7「神に縋る者」

 一週間後、そろそろ雨宮が帰ってくる頃。その日は丁度、仕事を終えて、

居間でゆっくりしていた頃だ


「話があります」


と言って彼女はテーブルをはさみ向かいに座り、こっちをじっと見ながら


「この一週間、貴方を見てきました。悔しいですが、認めざるを得ません。

貴方は暗黒神であって、暗黒神様ではない」


と言った後、


「いや、初めて会った時、貴方の発する力に違和感はしてたんです。

私は、暗黒神様の力に触れたことがありますから

けど疑似暗黒神とも思えない」


疑似暗黒神と言う言葉が気になったが、話の続きが気になって、聞かなかった。


「まあ、あの時は、『降臨の儀』の完遂で私としたことが有頂天になって、

気にも留めませんでしたけどね」


その後、悔しそうに表情で


「あのショウ・クロニクルの話を信じるのは癪ですが、『生贄転生』

それなら、貴方の不可解な行動にも説明がつく」


ここで、彼女は、俺の目をじっと見つめながら言った。


「神の体を得た貴方に、世界はどう見えてます?」


 どうと言われても、これと言って何も浮かばない。

今日まで、いろんな事があった。元の世界じゃ見慣れないものも見た。

でも世界と言われるとどうもピンとこない。

ただ言える事があるとすれば


「可もなく不可もなくって感じだな。俺が元居た世界じゃありえないものが

あるけど、でも俺に見えるのは、ごく普通の日常だ」


すると彼女は、言った。


「それこそが堕落です」

「はぁ?」


 彼女は、妙に力の入った言い方で


「この世界は、堕落しきってるんです。正さねばなりません」


彼女が言わんとしていることが分かった。俺は思わず


「はぁ……」


ため息をつき


「いいから、そう言うのは、もう……」

「え?」


俺は、対抗心が出てきて、つい力の入った言い方で


「つーか、堕落してるとは思わない。たとえそうでも、結構な事じゃねえか

俺だって楽がしたいんだし、正そうとは思わない」


彼女は、一瞬ムッとしたが、ようだったが。すぐに余裕ぶった様子で


「まあ、あなたは、この世界に来て間もない。いずれ分かるでしょう

この世界が、いかに救いようがなく、粛清の必要があると言う事を」


彼女は、俺を篭絡したいんだろう。つまりは俺を先代の暗黒神みたいな、

つまり、自分の望む暗黒神にしたいって事だ。


 ただ彼女に言い方に、腹が立った俺は


「言っとくけど、分かる日は来ない……」


俺は彼女の目をじっと見つめながら


「たとえ世界に絶望したとして、絶対に粛清はしない。

お前の望みを叶えたくないからな」


そして俺は、更に、強めの口調で言った。


「忘れてないよな。俺は、お前を恨んでいる。お前が俺を殺したからだ!」


 しかし彼女は、余裕ぶった様子で、顔に憎たらしい笑みを浮かべ、


「フフフ……」


と笑い出したと思うと、


「アハハハハハハ!面白い冗談ですね!」

「冗談?」


当然、腹が立ってきた。しかし彼女はこっちの事はお構いなしに


「だって、私が殺したおかげで、神の体を得ることが、出来たんじゃないですか」


そして妙に力の入った言い方をし、それを維持したまま


「神の体は、素晴らしいでしょう!

たくさんの恩恵を得たでしょう!おかげで見知らぬ世界でも、

生活が成り立ってるんじゃありませんか?

そして、この前の戦いで、勝てたのだって、その力のお陰でしょう!」


たしかに、否定はできない。


「あなたは、私に感謝すべきなんですよ!」


と言った後


「とにかく私は、諦めませんから……」


と言い放った。


 この一言を、聞いた時、俺は怒りよりも、憐れみを感じていた。

そして、自然と俺は


「俺は、知ってるんだ……」


前置きとして「借用の儀」で、申請者の個人情報を知れる事を話す。


「それが、貴方の情報源と言う事ですか、そう言えば、あの時、話をしたのも

貴方だったんですよね」

「ああ……」

「神様ごっこは楽しかったですか?」


と嫌味を言ってきたが、無視して本題に入った。


「なぜ、暗黒神に縋る?お前の人生を狂わせた存在だろうが」。


 ミズキは、教団内で無能の烙印を蔑まれている。彼女を庇う訳じゃないが

純然たる事実として、彼女はむしろ有能だった。彼女は蔑まれながらも、

努力を重ね、教団の命令を恙なくこなし、また魔法使いとしても才能に恵まれ、

結果、教団の多くの陰謀をことごとく成就させてきた。

彼女は、教団を支える柱と言っても過言じゃないし、

だからこそ、神官と言う役職に就いている。


 だけど彼女は無能扱い、すべて暗黒神、刃条の所為だ。

奴が彼女に何も与えなかったから


「前にも言ったでしょう。全ては、神の試練だと」


彼女の情報を得た際に、ある魔法の存在を知って、

そこから否定材料を手に入れていた。


「違う、お前は貧乏くじを引いただけだ。試練なんて、存在しない」

「そんな事は、ない!」


と強い口調で反論してきたが、俺は、更に続けた。


「そもそも、お前は教団に、いるべきじゃなかった。

信仰を捨てて出ていくべきだったんだ。そうすればお前は大成できたはずだ

もっといい人生が遅れたはずだ」


すると彼女は、低い声で


「あなたに何が分かる……」


と言った。

 

