4「街の地下にて」

 とりあえず、家に遠見防止の魔法をかけておいた。

手遅れかもしれないが、気休めだ。魔法をかけ終えたところで、


「そう言えば、ジャンヌさん……」


するとハルが、


「ジャンヌさんが、どうかしましたか?」

「いや彼女も『略奪』が効かないはずだから、どうしたのかなって」


まあ彼女も神だし、何かあったら神の領域に行けるから、

心配はないが。


「ジャンヌさんなら、商品の買い付けでリディアさんと、

昨日、街を出ましたよ。一週間は帰ってこないそうです」


何でも昨日街で、丁度出かける二人とばったり会って、話を聞いたという。


(そう言えば、ナナシの言ってたこと聞きそびれていたな)


ナナシの言っていた「神は、神を殺せる」この言葉はどういうことなのか、

聞きそびれたままだった。


 さてジャンヌさんの事を聞いたあたりでクラウから気になる事を聞いた。


《この家、転移ゲートがありますね》

(転移ゲート?)


ハルやアキラ、ジュリエットがいる前なので、声に出さずに返答する。


《これは、魔族が魔界からこの世界に来る時の物に似ています》


クラウの歴代の持ち主の中には、

魔族と戦った者もいて、連中がこの世界に来る瞬間に立ち会ったという。


 しかし気になるのは、何故その魔界とのゲートがこの家にあるかだ。


《あと家には、特殊な結界が張られています。

それによってこのゲートの気配を隠していると思われます》


実際、クラウは家に入るまで気付かなかったという。

なお場所はこの家の地下室だそうで、

住民であるジュリエットも気づいていない可能性もあるとの事。


 たださっき魔族の話を聞いてピクッとなっていた所から、

俺は、疑惑を感じ、


(なあ、ジュリエットが魔族である可能性は?)

