3「奪われた街」

 和樹が雨宮ショウと電話越しに会話をした後の早朝、

町はずれにナナシがいた。手に剣を握っていて、

目の前には、ルーン文字が書かれた石碑があり、

周囲には武装した人間が数人倒れていた。


「護衛の審問官共もたいした事ないね」


そして剣を振り上げ、石碑に振り下ろした。すると石碑は、真っ二つに割れた。

直後、呪文のような物を唱えると再び石碑は元に戻る。


「これでよし、さて他の所も壊さないとね」


そう言ってナナシは、去って行った。






 雨宮と電話で話をした翌々日の早朝に、

呼び鈴が鳴った。しかも鳴らし方が尋常じゃない。


「何事ですが、一体?」


そう言って額を押さえながら起きて来るミズキ、


「ただ事じゃなさそうですよ」


と起き上がって来るベル。


「うるせえなぁ」


と不機嫌そうに起きって来るリリア。

そして


「見てきます……」


と言って身支度を整えだすイヴ。俺はふと思い立って


「まて略奪の魔王かもしれない」


するとリリアが笑いながら、


「魔王が、呼び鈴なんか鳴らすかよ。ドアをぶち破って入ってくるはずだぜ」


そんなリリアをあざ笑うように、ミズキが


「『略奪』が使えない魔王では、ここの扉を開けるのは容易ではありませんよ。

上手く騙して扉を開けさせようとするのが普通です。

実際、奴にやられた拠点もそうやって侵入されましたから」


と言うと悔しそうにするリリア。


 そんな二人を尻目に、念の為、俺はクラウを手に取って、鞘から抜いた。


《外にいるのはハルさんですね。もう一人はアキラって人だと思います》

「ハルはわかるがどうしてアキラが」


ハルは、雨宮からの電話があったから分かるが、

アキラがなぜいるのか、分からなかった。


 なおアキラと言うのは、アキラ・エディフェル。

苗字で分かると思うが、エディフェル商会の関係者で、

消息不明のエディフェル商会の本来の主人の息子で、

今は腕のいい冒険者で、ダンジョンで出会ったシズの弟子。

ちなみにシズは今、仕事で街を出ているらしいが、

それは置いておいて、アキラは普段はあの店でくらしている。

そして、斬撃の魔女の甥でもある。


 容姿は赤毛で、おさげ髪で、瞳の色がバイオレットとエメラルドグリーンの

オッドアイで、斬撃の魔女と同じ、

あと一応男との事だが、風貌が女性的で声も少々高め。

俺的には女性にしか思えない。なお年齢は14歳くらいだそうだ。


 このアキラだが、師匠であるシズが雨宮と親しい関係で、

アキラも親しくinterwineや、エディフェル商会で顔を合わすことはあるが、

先も言った通り俺自身は親しくはない。それが、俺の元に来たのか分からなかった。

ただ雨宮を介して、ハルとは知り合いだから、付き添いで来たのかもしれない。


 とにかく、ハルが来たという事は、緊急事態という事だ。

俺は素早く身繕いをして、玄関に向かった。扉を開けると、ハルが血相変えていて、


「ここから出てください!ここじゃ、危ない」

「一体どうしたんだ」

「この街は、奪われたんです!」

「奪われた?」

「とにかく、他の皆さんにも声をかけてください!」


ハルは、ベルのことしか知らないものの、

俺が数人の女性と暮らしているのを知っている。


 ただ事じゃなさそうなので、皆に呼びかけた。

ベルとミズキはただ事じゃないと察して、身支度を始めたが、リリアだけは、


「どうしてだよ~」


と渋った。正直、コイツを置いていっても良かったが、

何が起こっているか分からないが、事がややこしくなっても困るので、


「とにかく逃げる準備をしろ!」


最悪、絶対命令を使うつもりであったが、渋々ながらも彼女は了承した。


 荷物と言っても、貴重品は、魔装と鎧だけ、

お金は、宝物庫に入れてあるので、身一つ出る形になった。

同じく収納空間をもつベルやイヴ、最近手に入れたミズキは身一つで、

リリアは荷物を持っているが、

スキル「収納」付きの鞄を持ってるので、荷物は少なかった。


 ハルは少ない荷物だったから軽く驚いていたが、

二人も、スキル「収納」付きのリュックを身に着けているからか、

状況をすぐに理解し、


「急ぎましょう。話は移動しながらで」


俺たちは、急ぎ家を出た。


 外は早朝だからか静まり返っていた。そして移動しながら、


「奪われたって、どういう事だ?」

「さっき、朝市に行って来て……」


雨宮が王都にいる間、店はハルとルナ、そしてジュリエットが手伝いに来て、

切り盛りしていた。ハルは雨宮の料理の弟子でもあるので、

料理は上手く、味は落ちることない。

そして買い出しは、ハルが行っていたのであるが、


「市場の人たちが、全員倒れていて、額に『略奪の紋章』が浮かんでいたんだ」

「どういう事だよ」

「多分、昨日のうちに『略奪』防止の結界が破壊されたと思います」


その所為で街中の人間が支配下に置かれた可能性があるという。


「クロニクル卿から、貴方たちは僕たち同じく

『略奪』が効かないと聞いていまして、

何かあったら頼るように言われていました」


とにかく、街にいては危ないので一旦脱出するとの事。


 なおアキラがいるのは、雨宮が居なくて忙しく、

ハルが用心棒の仕事まで手が回らないので、臨時で雇っているとの事、

確かに最近interwineによくいると思っていたが、

