8「在りし日の館」


「あれ?」


 先に進んだはずが、俺達は、また一階のエントランスにいた。


《転移はしてませんよ》

「じゃあここは?」

《これも一種の幻です》


それは、在りし日のこの館を映し出したもので、最初はエントランスで

主人を迎える家族、使用人の姿から始まり、場面は次々と変わっていた。

内容はと言うと、この館に住んでいたファタル家は両親と姉妹の4人家族と、

大勢の使用人が住み込みで働いていた。

この使用人たちが、後にミイラメイドになると思われる。

主人の職業は不明だが、状況から考えて裕福な家庭に違いない。


 ただ、この館に住むもので、使用人たちは違うようだが、

家族の方は、暗黒教団の信者だった。そして母親と、姉妹が、あの三人の殺人鬼。

なおミラーカの姿は無かった。


 彼女は、主人が愛人に外に産ませた子共、あと彼女も暗黒教団の信者。

ある日、この屋敷に引き取られてきた。当然、本妻と、その娘たちは良くは思わず、

父親は、彼女をかわいがったが、他の家族は、父親の見えない所で彼女に対し、

暴言、暴力と虐待した。よく聞く話だ。そして使用人たちも、彼女を無視した。


 なお旦那も旦那だが、奥さんも愛人がいて、娘たちも愛人の子だった。


(夫婦そろって何やってんだが)


そんな何とも言えない家庭環境で暮らすミラーカ、そして彼女の世話役が、

この家で使用人として働くラウラであった。


 ラウラは、単なる仕事ではなく、ミラーカの事を本気で気にかけてるようだった。

しかし、使用人の立場上か、ミラーカへの虐待を止めることが出来ず、

彼女にできたのは、ミラーカの心のケアをする事だけのようだった。

それだけでも、ミラーカの支えとしては十分なように見えた。


 そんな日々の中、自動人形の「ハダリー」がやって来た。

彼女は、辞めていった使用人の代わりとして、主人が購入して来て、

彼の専属の使用人となった。ハダリーの持つ「魅了」の所為か、主人は彼女に、

夢中になってしまい。他の家族は、良くは思ってないようだが、ミラーカだけは彼女を気に入り、


「私、あのオートマトンが欲しい」


とねだるほどであった。


「『契約』があるから、それは出来ないんだよ。だけど俺が死んだら、

『契約』が切れるから、その時はミラーカのものになるようしておく」


と約束をしていた。だが主人は、間もなく事故死した。

一応、遺言は残していたようだが、ハダリーをよく思わない家族によって

彼女は売り払われ、結果、約束は反故にされた。

ただこの事で、この後、起きる出来事に、ハダリーは無関係となる。


 そして父親の死後、彼女への虐待はエスカレートし、

彼女は地下室に閉じ込められた。ミラーカの心の支えは、その後も世話役をしているラウラと、この館に来た時から、既に持っていたマーカラと言う名の人形であった。


(どっかで見た事あるような人形だな)


 既視感がした人形は、一見可愛らしい西洋人形だが、何処か不気味な雰囲気があり

義母、義姉妹たちによる虐待の一環で、取り上げられ、捨てられることもあったが

その度に、ミラーカの手元に戻っていて、気味悪がって、彼女以外誰も触れなくなった。

俺は昔、呪いの人形を見た事があるが、この人形からは、それと同じ感じがした。


(しかし、俺たち、何を見せられてるんだろうな)

《これは、館の残留思念と言うところでしょうか》

「そうじゃなくて、何で俺たちが、それを見せられなきゃいけないんだって事で」


 不幸な生い立ちを見せて、お涙頂戴とでも言いたいのだろうか。

だが、ここまでは、前振りである事を、俺は、直ぐに知る事になった。


 さて、地下に監禁され、辛い日々を送るミラーカに対し、

ラウラは、一念発起して、彼女を連れ出そうとした。

しかし、そのたくらみは失敗し、彼女は暇を出され、その後のミラーカの扱いは、

ますます悪くなり、食事も満足に与えられず、衰弱死寸前で床に倒れていた。


 その時、マーカラ人形に異変が起きた。どこかのホラー映画の如く

目が輝き、更に声まで発した。かわいい顔に似合わない妖艶な女性の声だ


「ねえ、貴女、死にたくないわよね。私の力欲しくない?」


この状況下で、断れる人間なんていやしない。彼女が頷くと、

人形から禍々しいオーラが飛び出し、ミラーカに吸い込まれていた。


(なんだか、よく見る場面だな)


