9「消えたデリック」

 目が覚めると朝の九時過ぎだった。今日は特に仕事はない。

そんな朝、呼び鈴がなった。


「様子を見てきます」


と言ってイヴが寝室を出ていくが、少しして、


「ご主人様、審問官の方が、来ておられます」


とイヴからの通信があった。


「審問官が!」


と思わず声を上げてしまう。


「何事ですか……」


と頭に手を当てダルそうな声を上げて起きてくるミズキ、

珍しく今日、彼女は、遅起きだ。


「審問官が来てるらしい」


と説明すると、


「街での騒動がらみでしょうか」


目をこすりながら眠そうな声で起きてくるベル。


「うるせえなぁ」


と横になったまま文句を言うリリア。

俺も、とりあえず、身支度を整えて玄関へと向かった。


 玄関には、審問官のルイズがいた。

こいつがナナシかも思っているから、どうも緊張してしまう。


「和樹さん、デリックさんがいなくなったんです」

「そうなのか、でも何で俺に?」

「彼がギルドでしつこく迫っていたと職員から聞きまして」


その職員は、受付嬢じゃないかと思った。


「もしかしたら、貴方に危害を加えに来るんじゃないかと、心配になりまして」

「それは、ありがとう。でも君が来るって事は、

やっぱりアイツは、あの騒動に関わってたのか?」

「いえ、確証はありません。私の勘です」


 その勘に従って彼女は、今朝、再度デリックの元へ話を聞きに向かったと言う。

なお住所等は審問官なら、直ぐにわかる事で、そして家に向かうと、もぬけの殻。

状況から、夜逃げの可能性があるとの事。


「でも、逃亡の前に貴方に何かしに来るんじゃないかと、これも勘ですけど」


と笑いながらルイズは言う。


「とにかく、何かあったら連絡をください」

「ああ分かったよ」


俺は、そう言って、帰って行くルイズの背中を見送った。


(ルイズが、ナナシなら、揺さぶりを掛けに来たのだろうか)


