第24話「略奪の魔王」

1「略奪の魔王」

 ライトとルリちゃんを送っていって、数日経った。

雨宮から携帯電話での連絡があり、まだ帰ってこれないとの事。


「あれから状況に変化はない。解呪がうまくいかないんだ」


雨宮達だけじゃなく、他国からも大魔導士を呼んだらしいが、

解けかけたと思えば、再度、力を取り戻すという感じで、

結局、振出しに戻るという。


「この魔法が、ナナシの仕業だとすれば、まだ時間稼ぎが、続いてるんだよな……」

「でも、ジークの一件はもう終わったぞ」

「だったら、他にも何かあるってことだ」


と言った後、


「魔機神があればな……王都とそっちを素早く行き来できるんだが」

「まだ、直ってないんだよな。お前の魔機神」

「魔機神大戦の傷は深くてな……そろそろ休憩時間は終わりだ」


そして最後に、


「とにかく、何か起こるかもしれないな」

「そうかもな」

「気を付けておいた方がいい。それじゃ」


そして電話が切れた。


「はぁ……」


思わずため息が出た、


 この時、夜叉の夢の中でのシゴキがようやく終わったばかり、

まあ彼女の言うところの理想に遠いが、最低限の状態にはなったとのことで、

いったん終了との事で、やっと楽できると思ったら、雨宮からの連絡だ。ア

イツの言う通り、時間稼ぎが続いているなら、何か起こす気だし、

どうも楽できそうになかった。


 さて雨宮から連絡を受けた直後、不穏な噂を耳にした。


「略奪の魔王が近くで目撃されたって」

「まじかよ、姫様の容態がよくないから、

クロニクル卿は、まだ帰ってこれないし……」


前にジャンヌさんが言っていた略奪を生業とする魔王だ。

仕事の受注の際に、馴染みの受付嬢からも、


「そういえば、『略奪の魔王』の噂がありますから、

街をしばらく離れるなら、気を付けた方がいいですよ。

武装に略奪防止のルーンは付けていますか?」


と言われた。


 俺は、受付嬢に


「略奪の魔王って聞いたことはあるんだが、

三大魔王の一人で略奪を生業としてるって以外、詳しい話は知らないんだよな」


と尋ねた。実際、ジャンヌさんから聞いた以上の事は知らない。


「そうなんですか、クロニクル卿から、お話は?」

「魔王とか魔族の事とか、あまり話をしないから」


と俺が言うと受付嬢は


「では、お教えしましょう」


と言って話を始めた。


 彼女の話によると


「まず魔王とは言いますが、正式には魔王ではありません」

「じゃあ、白の魔王のように、通称魔王って事か?」

「いえ、確かに魔族で族長、すなわち魔王でした」

「『でした』ってことは?」

「一族から追われた元魔王なんです」

「元魔王?」

「はい、彼女はその名の由来となる。スキル『略奪』もっていました」





スキル『略奪』

「収集」や「捕食」のように他者からスキルを奪うスキル。

手に入れるのはスキルだけでなく、

相手が習得している魔法の他、アーツのような技能も奪えるという。

「習得」に似ているが、奪うので、使われると技能を失うという。

他にも、契約に似た効力もあり、武器を自分だけのものにしたり、

他人を支配することもできる。レアスキルである。




「スキルの影響かは不明ですが、とにかく欲しがりでしてね。

他種族だけでなく、一族からもいろんなものを奪いすぎて、嫌われたそうです」


スキルや魔法、技能だけでなく、所有物や、

しまいには他人の恋人や配偶者を奪うという事まで始め、

嫌われた結果が一族からの追放だった。


「魔界から、この世界に来た時、既に追放された後だそうです」


追放に当たっては、「略奪」に対する対抗、

スキルの封印はできないとの事で、防御という事で、「略奪」を無力化する結界や、

奪われたもの取り戻す「奪還」の魔法を生み出したそうだが、

追放後も、それらの魔法を他種族はおろか、人間にさえ教えたそうで、