 そして、彼女は、ゆっくりと立ち上がる。衰弱してた体は、

すっかり健康的になって、目が、一瞬禍々しい輝きを見せたかと思うと

何とも、不気味な笑みを見せた。その様子は不気味ではあるが、

特に驚きは感じない。加えて、その笑みは、以前から見せていた。


 ミラーカは、家族を含め、ラウラにさえも隠れて、小動物を捕まえては、

それらを、義母、義姉妹や、ラウラ以外の使用人に見立てた上で

残虐な方法で殺していた。その度に不気味な笑みを浮かべていた。


《彼女に同情してはいけませんよ。初めて見た時、感じました。

彼女は、生まれながらの悪です。不幸な生い立ちや、人形が無くとも、

悪党になっていたでしょう》


 あと一見、人形に乗っ取られたように見えるが、これまでの事が有るから

俺には、彼女が本性を見せたようにしか見えず、

更に、その後の行動は、手に取るようにわかった。


 彼女は早速、使用人たちを、人形から得た、魔法かスキルか分からないが

何だかの力で操り、義母、義姉妹を捕らえ、散々拷問した挙句、惨殺。

内容はかなり酷く、かつて小動物にしていた以上で、一応兜は、口元が開くが、

思わず、兜を取り、思いっきりリバースした。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

《大丈夫ですか》


ちなみに目をそらしても、目をつぶったって、ショッキングな映像は見えてしまう。

そう、これが奴の目的、過去の映像で俺を不快にさせる事。不快感は、奴の餌だ。


〔こいつは強力だから、たとえ私に切り替えても、分析には、一日掛かるわ。

ごめんなさい〕


 家族を惨殺した後は、使用人たちも、互いに殺し合いをさせて、全滅させた。

その惨状は、モザイクもの、映画なら成人指定、国によっては、

上映禁止は間違いない。なお俺は、再度リバースした。


 なおラウラは、暇を出されたものの、心配になって館に戻って来た。

そして惨劇を目撃した。ただこれまでの事が有ったからか、

ミラーカは、ラウラには手を出さなかったし、ラウラも、脅されるとかそういう事もなく、この事を、黙認した。


(この状況を、黙認できるとは、彼女も、恐ろしいな)


