3「冒険者ギルドにて」

 酒場にて、デリックは、不機嫌そうに酒を飲んでいた。そこに、


「やあ、こんばんは」


とナナシがやって来た。


「アンタか……」

「随分、不機嫌そうだね。どうしたの?目的は、達成しただろ」

「確かに、予定外の魔獣の討伐も評価対象に、なったが、

過去に遡って適応されないだろ」


だからデリックのレッドドラゴン討伐は、評価されないままなのである。


「それは残念だけど、でも君には輝かしい未来がある。

サマナヴィのお陰で、ランクも着実に上がってるしね」

「それはそうなんだが……」


と目線をそらしつつ不機嫌そうに言う。

それだけレッドドラゴンへの未練は大きい。


 ここでナナシはデリックに注意喚起をする。


「ただ、気を付けた方がいいよ。我々以外にも、

サマナヴィの事を知っている者がいるよ」

「えっ……」

「一人は、クロニクル卿だよ」

「大魔導士様は、博学と言う事か」

「彼の場合は、我々ではどうにもできないし、幸い、

一線を退いているから、こっちが何かしない限りは、何もしてこないよ」


と言った後、


「ただ、もう一人は現役の冒険者なんだよね」

「誰だ、そいつ?」

「黒騎士だよ」

「もしかして、装備だけは、立派な低ランク冒険者の黒騎士か」

「そうそう、でも装備だけじゃないよ。結構な腕前の持ち主さ」


すると、デリックは、納得できない様子で


「そうか、だったら何で低ランクなんだ?」

「まあ、奴はランクには興味がないのと、

難度の低い依頼しか受けないからだよ。低難度の仕事ばかりじゃ、

ランクは上がらないでしょ。でも腕前は確かさ」

「でも何で、低難度の仕事ばかり?」

「まあ、本人の特異な性格としか言いようがないけどね」


とは言われたものの、納得のいかない様子。


 ここで、ナナシは


「とにかく、奴はサマナヴィを知っているから、

まあ奴はランクには興味はないみたいだけど、でも気を付けた方がいいよ。

最悪、君のしてきたことが、暴かれてもおかしくないんだから」


この一言で、デリックは、不安気にしながらも、


「わかった……」


とだけ答えた。


 その様子を見ながらナナシは思った。


(これで良し、その内、不安が高じて、黒騎士をどうにかしようとするはずだ。

さてどうなるか。楽しみだねえ)


と思いつつ、兜の下でほくそ笑みつつも、ふと、いたずら心が出てきて、


「そうそう、実は黒騎士はねぇ……」


ナナシは、ある事を、デリックに話した。


 エディフェル商会の一件から、少し経った頃、

その日も、仕事探しのために冒険者ギルドに来ていた。

ベルと二人で掲示板に張り出された依頼を確認していくが、

そこには、冒険者ランクも張り出されているから、

気にしてるわけじゃないが、毎回、つい目についてしまう。


(また、変わったな)


冒険者ギルドが、新方針を打ち出して以来、

ランクの変動が大きいような気がした。

まあそれでも、上位は、あまり変わっていない。


 そしてランクを見ていると、


(この名前は……)


ふと気になる名前があったのだが、そんな時、


「ランクの事が気になりますか?カズキさん」


と馴染みの受付嬢の声を掛けられた。


「別に、ちょっと目に付いただけだ」


と言うと、残念そうに、


「そうですか」


と言った後、張り出されているランクの上位の部分を指さし、


「私としては、貴方にここを目指してほしいんですけどね」


と言われたが、


「だからそう言うつもりはねえよ」


と答える。


 すると受付嬢は、冒険者ランクを指さしたまま、


「ここにあなたの名前が、書いていたら嬉しんですけどね」

「だから、そういうつもりは無い……」


と言うと、


「残念ですね、カズキさんの腕前は、中々評判で依頼の常連がいますのに……」

「何と言われようと、俺はこのままでいく」


と俺がキッパリと言うと、彼女は、


「ベルさんはどう思いますか?」


とベルの方へ話を振った。


「正直な話、このランクの上部に、和樹さんの名前があれば嬉しいですよ」


と言いつつも、


「でも、私は、和樹さんの意向を尊重したいですから、

和樹さんが望むなら、今のままでもいいと思います」


とベルもまた、きっぱりと言った。


 俺たちの答えに受付嬢は、残念そうなまま


「本当もったいないですね。あれだけの腕前なのに……」


と言いつつも


「でも、私は願ってますから、カズキさんが、

いつか上位ランクの冒険者になるときを……」


と目を輝かせながら言う。その様子に気が引けたものの


「悪いけど、そのつもりはないから」


と言うも、


「それでも、私は願ってますから!」


そう言うと、彼女は仕事に戻って行った。


 するとベルが


「あの人、和樹さんの事が好きなんでしょうね」


と言いつつ


「正直、気に入りませんね……」


パゼットの時と同じように、どこか嫉妬に満ちた目で、彼女を見ていたので、


「ギルドには女性で登録してるから、彼女も俺が、女だと思っているはずだけど」

「もしかしたら、同性愛者かもしれませんよ」


と言いつつ、


「私は、和樹さんが男でも女でも……」


ここからは、亜神である事がバレない為の配慮か小さな声で、


「両方でも構いませんけどね……」


と顔を赤らめながら言った。しかし俺は彼女に心を許せないので、


「それはどうも……」


と素っ気なく答えた。しかし、それでもベルはどこか嬉しそうだった。


 そんなベルの事は、一旦置いておいて、再びランキングの方を見た。


(やっぱり、レッドドラゴンを倒したと言っていたデリックなのか?)