常連客だから、用心棒をしているとは気づかなかった。

状況を察したハルに起こされて、一緒に来た。

なおアキラも「略奪」の影響を受けない体質だという。


 とにかく街の外出ようとして、

最初はミズキが転移ゲートを使おうとしたが、


「どうして」


対策がされているのかミズキの転移ゲートは使えなかった。

なので、歩きで街の外を目指して、移動しなけらばならなくて、

その途中で、


《マスター!大勢の人間が大挙してこっちに向かっています!》


やがて、


「しまった!遅かった」


とハルは声を上げた。

そう略奪の魔王に支配された住民たちが、大勢で姿を見せたからだ。

皆、額に掌をかたどった「略奪の紋章」があり、

みんな虚ろな目をしていた。


(なんだか、ゾンビ映画のワンシーンみたいだ)


その体は腐ってはいないけど、そんな感じがした。


 ここで、


「ふぁ~~~~~」


あくびが聞こえてきて、声の方には略奪の魔王。

いつもの様にツインテールに、パジャマ姿で眠気眼。


「アンタ達、早起きね。でも逃がさないよ~」


と言った後、


「ハダリー以外は八つ裂きにしてね」


と人々に命令し指を鳴らした。すると人々は俺達に襲いかかってきた。


 ここで、ずっと黙ったままだったアキラが、


「おぅおう!やるか!」


好戦的に、手に剣を出現させ構えたが、


「やめろ!」


俺はアキラを止めた。ハルも、


「ダメだよ、皆操られてるだけなんだから!」


俺が言いたいことを代弁するように言った。

そうみんな操られてるだけで、善良な市民だから、傷つけるわけにはいかない。


 とにかく逃げの一択である。周囲は囲まれていたが、


「こっちです!」


とハルは言う。路地裏への道は人がいないので、俺たちはそこから路地裏に入り、


「ミズキ、足止め頼む!」


咄嗟に彼女に頼んだのは、出来そうな気がしたから


「仕方ないですね。プロテクトウォール!」


背後に魔法の壁が生成される。


「長くは持ちませんけどね」


と言う。


 とにかく追手は防げたが、


《路地裏のすべての出口で、人が待ち構えていますよ》


つまり、逃げ場はない。ここで、


《誰かが、接近してきます》


それを聞いて、


「待て、誰か来るぞ!」

「えっ?」


と声を出すハル。そして俺やクラウの声が聞こえるベルは、

身構えるが、やって来たのは、


「ジュリエット……」


彼女は、目は虚ろじゃないし、何より略奪の紋章が無いので、

支配されてはいないようだった。


「こっちへ!」


と言ってジュリエットは、俺たちを路地裏の一角にある扉へと案内する。


「ここは、私の家です。中にどうぞ」


そして、俺たちは建物の中に入った。


「念の為」


そう言うと、ベルは魔法を使った。幻術で扉を消すとの事。

以前、路地裏でリリアを襲った時に使った物との事。


 家の中は随分と殺風景だった。


「私は家に、あまり物を置かないので……」


と言いつつ、


「それより危なかったですね」


彼女曰く、この家の出入り口は路地裏だが窓からは表の様子が見えるので、

俺たちが、襲われているのを見る事が出来て、助けてくれたという。


 そしてジュリエットも、「略奪」が効かない体質との事。


「しばらくここに身を隠していてください。隙を見て、脱出しましょう」


俺たちは彼女の言葉に従い、隠れる事にした。そしてハルが、


「ジュリエットさんも、『略奪』効かない体質だったとは」

「私も、今しがた気づきました」


俺は、


「『略奪』効かないって事は「捕食」とか「収集」とか持ってるのか?」


と俺が効くと、


「僕らは、そう言うのは持っていません。一種の体質です」

「私も」


とジュリエットもいい、


「体質……」

「ええ、少ないですがいるんですよ。僕らは、完全に効きませけど

効果はあっても、心までは奪えないという人もいます」


スキルとか魔法とか技能を奪えても、

支配までは受けない人もいるようである。

まあ俺は、「契約」を保有しているから、全く効かない。


 ここで思い出したように、ハルは


「魔族には、支配まで受けない者たちも多いらしくて、

故に、彼女は追放されたそうですよ」


確かに支配されれば、異を唱える者は居ないはず、

支配できなかった者が多かったからこそ追放されたんだろう。

因みに魔族の話が出ると、ジュリエットは体をピクッとさせる事に気づく。


 なお、


《ハル君は嘘を付いていますね》


クラウによるとハルの話には一点だけ嘘があるらしい

それは、「体質」の部分で、あとはすべて本当との事。


(『略奪』が効かないのは、何かほかに理由があるという事か)


ただこの嘘に悪意はなく、


《事実を話せない事情があるのでしょう》


との事で、俺は、斬撃の魔女と関わる部分ではと思い、あえて聞かない事にした。


 とにかく問題は、この後どうするかだ。取り敢えず隙を見て脱出との事だが、


「略奪の魔王とはいえ、夜は眠ると聞きますし、

支配された人間でも、ずっと起きていられるわけじゃありません」


確かに眠そうにしていた。

ともかく夜になるのを待って隙を窺うということだ。

しかし、向こうにはナナシが付いてる。うまく行くかどうか、俺は不安を感じた。

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