10「逃亡先にて」

 冒険者ギルドにて、ナタリア達と会って、

当分、一緒に仕事ができないことを話した。

なお、イヴだけを行かせると言う事は出来なかった。

イヴの冒険者登録は、俺が一緒じゃないと機能しないからだ。

そして冒険者じゃない人間と一緒に仕事をすると、

あとあと、特に税制面で優遇が受けられなくなると言う


「理由は言いづらくてな。すまない。

ただ、今一緒にいると、そっちにかなり迷惑をかける事になるから」


俺は、頭を下げながら再度、


「すまない……」


と詫びた。するとナタリアは、


「こっちに、迷惑がかかるって言うなら、しかたないねぇ。

まあ最近は、上級魔獣の乱入はなくなってるみたいだけど……」


 ギルドでの冒険者たちの会話から聞いたのだが、

最近、乱入魔獣が来なくなったらしい。恐らくはデリックが

逃亡中で余裕がないからだろうが、

だが、ナタリアは、まだ不安が、残っているという感じであった。

加えて心配そうに俺に、


「一体何があったんだい?」


と聞かれたが、本当の事は言えないので、


「それは、ちょっと言えないんだ。とにかくすまない……」


とにかく頭を下げるしかなかった。


 5人は、いい人だからか、深く事情は聞かずに、了承してくれたので

正直、安堵したが、乱入魔獣の事は、気になったので、

手は打つことにした。ただ、それはズルをするような物なので、

5人は、妙に潔白な所が会って、断られるような気がしたから、

その事は、秘密にした。



 


 ナアザの街から離れた場所の、山奥にある廃屋に、

デリックの姿があった。彼はサマナヴィを手にビクビクしている。


(どうして、こうなっちまったんだ)


少し前までは、ランク外ではあったが、

冒険者として喰っていけるだけの仕事は出来ていた。

きっかけは、レッドドラゴンに襲われて、助かりたくて、使った魔法が、

まぐれ当たりで、致命傷になって、倒せてしまったことであった。

こういう事は稀にあるのだが、これは、あくまで幸運で実力外の事だから、

話のタネにしても、自分の功績としては、話さないのが普通だ。

あくまでも、幸運な事として話す。

変な誤解をされて、あとで困るのは自分なのだから。


 しかし、デリックは違い、これを功績にしようとした。

見栄を張ったと言うか、上級魔獣を死に追いやった事で、

気が大きくなってしまったといいっていいだろう。

ただ、レッドドラゴンは依頼外の魔獣で、

加えて、手配とかもされていないから、功績になることはなかった。


 そこに、やって来たのはナナシだった。

そしてサマナヴィを手に入れ、彼の人生は変わった。

ギルドを方針変更へ追い込み、サマナヴィで自作自演をし、

その功績でランク入りを果たした。

その後もランクを上げていくと、向こうから仕事は来る。

仕事は高報酬だし、サマナヴィのおかげで容易に成功するから、

金は手に入る。女にはモテる。いいこと尽くしだった。


 だが、街での騒動の所為で、今はすべてを捨てて、逃亡の身の上。

今はこの廃屋に、隠れている。食料などは、ナナシが持ってきてくれるし、

必要なものを言えば、すぐに届けてくれた。

デリックにとって、ナナシは恩人のような存在になっていた。

最初に、他の冒険者達と違って彼の事を肯定してくれたのも大きかった。

ナナシの言う通りにしていれば、何も心配はない。そんな生活が続いていた。


 ある日、ナナシが来た。いつものように、食事を持って来てくれたのだ。

ナナシは、


「隣国への出国の手筈が、手間取っている。

もしかしたら、時間稼ぎの為ここも、移動しなきゃいけないかもしれないよ

直ぐに移動できるように準備はしておいて」


と言ってきた。


「そうか……わかった……」


デリックは、少し暗い表情になりつつも、返事をした。


「じゃあね」


ナナシは、食事を渡した後、早々に去っていった。


 残されたデリックは、


(今を乗り切れば……)


新天地で新しい生活が待っている。サマナビィがさえあれば、

また冒険者として成り上がれるはずだと、思っている。

しかし、彼の最大の不幸は、ナナシに縋っているという事。

彼はまだ気づいていない、自分がナナシのおもちゃであり、

最終的にナナシは、デリックの破滅を望んでいる事に。








 デリックが消えて、少し経ったが、俺の身の上には、何もなかった。

その後も、乱入魔獣の話は聞かないし、俺自身も仕事の際に、乱入魔獣は無かった。


(やっぱり逃亡中で、余裕がないんだろうが)