「他に犠牲者が出ないためと言うよりは、彼女への嫌がらせの方が大きいようで」


その嫌われぶりも相当なもの。


「そう言えば、彼女と言ってるけど、略奪の魔王って女性か?」

「ええ、見た目だけなら可愛い女の子なんですけどね」

「へぇ……」


俺の勝手なイメージだが、略奪と聞いて強面のおっさんを想像していた。


「手配書もあったんですけど、よく持っていかれて、今もないんですよ」


それだけ可愛いという事のようだ。


(もしかすると、他人の彼氏を奪うぶりっ子って感じなのか)


俺のクラスメイトにそんな感じの奴がいた。

顔は可愛かったけど、人の彼氏を奪い続けるから、

大十字を怒らせて、大人しくなったが。


「まあこの街には、結界が張られていますから、問題はないと思いますが」


なお結界の効果はスキル自体を無力化するだけでなく、

それによって得た物も無力化されるうえ、結界の中にいたものは、

外に出ても一日だけなら「略奪」の効果が無いという。


 ここで受付嬢は不安そうに、


「不安なのはクロニクル卿が居ない事ですね」

「どうして?」

「『奪還』の魔法は高位の魔法ですから、

この街ではクロニクル卿しか使えないんです。

今は結界が無事ですから、問題はありませんが、もし破られる事が合ったら……」


略奪されて、取り返せないという事らしい。


「それは大変だな」

「はい、なので略奪防止のルーンを札や装飾品で、

身に着けておいた方がいいですよ」


ただこの略奪防止のルーンは、

結界とは違い弱体化の副作用があるので、

身に着けない冒険者も多い。


「まあ、貴方が契約のスキルを持っていたら別ですが」


「契約」の他、「捕食」、「収集」は「略奪」を防ぐ効果がある。


「あとスキルの方で契約した存在も、『略奪』が効かないそうですよ」


従って俺には「略奪」が聞かないし、

俺と契約している奴らも略奪されることはない。


 ただこの事実は、言えないので、


「そうなんだ……」


と言うだけ、そして受付嬢は、俺が受注する依頼を見て、


「遠方ではないので問題はないでしょうが」


と言いつつも念押しするように、


「とにかく、気を付けてくださいね」


と言いつつ依頼書を渡してきた。


「わかった……」


と言ってギルドを後にした。


 さてこの時は何時もの様に、ベルがいて、


「随分と物騒ですね。まあ、我々には心配はないでしょうが」


と言ったが、


「雨宮が居ないと不安と言うのが気になるな。

王妃に魔法をかけてるのがナナシで、足止めが目的なら……」

「まさか略奪の魔王を嗾けて来るという事ですか」

「その可能性がな、結界とかもナナシは破壊するのは容易いだろうし」

「確かに……でも大丈夫じゃないですか?『契約』があるから、

我々のスキルは奪われませんし、私たちも奪われることはありませんよ」


彼女の言う通り、俺たちには「略奪」は関係ないが、


「奪われなくたって、厄介ごとにはなりそうだ。

例えば目を付けられて、付きまとわれたりとかな。

ナナシなら、そう言う展開に持っていきかねない」

「言われてみれば、あり得る話ですね」


ベルも、似たようなものだが、指摘はしなかった。

とにかく、用心しておこうとは思ったのだが、

そうは思うも、毎回厄介ごとに巻き込まれている気がする。


 翌日は、受注した依頼を済ませようと街を出た。

仕事は、ゴブリン退治で、夕方には終わって帰って来たのだが、

街は騒然としていた。依頼完了書を冒険者ギルドに持っていく途中、

小耳に挟んだところ。どうもエディフェル商会で、万引きがあったらしい。

人々は口々に、


「犯人は略奪の魔王だってさ」

「何でも、丁度アキラ君が店にいたから、事なきを得たそうだけど」

「恐ろしいな」


という声が聞こえた。

昨日、話を聞いたばかりだったが、さっそく現れた様だった。


(しかし万引きとは……)