《それは分かりませんね》


なおクラウの「感知」は魔族が人間に化けたとしても、気配で分かると言う。


《人間と変わらぬ外観をした魔族は、気配も人と変わりません》


なお略奪の魔王も気配だけなら人間と変わらないとの事。


《ジュリエットさんの気配は人間のものです。

人に近い見た目の魔族の可能性はありますが、正直な所、判断が付きません》


ベルによれば、ジュリエットは途轍もない力の持ち主との事で、

今回クラウもそれを確かめている。だから魔族の可能性はあるが、

しかし助けたいという気持ちは確からしいし、

俺も悪い人のようには思えないから、別に問い詰めるつもりはなかった。


 やがて夜を迎えた。クラウの「感知」によれば、

人はまばらだが、それでも路地裏の出口には交代での見張りがいるし、

同じく交代で、路地裏の見回りもしている。

あと略奪の魔王だが、結界が無くなって力を取り戻したせいか、

ナナシの感知除けの効きが悪くなっているようで、

位置が分かるようになっていて、今は街の領主の城にいる模様。


 俺はハルたちに、魔装の事は隠しつつもクラウの力を話し現状を伝える。


「その見張りやら見回りやらをぶっ飛ばして、脱出しようぜ」

「ダメだよ」


と反対するハル。


「大丈夫、気絶させるだけ殺しはしねぇよ」

「だけど……」


相手は善良な市民だからな、殺さなくとも手を出すのは抵抗がある。


 ここでハルは地図を取り出し、ある場所を指さす。


「ここに人は?」


俺がクラウに確認すると、


《時折、見回りが通りますが、見張りは居ません》


俺はその事を伝えると、


「だったらそこに行きましょう」

「そこに何かあるのか?」


地図を見る限り、そこは路地裏の一角で特に何もない場所だ。


「ええ、抜け道があります」

「抜け道?」


ちょうどこの時、


《今ならちょうどいいですよ》


とクラウが言い、俺はそれを伝えると、


「それじゃあ、行きましょう」


俺たちは、ジュリエットが加わる形で出発した。

夜なのと、照明だと見つかりそうなので暗視魔法を使っている。


 道中は、クラウがちょうどいいと言ったように、

特に問題はなく、現場についた。しかしそこは、少し広い路地裏で何もない。


「ここだ……」


とハルが言いながら、地面にしゃがみ呪文を唱えると、床が開き階段が現れた。


「おぉ……」


と思わず声を上げてしまう。


「入りましょう」


俺たちは地下に入って行き、全員が入ると、再びハルが呪文を唱え、扉を閉める。


 階段の先は巨大な地下空間だった。


「ここは?」

「クロニクル卿の話では、かつての光明教団の拠点です。

暗黒神が復活し、再び戦争となった時の避難所として作られたとか」

「へぇ……」


その暗黒神が避難所にいるんだが、それは置いておいておくとして、

いわゆるシェルターのような場所との事。


「ここには、教会に通じている他、街の外への抜け道があります」


と移動しながらハルは説明する。


 途中、大広間に差し掛かった時にベルが、


「これは、血痕ではありませんか」


と言って壁を指さした。確かに壁には、無数の染みがあった。

血痕だとすればかなり昔の物だ。ここでハルは、不快な顔で、


「かつての異端審問のものですよ……」


確かに、ここは避難所として作られたが、

実際は異端とされた者の拷問の場だったという。

ここで行われた拷問はかなり酷いもので、

昔は、あちこちに死体が放置されていたという。

正に光明教団の封印された暗部と言うべきもの


「血痕から見る限り、かなり酷いことが行われてたんでしょうね。

醜いと思いませんか?」


とミズキが言ってきたので、ハルたちに聞こえないよう小さな声で、


「現在進行形のお前らが言うな」


と思わず言ってしまい、悔しそうな顔をするミズキ。


「そうですよね」


とベルが同意してくるが、


「お前も、他人事言えないだろ」


そうベルは過去にミズキたちに拷問をしている。

彼女は、ミズキたちを拷問したことを後悔はしていないが、

俺が指摘すると気まずそうな表情を浮かべた。


 なお雨宮たちによって異端審問の改革後は、

死体は片付けられキチンと埋葬し弔われたという。

以後、この場は教団にとって忌むべき場所とされ封印された。


「ただクロニクル卿は、本来の避難所としての活用できるように、

整備はしてたみたいです。いずれ訪れる暗黒神の復活の為に」


とハルが言う。


「そうだな……」


と答えつつも、


(その暗黒神がここにいるんだけどな)


と思う。


 なお場所が場所だけに、ここを知る者は少なく、

ハルは雨宮の弟子で、何かあったときの為に教えてもらっていたという。


「まあ、こんな形で使うとは思いませんでしたが……」


と言いつつ、


「ここの場所の事は秘密に……」

「ああ分かった」


と俺は答え、他の面々も同意した。


 ハルの案内で、抜け道がある方に向かう。


「近くの森の、洞窟につながっています」


との事である。だが少し進んでいると、


《マスター……》


クラウから、接近してくる人間の事を聞いた。その人物の名を聞き俺は、


(何で……)


やがてその人物が、俺たちの前に姿を見せる。


「ルイズさん……」


と声を上げるハル。そう、やってきたのはルイズ・サーファー。

額に略奪の紋章がないから、支配はされていないようだった。

そして向こうも、驚いたように、


「どうしてここに……」


と言いつつも、ハルの姿を見て、


「クロニクル卿から聞いたのですね……」


と納得気であった。


 しかし、よりによってナナシかもしれない奴なので、

俺もベルも、警戒していた。そしてハルも、


「なぜあなたがここに?

審問官の間でも知っている人は少ないと聞きますが?」

「ジェニファーさんから話を聞いていまして」

「確かにあの人なら、知っていてもおかしくありませんが……」


というハル。


《嘘はついて無いようですけど》


というクラウだが、ナナシは「感知」を誤魔化すので、当てにはできなかった。

それにナナシなら一応神だから、「略奪」の効果はないだろうし。

 

 俺は思わず、


「どうしてここに?」


と聞くと、教会で寝泊まりしていた彼女は、

朝になって異変に気付いた。

そう彼女以外の審問官たちが、支配されてると言う状況で、


「しかも、『通信』が使えませんし……」


これは、俺もジュリエットの家で確認済みだ。

おそらくは、略奪の魔王の仕業と思われる。


「私一人では、どうにもできないので、教会の地下室に隠れていたのですが、

この地下空間の事を思い出しまして」


この地下空間は、教会の地下室とつながっている。


「ここから、町の外に出て外部と連絡を取り、応援を呼ぼうかと」


そしてハルも、ここに至るまでの事を話し、


「それにしても、審問官は何をしていたんですか?こんな事態を許すなんて……」


と非難する様に言う。


 結界は専用のルーンが書かれた複数の石碑で発生させるという。

略奪の魔王が来てからは、審問官たちが石を守っているはずだった。

なお石一つだけでも、数日効果は持つし、

たとえ全部破壊されたとしても一日は効果がある。

もしすべて壊れるようなことがあれば、速やかに公表し、

避難を促すのが普通だという。


「それに関しては、申し訳ないと思っています。

でも信じてください。昨日までは何もなかったんです」


ルイズによると昨日まで異変はなかったし、

警護は交代で夜通し行われている。

しかし、ルイズは身を隠す前に石碑を確認したそうだが、

石碑はすべて破壊されていた。


「でも変です。昨夜に壊されたとしても、今日こんな事態にはならないはずですよ」


そう効果は、一日は持つはずである。


「私にもわからないんです。私は警護担当でもありませんし……」


クラウによれば引き続き、嘘はついていないとの事だが、

ナナシが関わっていれば、どんな不可解なことが起きても、

おかしくは思わないが、話しているルイズがナナシかもしれないから、

どうにも信用は出来なかった。


 だが、ここで問い詰めたところで、はぐらかされるだけだろうから、

とりあえず何も言わず、警戒したまま、

ルイズも加わって抜け道に向かうことになったが、


「なんで……」


と悲痛な声を上げるハル。抜け道は崩れて、塞がれていた。

ミズキは


「見た所、最近崩れた様ですね」


と言ってもここ数日ではなく、数か月前の可能性があるという。

魔法とかで、どうこうできる状況ではなく、

街からの脱出は、一旦足止めとなった。

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