 その後、死体はミラーカが、魔法陣に吸収、そうあの洞窟の時の、暗黒教団の信者たちと似たよう感じで処理していった。

以後、暫くの間は、ミラーカとラウラは屋敷にて、二人で暮らしていた。


 「ここまでなら良かった」と言っていいのか、復讐を肯定する大十字なら、

そう言うだろう。しかしミラーカは、収まらなかった。

その後も人形から得た力を使って館に、人を誘い込んでは、惨殺を繰り返した。

流石に、これにはラウラも、黙っていることは出来ず。


「お願いします、お嬢様。この様な事はお止めください。家族と、使用人たちで

もう十分でしょう」


だが、ミラーカの返事はと言うと


「こんな楽しい事、止められませんわ」


そして彼女は、不気味な笑みを浮かべる。ミラーカは完全に、

快楽殺人者となっていた。更に、彼女は笑顔で、こうも言った


「新しいおもちゃ、期待してるますから」


俺には、何となく、助けを呼んでも無駄と言ってるように思えた。


 ラウラも、同じ事を思ったのか、助けを呼ぼうとはせず、

ある日、決意に満ちた目で、ミラーカのもとにやって来て、優しく彼女を抱きしめ、


「ともに参りましょう」


と言うと、ラウラは呪文の様な物を唱えた。次の瞬間、二人の体は炎に包まれた。


《パイロ・スーサイド……》




「パイロ・スーサイド」

生贄魔法の一つであるが、他人ではなく、自身の命を犠牲に、対象を業火で焼く。

使用時は、対象に密着して使用し、発生した炎は、使用者も燃やすが、

他には燃え移らない。なお、威力は強力で上級魔獣でも灰にするほどだが、

初心者でも簡単に使える魔法である。

ただ、ある時期、この魔法を使っての心中が相次いだので、

現在では禁呪になって、使う人間もほとんどいない。



クラウの話では、昔は広く知られていて、冒険者が、仲間のピンチに

この魔法で、自分を犠牲にして助けると言うのが、よくあったそうだ。


 炎に包まれながらも、ミラーカは笑っていた。


「私達は、どこにも行けない……」


彼女の言う通り、二人は、死んだものの、ミラーカは怨霊となり、

ラウラも、彼女に捕らわれ、この地にとどまった。そして同じことが繰り返された。

俺たちが戦ったゾンビは、彼女の生前死後も含めて、

館に誘い込まれ犠牲になった者たちのようだ。


 その後、ラウラは彼女の支配を受けながらも、迷い込んだ人々を助け、

何人かを脱出させていた。そして逃げのびた人間の通報によるのか、大規模な討伐もあったが、失敗に終わり、以降、誰も寄り付かなくなった。

俺達の様な事情を知らない者たちを除き、まあそう言う人々も、あまり来ないので、

結果として、ミラーカの力は枯渇した。


(そういや、フルパワーの『周辺把握』では、何も感じなかったが、

弱まっていた所為なのか)


 ただ、あの時は、じっくり確認した訳じゃないから、

気づかなかっただけかもしれないが。


 気が付くと、殺風景な大広間にいた。なお先は行き止まりである。

そしてまだ気分が悪くて、再びリバースした俺に


「大丈夫ですか?」


声の方には、ラウラがいた。だいぶスッキリしたので、


「ああ……」


答えながら、兜をかぶった。大分、奴に餌をあげた形になっただろうが。


 さて「協力者」には二つのタイプがあるという、一つは、逃げる手伝い、

つまり館から脱出の手引きをする人。もう一つは、主人を倒す手伝い。

主人の元に敵を手引きする人。さっき見た館の記憶では、

彼女は前者のようだったが、今は、後者のようだ。


「ご迷惑をお掛けしてすいません」


と彼女は詫びつつも、


「でも、貴女が初めてここに来た時から、もしかしたらお嬢様を、

止めてくれるのではないかと思っていました。

なんせ、力を失っているとはいえ、初めて手が出せなかった人間ですから」


彼女によると、ミラーカは力を失っていても、

屋敷に入った人間を、一人くらいは取り殺せるそうだ。

実際、ミズキを捕らえている。


「貴女は、何者なんですが?今は、随分強くなられてますが、

あの頃は、失礼ながら、あまり、お強いようには思えませんでした

なのになぜ?」


俺的には、そうは見えないが、相手は一応、幽霊と言う事もあって、

口外の心配がないと感じたからか、思わず、


「俺が、暗黒神だから」


と言ってしまった。


「はぁ?」


当然ながら、ラウラは訳の分からないと言うような

キョトンとした表情を浮かべる。


「おかしな事言って、すまん。忘れてくれ」。


 この直後、


「キャッ!」

「えっ!」


突如、彼女が吹き飛ばされ、壁に貼り付けになった。そして、


「いつも、余計な事ばかりしてくれますわね。ラウラ……」

「ミラーカ……」


現れた彼女は、最初に見た時と同じ姿であるが、手にはミズキの小箱を持っていた。

俺は、除霊弾切り替え、銃を向けた。


<待って、奴の周辺は、強力な結界を張ってあるわ。弾の無駄よ>


俺は銃を降ろした。


 彼女は、こっちの様子に触れることなく話を続ける。


「まあでも、それはそれで、楽しいんですけど、ゲームは多少の邪魔があってこそ、面白いですわ」


彼女は、何処か歪んでいるような、邪悪な雰囲気を感じる笑顔を見せた。

その表情は、何処か、刃条の事を思い起こさせるものだった。


「そこで見ていなさい。貴女を絶望させてあげるから」


と言った後、彼女は、俺の方を向き


「すぐに、相手をしてさしあげたいですが、

先ずは、こいつ等の相手をしてもらいましょう」


と言って指を鳴らすと、あの殺人鬼共が現れた。更に出入り口も消え逃げ場もない。


「彼女からお聞きでしょうが思うけど、こいつらは、倒せば強くなる。

でも、今からはそう言うことは、ありませんわ」


 彼女は、右手の甲を見せびらかすように、顔の横に持ってきたかと思うと

その手に、毒々しいオーラが宿って、それは彼女の手を離れ

殺人鬼たちに宿った。


「今、貴女の恐怖や不快感から得た力を、こいつらに与えたわ。

力は時間経過で定着しますの。つまり時間が経てば経つほど強くなる」


彼女は、邪悪な笑みを浮かべたまま


「後ほど、会えればいいですわね」


そう言うと、彼女は消えた。


 そして、俺と殺人鬼共との再戦が始まった。

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