妙にスケールが小さいのが気になった。


 その理由は、依頼完了書を提出した際に、受付嬢から聞く事が出来た。


「結界で『略奪』が使えないからでしょう」


言われてみれば、「略奪」とそれで得た力も使えないのだから、

やることが小さくなってもおかしくはない。


「『略奪』が使えなくとも、上位の冒険者位の力はありますよ」


今回は、万引きだったが強盗もしかねないらしい。

因みに、衛兵だけでなく異端審問官も、血眼で探しているらしい。


「とにかく、帰りはお気をつけてください」

「わかった」


と言って、ギルドを後にした。


 その帰り、事態は大きく動く。いつものように鎧を脱ごうと路地裏に入ると、

ツインテールの髪形の、十代くらいの可愛い女の子がいた。

なお腰には剣を付けていて、若き冒険者と言う感じ。

彼女は俺を見るなり、



「貴方が、黒騎士さんだよね?」


と可愛らしい声で尋ねてきた。


「ああ……君は?」


少女は、答えず。


「ねぇ、ハダリーを私にちょうだい」


ここずっと現れなかったハダリー目当ての人間の用だった。


「俺の所に居るのは、ハダリー顔の自動人形であって、ハダリーじゃないんだよ」


最初は、まだイヴの事をハダリーだと思っている奴がいたのか思った。

確かに間違いではないが、

イヴがハダリーじゃないという話の方が広まっているし、

そうなるように仕向けてきた。しかし、彼女の言動に違和感を覚えた。


 そんな彼女は


「私の目は、誤魔化せないんだから。イヴってオートマトンが、

ハダリーなんでしょ、カズキさん」

「何で俺の名前を」


ここで違和感の正体に気づいた。イヴは俺の自動人形として知られているが、

俺と黒騎士が同一人物という事は知られていないから、

黒騎士姿の俺を見て、イヴの所有者とは気づかないはずだ。


 なお少女は俺の質問には答えず、剣を抜いた。


「悪いけど、貴方には死んでもらうんだから。

ハダリーを手にいれるには、そうするしかないものね。

ごめんね」


無邪気そうな口調で、えげつない事を言い出した。

俺は、クラウを抜いた。一緒にいたベルも武器を構える。


《マスター、変ですこの少女からは、何も感じなさすぎます。

『感知』が妨害されている可能性が……》

「まさか……」


そんな事が出来るのはナナシだけ。

つまりナナシと関りがあるという事。


 更に少女は、こっちが二対一であるにも関わらず、余裕たっぷりで、


「二人相手でも大丈夫だよ。私は強いもん」


と言いながら、襲いかかろうとしたその時、


「見つけたぞ!」


と衛兵たちがやって来た。


「こんな時に」


と少女は悔し気に言いつつも、


「また今度ね~」


そう言うと少女は、何かを地面に叩きつけた。

それは煙玉の用で、周囲に煙が広がる。


「待て……」


と衛兵たちは追いかけようとするが、

俺たちも含め咳き込んでしまい、少女には逃げられてしまった。


「逃げたか……」


と衛兵たちは悔しそうに言いつつも


「大丈夫ですか?」


とこっちの事を気遣ってくれた。


「大丈夫だけど……今の少女は」

「ご存じないのですか。今のが略奪の魔王です」

「えっ!」

「手配書も回ってますよ」


と言って一枚の紙を見せてくれた。確かに少女に似顔絵があった。


「まあ街に張った手配書が、良く持っていかれますから、

ご存じじゃないかもしれませんが」


との事だが、


(しかし彼女が、略奪の魔王……)


確かに、なかなかの美少女だった。萌えと言う言葉が似合う。


 しかし、ナナシとのかかわりがある可能性があるのが、

気になった。もしそうなら厄介極まりない。

とにかく、まだ楽はできそうになかった。

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