しかし、何かない時に限って、嵐の前の静けさという事もあるから

警戒していたし、雨宮にも相談していた。アイツも、


「今に始まった事じゃないけど、こういう時こそ気を付けないとな」


と言った。


 雨宮への相談は、雨宮の手が空いている時間に、アイツの自室で

行っていた。その時、審問官の調査がどうなったか聞いて見た。


「俺も、探りを入れてみたんだが、進展はないらしい。

デリックに関しても、夜逃げしたってだけじゃ、

確証じゃないし、それに、暗黒教団との繋がりも出てきてない」


その影響で、捜査体制は縮小気味で、


「ルイズが専従捜査してるらしい」

「アイツが……」


ナナシかもしれない奴が、担当していると思うと不安を感じた。

すると、雨宮から、


「やっぱり、不安か?」


と言われ、こっちの様子が見透かされたようだった。


「まあな……」


と言いつつも、


「ところで、お前はどう思う?ルイズの事」


すると雨宮は、


「俺も、しょっちゅう会ってる訳じゃないから、何とも言えないけど」


と前置きをしつつも、


「一生懸命な新人って感じだが、ただ、何となくだが、

人には言えない何かを抱えてるような気がする。

まあ、勘だがな、確証はない」


勘とは言うが、雨宮もルイズには何かあると思っている。


「しかし、俺は、ナナシとは会ってことがないからな、

だから、その正体がルイズかどうかは正直、何とも言えん。

ただ、探りは入れてみたが、素性はしっかりしてるみたいだが」

「そうか……」

「まあ、相手も神だから、素性の誤魔化しなんて朝飯前だろうがな」


と雨宮は言う。


 ここで、話はナナシの事に、


「しかし、ジャンヌさんの話じゃ、

ナナシは、長年にわたって、この世界で暗躍してたんだよな。

という事は、俺がこれまでかかわってきたことにも、関与してたのかな」


雨宮が、審問官としてかかわってきた事の中には、実行しているのは暗黒教団だが、

それとは別に、黒幕の存在を感じる出来事はあった。

そして実行者である暗黒教団は、対処してきたが、

黒幕にはいつも逃げられていたという。


「じゃあ、黒幕がナナシ……」

「もちろん確証はないし、実際は関係していないのかもな。

ただ、俺に限らず、似たような経験をした連中は多い」


ジャンヌさんの話では、かなり昔から暗躍してたようだから、

かなり、多くの事に奴が関与していてもおかしくない。それに、


「この世界では、時々、歴史を動かす、正体不明の、

怪人物が出てくるが、もしかしたら、その正体もナナシなのかもな」


俺も、実際はどうなのかは分からないが、

その可能性が高いような、気がしていた。


 その後は、先に述べたように、気を付けないと言う話をして、

その場はお開きとなったが、事態が動いたのは、直ぐの事だった。






 ある日、廃屋にやって来たナナシは、


「出国の方はもうすぐなんだけど、

ここにも審問官たちの手が伸びそうなんだ。今から移動するよ」

「わかった……」


以前から言われていたから、準備は出来ていた。

そして廃屋を後にして、ナナシについていき、

新たな潜伏先に向かう途中で、


「次に移動するときは、出国の時だからね。

その時はすぐに来るから、もう少しの辛抱だよ」

「そうか……アンタには、世話に成りっぱなしだな」

「いやあ、別にいいんだよ。

君にサマナヴィを渡した責任もあるからね

やっぱり、渡したからには、幸せになってもらわないと

寝覚めが悪いからね」


もちろんナナシの言葉は、嘘であるが、そんな事が分からないデリックは、


「色々ありがとうな」


と感謝の言葉を述べつつ、


「そう言えば、アンタの名前、聞いてないな」


実は名前については以前も聞かれている。


「前にも言っただろ。名乗るものじゃないよ」


と答えた。


 その後、新しい潜伏先に着いた。そこも廃屋であったが、

前よりも小奇麗な場所であった。


「これは、当面の食料だよ」


と言って、食料の入った袋を渡した。


「どうも、ありがとう」


と再び感謝しつつも、


「まあ、名前がダメなら、余計に駄目だと思うんだけど……」

「なんだい?」

「アンタの素顔を見てみたい」


ナナシは、会って以来、鎧姿でデリックは一度も素顔を見ていない。


「ごめんね、それは出来ないんだ」


と断りつつ、


「それじゃ、もう行くね。次に来るときは、出国の時だよ」


と言って去っていった。もちろんこの言葉は嘘である。次に来るときは、

デリックにとって、破滅の時であった。









 その日、俺は、ベルと常連客の依頼で魔獣退治の仕事をしていた。

仕事自体は、問題なく終わり、報酬も貰い、完了書も貰った。

後は、帰るだけだった。


「もう、仕事は終わったのかい?」

「!」


車形態のカオスセイバーⅡを取り出し、乗ろうとして、

後ろから声を掛けられた。振り返ると、


「ナナシ……」


最後の最後で、厄介な奴が現れた。


 思わず身構えると、


「今日は、ケンカをしに来たんじゃないよ。ナタリアさんと、

そのお仲間は知ってるよね?」

「おまえ、アイツらに何かしたのか!」

「何もしてないよ。今彼らはね……」


今、5人は、魔獣退治の仕事に行っているらしい。

ナナシは、その場所を言って、


「その傍にね、デリック君がいるんだ。

5人が、彼と接触したら、どうなるのかな?」


と意味深に言って、転移で居なくなってしまった。


「どうなるって……」


デリックが、アイツらを襲うと言いたいんだろうか。

ここでベルが、


「もしかすると奴は、私の時の様に、色々と吹き込んで、

5人を襲わせようとしているんじゃ」


その一言を聞いて、俺は不安を感じた。

ベルの時がそうであるように、やっていてもおかしくないからだ。


(一応、手は打ってあるけど……)


と思いつつも、俺たちは車に乗って、助手席に座ったベルに


「なあベル、少し寄り道していってもいいか?」

「構いませんよ」


俺は、車を走らせた。

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