俺は気になったのは、ランキングに乗る「デリック・オーケルバリ」という名前。

前に見た時は、載っていなかったから、最近ランクインしたのだろうが、

ただ、苗字を知らないから、同名の別人の可能性がある。


 するとベルが横から


「そう言えば、このデリック・オーケルバリって人、

あのデリックさんでしょうか?」


と声をかけてきた。


「多分な、でも苗字が分からないから、何とも言えないけど……」


と話していると、


「お二人さん、俺の話をしてるのかい?」


後ろから声を掛けられ、振り返ると、

噂をすれば影が立つと言う感じで、そのデリックがいた。

そして聞いてもないのに、


「この度、レッドドラゴンを倒して、晴れてランクインしたんだ」


と言ったので、


「前のレッドドラゴンの件が認められたのか……」


確か規約を変更したと言っても、

過去まで遡っての適応はないと聞いていたので、少し驚いたが、

彼は不機嫌そうに、


「あの件は、認めてもらえなかった……」


と言いつつも、


「俺は、依頼の最中に、運がいいのか悪いのか、

偶然にもまた遭遇したんだ。そして再び倒したんだ」


一度倒せた相手なんだから、もう一度倒せてもおかしくはない。


「ところで、お嬢様がた、この後、空いてる?一杯どう?」


とナンパのような事をしてきた。


「お断り……」


と言いかけたところで、ハッとなった。


(今、こいつ、妙なこと言ってなかったか、確か……)


そして思わず


「お嬢様がた?」


と言っていた。


 するとデリックが


「君ら二人の事だよ」

「なんで、お嬢様?」

「アンタも女だろ?黒騎士」


次の瞬間、周りから、


「えっ!」


という声が上がり、ざわついた。


「なに、黒騎士って女なの?」

「まじか!」

「全然、気づかなかったぞ」


そりゃ、鎧が男性的だし、普段、他の冒険者と話をすることはあっても

性別の事は、あまり話していないし、

言動や仕草も、男の時のままだから、気づかれなくともおかしくはない。

まあ正確には、両性具有だが。


(でも、何でこいつ、女だって、知ってるんだろ)


と思ったが、思い当たる節があった。

ギルドの職員、以前、ベルに個人情報を教えた事もあるし

先も述べた通り、冒険者ギルドには、女性で登録してるから、職員なら知っている。

そして実際はどうかは知らないが、受付嬢がベラベラしゃべる姿が、

脳内に浮かんできた。


 周囲の視線が俺に集まり、何というか、気まずい感じを覚える中、ベルが


「お誘いいただきありがとうございます。

ですが今日は私たちは、これから用事がありますので、またの機会に」


と言って、俺の腕を引っ張るようにして


「行きましょう!」


と言って、俺たちはその場を、逃げるように立ち去った。


 腕を引っ張られながら少しの間、走る俺たち、


(なんだろう、結婚式の最中に、奪われていく花嫁みたい)


そして人気のないところで、ベルは腕を離した。俺は鎧を脱ぐと、


「ベル」

「すいません、出過ぎたマネをして、

でも和樹さんが困っていたようでしたから」

「別にいいんだ」


こいつには、心を許せないが、、


「何というか、ありがとうな」


あの時、気まずくて困っていたのは、事実だから礼は言っておく。

するとベルは嬉しそうに、


「どういたしまして」


と言った後、


「でも、なんか昔の映画みたいでしたね。男女の逃避行って感じの」


と言って顔を赤らめたので、こっちは何というか微妙な気分になった。

こいつとは、逃避行なんてありえないからだ。


(なんか、一言多いな)


と俺は思ってしまった。


 さてここでクラウが、


《お話し中、すいませんが、あのデリックという男、変ですね》

「どういう事だ?」

《彼は、嘘をつきました》


すると、何故かクラウ達の言葉か聞こえるベルが、


「それは、レッドドラゴンを倒したと言うところですか?」

《いえ、そこは本当です。彼が嘘をついていたのは、

『偶然にもまた遭遇した』という部分です》


他はすべて、本当のことを言ってたらしい。

つまりは、遭遇は偶然じゃなかったと言う事になる。


「まさか、あの男が……」

《先ほどは、サマナヴィの気配はしなかったので、何とも言えません。

あの場には、持ってきていないのか。或いは所有者と繋がっているのか》


ともかく、デリックには何かあるようだった。


 更に、クラウは


《あの男は、魔力量は人並外れていますが、

その才能を活かせてないのか、戦闘力は低いようですよ。

レッドドラゴンを倒したなんて、信じられないくらいです》


ただしクラウの感知では、嘘はついてなかったので、

本当だとは思われるが、


《恐らく、まぐれで倒せたのではないでしょうか》

「だから、倒したことに固執してるのか」


戦闘力が低いという事は冒険者としては、恐らく、いまいち。

だけど、高ランクはめざしたい。

そんな中、なんかの拍子で上級魔獣を倒してしまった。

評価の対象なら、高ランクになれるはずだが、

残念な事に評価対象じゃなかった。


(本来なら高ランクだから、余計に悔しいんだろうな)


そんな事を思った。


 ここで、ベルが


「どうしますか?」

「どうすると言われてもなぁ、決定的な証拠はないし、

そもそも、俺たちが、どうこうする事でもないしな」

「確かにそれもそうですけど……」

「まあ、雨宮に話をする事くらいだな」


今のところ、出来ることはそれだけに思えた。

だから、今日の所は、interwineに寄って、雨宮に相談した後、

家に戻る事にした。

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