 イヴと一緒に玄関を離れると、皆リビングに

身支度を整えて、集まっていた。そこで皆に話をすると、リリアが笑いながら、


「逃げ出したなら、もう確定じゃねえか」


するとミズキが、


「そうとも限りませんよ。もしかしたらナナシに消されたのかもしれませんよ」


しかしベルが、


「何のためです?奴は審問官など恐れてはいませんよ。

そもそも、この世界の法では縛られてない存在です」


確かにベルの言う通りだ。奴は異世界の神、

この世界の神でさえも、動向をつかめないんだから。


 そうこうしていたら、また呼び鈴が鳴った。


「今度は誰だ?」

「出てきます」


と言ってイヴが玄関に向かい。


「ジャンヌ様とお連れの方が来られました」


その名前を聞いて、自室へと去っていくミズキ。


「通して」


お連れの方が誰かは、わからなかったが想像はついていて、

そして、イヴの案内でやって来たのは、ジャンヌさんと、

思ったとおり、シスター・ナイだった。


 この二人が来たという事は、


「分かってる思うけど、この件にはナナシが関わってるわ」


あの日、騒動が起きたから状況確認のため神々の領域に行って、

街の状況が見えなくなっていた事に気付いたと言う。

それは、ナナシが何かをしていて、隠していたことになる。

その後、サマナヴィの事を聞いて、乱入魔獣の事を調べていると、

奴の干渉の痕跡を見つけたとの事。


「どうも、サマナヴィの使い手の事を隠そうとしているようなの」


ジャンヌさんでも、誰の仕業かは分からないが、シスターは


「ルシファーの勘で、デリックって奴が、怪しいみたいだけど」


粛清官もデリックに目を付けたらしい。しかしジャンヌさんによると、


「デリックって人の居所は、神々の領域でも分からないの。

実は、今も奴の妨害が続いているの。この街全体じゃなくて、

この地方の所々なのよ。そこにいるんじゃないかと思うと」


そこからも、デリックとナナシのつながりが濃厚らしい。


 ここで、シスターが、


「今回の、奴の目的は何なのかしらね。

デリックって冒険者にサマナヴィを使わせて、

冒険者を襲わせてるみたいだけど……」


と言いつつも、


「まあ、奴のとっては、いつもお遊び、理由を考えるだけ無駄だとは思うけど」


俺は、


「デリックは、単純にランクを上げて成功したかった。

そして自分と同じ状況の人間を作り出して、声を上げるように仕向けた」


すべては、レッドドラゴンの撃破から始まった。

これが、依頼なり手配なりされていれば、

確実にランクアップにつながったが、そうじゃなかったから、

悔しくて、そこをナナシに付け込まれた。


 ここでシスターが、


「魔獣の乱入は私も知ってるけど、なるほど、ある程度の難度以上の

依頼で起きているのは、恐らく高ランクの冒険者に声を上げさせるため。

魔獣の乱入は、仕方ない事ってなってるけど、何度も続けば、

さすがに声を上げるからか」


ただし、ギルドの方針が変わっても、続いているのは、

自作自演を誤魔化す為、或いは高ランクの冒険者への嫉妬もあるのかもしれない。


(後は、俺に対しては色と欲……)


まあナナシが嗾けた可能性もある。


 そしてシスターは


「デリックが、いなくなった事で、

奴の目的は、次の段階にはいたんじゃないかと思うの」

「次の段階?」

「まあ、奴の事だから、特に何もしないかもしれないけど

何かが起こって、貴方は無事かもしれないいけど、

周りに迷惑かけて、結果、貴女が苦しむかも、知れないから、

今日は、気を付けるように、警告をしに来たの」

「警告……」


するとシスターは笑いながら、


「私って、お節介焼きなのよね。前もナナシがやって来るんじゃないかって、

奴がおもちゃにしていたネレイデスの子孫を見張ったたんだけど、

ひどい境遇だったからついお節介を焼いちゃったのよね」


と言った後、自虐的に


「神以外に係わることは粛清官としては、あまりよくないんだけどね」


シスターは、何となくだけど、大十字に似てるような気がした。


 ここで、ジャンヌさんは、


「私は、事情を知って、気になって様子見に来たのよ。

まあ、私もお節介ってところかしらね」


俺は、


「心配してくれてありがとうございます」


お礼を言っておいた。するとジャンヌさんは、


「ところで、今日、仕事は?」

「ありませんけど?」

「それじゃあ……」


とジャンヌさんはある提案をした。そして俺より先にベルが、


「えっ!」


と声を上げた。するとジャンヌさんは、


「もちろんベルさんも一緒よ」

「そう言うんじゃなくて……」


更に、


「シスターもどうです?」


と誘うが、


「いや、私は興味あるけど、ルシファーがうるさいから、

遠慮するわ。ナナシの調査もあるしね。とにかく警告はしたわよ。それじゃ」


そう言って、そそくさと帰って行った。ここで、リリアも


「アタシも混ぜてよね」


とノリノリで言って来る。


 この後、起きた事は、ここに記すことはできないが、

ただ、シスターの言っていた「周りに迷惑」と言うのを考えれば、

今後あの5人との仕事は、控えた方がいいのかもしれない。

そんな事を、感じた。







 


 某所にて、ナナシは暇そうにしていた。


「そろそろ、飽きちゃったな。デリックって奴にも」


取り敢えずナナシはデリックを匿ってはいたが、

見捨てる気満々である。


「暗黒神とぶつけてみたら面白い事が起こると思ったんだけど……」


どうにも期待外れだったようである。


「所詮は、小物か、まあジムも小物だけど、

あっちはなんか面白いんだよな。

でも最近は忙しいようだけど」


 そしてこの後の事を、色々と巡らせた。

一応、見捨てることは決定事項だが、問題はどうするかである。


「まあ、暗黒神にぶつけるの決定事項だけど……」


既に和樹に手を出しているので、ぶつけてるも同然、

このままでは面白みがないと言ったところ


「取り敢えず、魔獣でいい思いをしてきたのだから、

やっぱり魔獣で散ってもらうか……」


でも、やはり何か足りない。


「そうだ、最近よくパーティーを組んでいるあの5人も、

巻き添えにしちゃおうかな。フフフ……」


どうやら考えがまとまったようである。


「楽しみだなぁ、暗黒神」


今後の事が決まって上機嫌になるナナシであった。

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