況はややこしくなる」


雨宮によると、ソイツは鎧の魔王配下の魔族の討伐に関わり、

大勢の住民を巻き添えにしようとした事があるらしい。

勇者の活躍で未遂だったそうだが、とにかく前科があるという事。


 今回の件は、直ぐに王の耳に伝わるだろうし、

国として、なんだかの対応が取られるだろうとの事だが、


「本来なら、俺が事態の収拾を頼まれるだろうが、

今は無理という事になる。だからと言って奴が、

今回の件を担当するとは限らない前科もあるしな」


ただ勝手に動く可能性はあるそうだ。


「たとえどれだけの犠牲を払っても、略奪の魔王を倒せたとなれば、

やむを得ないとして罪には問われないだろうしな」


もちろん「略奪」が使える状況の彼女を倒した場合、

普段の彼女なら、過剰だとしてなんだかのお咎めがあるとの事。


 そして雨宮は、


「とにかく奴が動く前に、事を済まさないといけない。

お前たちで結界を張ってくれないか。やり方はハルが知っている」

「ああ……そのつもりだ」


ちなみに一度張れば、発生器自体の防御の効果もあるので、

直ぐに破壊はできないらしい。

今回壊されたのは、50年くらい前に張られたものだから、

老朽化していたからだという。

なおこれまで張り替えなかったのは、

張り替えの際に一時的とはいえ結界が無力化されるので、

その隙を狙われたら怖いからとの事。


 あと幸いと言ったら悪い話なのだろうが、


「いま汽車が故障で動かないから、直ぐにはそっちには行けないはずだ」


加えて、事を起こすとすれば人員を集めるだろうし、

「略奪」への対応もいるだろうから、準備にも時間はかかると思われるが、


「ただ、ナナシがそれらを解消する可能性はあるんだよな。一応神様だから」

「多分な……いや確実だ」

「だったら悠長に構えてはいられないか」

「もちろん、これから準備にかかる。

その前に、お前に連絡を入れるつもりだったが、

その必要は無くなったな」

「そうだな……」


と言いつつ、


「こっちも、奴の事は注視しておく」


なお王女の事で手が離せない時は、王宮にいる知り合いに頼むという。

 

 そして雨宮は、すまなそうに、


「本来なら、俺がすべき事なのに、すまない」

「気にするなよ。まあこれが奴の狙いだったんだろ」


雨宮を留守にさせて略奪の魔王を引き込み、その上で結界を壊し、

今回の事を引き起こす。

ジークの一件の時から、この件も並行して動いていたのか、

噂が聞こえだしたのは、事が終わった後だから、

もしかしたらジークの一件の際に、

略奪の魔王が近くに来たことに気づいて、予定を変更したのかもしれない。

まあ、どうでもいい事だ。


「とにかく、こっちの方でも頑張ってみる。

まあ実際に、頑張るのハルなんだろうけど……」

「いずれにしても、ナアザの街の事を頼む」

「ああ、そっちもがんばれよ」


俺は、そう言って電話を切った。


 電話を受けた後、車は止めたまま俺とベルはボックスホームに戻った。

ハル達はリビングにいて、雨宮からの電話のことを話し、

さっそく事を起こす事にした。


 最初に、ルーンを書く石、ルーンストーンの手配である。

効果を出すだけなら、何でもいいのだが、

石自体の防御効果を強く出すには、砂岩が必要だという。

砂岩自体は、ナアザの街の石材店で手に入れる事が出来るが、

街が支配されている状態なので、他の街で手に入れる事になる。


 次に必要なのは


「噴霧式の催眠剤を使います。これで作業中に周囲にまいて、

邪魔されないようにします」


とハルは言う

それは、薬としては売っておらず。特定の薬草を自分で調合し、

魔法で噴霧するという。


「これなら、魔法で眠らせるよりも、後遺症が少ないですから」


と町の人の為を思ってのことらしい。

もちろん、作業に当たる俺たちは無力化する薬を飲んでおくが、

こっちの方も自分で調合するとの事。


 早速準備にかかるため、近隣の町まで車を走らせた。

なお準備に必要なお金は、食材の買い付け用に持っていたお金を使うという。

これは事前に、雨宮と取り決めていたことらしい。

ただ、別の町まで出ていくというのは予想外の事らしい。


 ジュリエットの元に匿われていた時、ハルは言った。


「一晩で街が奪われるなんて予想外です」


いきなり結界がなくなってしまうという事だけでも、

前代未聞だそうだが、たとえ結界が破壊されたとしても、

徐々に事は進行するはずだという。

本来は、俺の手伝いの元、ナアザの街で準備を整えるはずだったという。


 だが事は一気に進行してしまい。一旦街を出ざるを得なかった。


「いったい何が起こってるんだろう……」


とハルは疑問視していたし、雨宮に話した時も

雨宮は驚いていたが、ハルには言わなかったが、

ナナシが関わっているとみていいし、

雨宮に話したら


「その線はあるな。なんせ神様だからな。なんでもありなんだろう」


と納得していた。


 さて街に到着して、ボックスホームから全員出てきた。

睡眠剤の材料はともかく、結界に使う石は大きめで、八つも必要。

これらを運ばなければいけないので、人手がいるからである。

場合によったらミラーカ達の力を借りることにしていた。


 なおジュリエットも一緒に出てきたが、

彼女は、一応一般人なので留守番を頼むつもりだったが、


「私も、手伝います」


と言って半ば強引に付いてきた。


 だが厄介な状況が起きた石材店に行くと

砂岩を含め多くの石材が売り切れだという。

しかも売り切れになってるものは、防御の効果は弱まるものの、

代用になるものになるものばかり。店員によると、


「すまないねぇ、鎧姿の冒険者が全部勝っていったんだ」

「鎧姿の冒険者……」


それを聞いてナナシの事が頭に浮かんだ。


 更に他の石材店を当たってみたがどこも買い占められていた。

加えて催眠剤を生成の為の材料、

これはアイテムショップで購入するのだが、

こちらすべての店で買い占められていた。


「どうなってるんだよ……」


とハルは声を上げた。そしてこっちも買い占めていった奴は、

すべての店で共通して鎧姿の冒険者だった。

つまりは、ナナシという事になる。


 その後、他の街に向かったがどこも全滅で、

とにかくナアザの街周辺の街では買えなかった。


(先手を打たれたか……)


更に近隣の街でも、入手は出来ずに、

結局、車で数時間かかる遠方に向かうことになって、

そこでようやく手に入れることができた。

なお、そこそこ大きさの石が複数なのと、そもそも設計図もないので

「創造」を使うと余計に時間が掛かりそうなのと

ハルたちの目があるので使わなかった。


 しかし、ここからさらなる準備がいる八つ石、すべてルーンを書く必要がある。

しかも刻み付ける形だ。ほこりが立つので、

ボックスホームに工房のような部屋を増設して、そこで作業を行う。

みんなで手分けをして行うが、俺がこういうのが苦手なのと、

「創造」でもうまく作れないのと、ハルやアキラ、ジュリエットもいるので

ハルと、同じくルーンの知識があるミズキと、使い魔であるミラーカ達で行う

俺を含めた残りの面々で催眠薬と、俺たちの飲む無力化する薬を生成する。

これは、混ぜるだけだから俺でもできるし、

ハルたちの目があるので、ここでも「創造」は使わなかった。

それと「創造」を使うと、時間が掛かるような気がしたというのもある。


 薬の方が早かったが、石の方は思いのほか時間が掛かり、

作業が終わった時には、もう夜になっていた。

今から行動するには、大変なので今日は休むことにして、

翌日行動を起こす事にしたのだった。

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