 俺は更に続ける。いや続けなきゃ気が済まない。


「ああ、分からないね。自分を蔑み続ける奴らしかいない場所に

いつまでも、しがみ付くお前に気持ちがな」


カルト教団は、抜けたくても抜けられないのは重々分かっている。

でも彼女の場合は違う。


「お前は、教団を出ていく機会は沢山あった。手を差し伸べた人もいた

でも、その手も振り払い。時には裏切り続けた。実の母親さえもな、何故だ!」


彼女は合い変わらず低めの声で答える。


「わかってるくせに……」

「分かんねぇんだよ。情報には穴があったからな」。


 すると彼女は


「私は、生まれた時から教団いるんですよ。

そしてずっと暗黒神様のすばらしさを聞いてきたのです。

もう、私には、教団しかないんです。暗黒神様に縋るしかないんです」


絶対命令が機能した状態での返答は、紛れもない本心

だからこそ俺は、反論せずにはいられない。思わず俺は、

以前、大十字の言っていた事を口にしていた。


「そうやって、無意味に、鍵の開いた牢獄に閉じこもるつもりか

外に出て、無限の可能性を手にしようとは思わないのか」


彼女は、相変わらず低めの声で


「うるさい……」


俺は更に勢い任せに、ミズキに対し思った事をぶちまけた。


「お前は、厳しい世界に身を置いて悲劇のヒロインになったつもりで

酔ってただけだろ」。


 俺の一言は、彼女の癪に障ったようで、感情が爆発させ


「うるさい!うるさい!うるさい!」


と叫び、


「私は、暗黒神様と契約したはずなんです!

蔑んできた奴らを見返せたはずなんですよ!」


彼女は、涙を流しながら


「なのに……何でこうなるんです……」


そして俺に詰め寄りながら


「返してください……暗黒神様を……」


今にも、とびかかって来て、首でも絞められそうな気がした。

まあ絶対命令で、それは出来ないのだが、代わりに肩を思いっきり掴まれた。


「返してって言われても……」


そしてひときわ大きな声で


「いいから返せ!」


と言った後、彼女は泣きだし、俺の肩から手を放し、目を覆い隠した。

 

 何とも言えない状況になって、とりあえずハンカチ渡そうとしたが


「いりません!」


彼女は立ち上がり、


「私は、諦めませんから……」


そう言って、彼女は自室に籠り、そして部屋から嗚咽が聞こえてきた。


 彼女が去った後、自分の言った言葉が、自分に突き刺さっている事に気づいた。


(雨宮がいなくなってからの俺も、閉じこもっていたよな。

今も出れているのかどうか、偉そうに言えないよな俺……)


 そして、もう一つ、と言うか二つと言うべきか、

実は、彼女を更に地獄へ突き落す、二つの事柄を持っていた。

でも泣き出した彼女を前に、それを言うことが出来なかった。

いや正確には、一つはすでに言っているが、彼女は理解できてないと思う。

もう一つは、俺が言うまでもなく知る事になるかもしれないが。


 翌日、仕事を見つけられなかったから意味もなく散歩をして

教会の前を通りかかって、思い立って再び、聖堂に入った。

この時も、俺以外に人がいなくて、静寂に包まれていた。


「また、神に祈りに来たの?」


後ろから声をかけられ。振り返ると、あの時と同じようにジャンヌさんがいた。


「そういう訳じゃないんですけど」


と返すと


「そう……」


と言って、彼女は俺の側にやって来た。


 そして俺は自然に、彼女に、名前は伏せつつも

ミズキの事を話していた。するとジャンヌさんは


「かわいそうな人ね。でも気持ちは分かるわ。かつての私がそうだったから」


と何処か暗い表情で言って


「その女性も私と同じ神を利用している者たち犠牲者よ」


ジャンヌさんは、今度は怖い顔をしていた


「この世界には、神を利用している者たちがいる

神話や伝承、神の教えと言うのは、そいつらが作っているの」


そして、ジャンヌさんは、祭壇の方を見ながら


「私も、昔は神の教えを信じていたわ。

その教えに縋って来たと言うべきでしょうね。

でも真実を知ってしまった。その教えは神を利用している者たちの

身勝手から作られたものだった」


そして俺の方を向くと


「私は、縋るもの失って、どん底に落とされたわ。そして信仰を捨てたの」


と言った後、ミズキの事を憐れむかのように


「その子もこれから大変ね。縋るものが無くなったんだから……」

「………」


なんだか、恨みと憐れみが混ざった。複雑な感情が俺を襲う。

 

 そして


「ところで、カズキ君……」


と言って、彼女は、急に顔を近づけてきて


「なんですか?」

「この時間帯は、聖堂には人がほとんどいないの、だから……」


この後、彼女は、とんでもない事を言い出した。


「なに言ってるんですか!」

「ダメ?」

「あたりまえでしょう、そんな罰当たりな!」


これ以上、ここに居たらいけない気がして


「帰ります!」


と言って、急ぎ足で、聖堂を出た。教会からだいぶ離れた場所に来て、

彼女に、また肝心な事を聞き忘れている事を思い出したが

当分は、会いづらかった。




 その日の、昼過ぎ、駅に汽車が到着し、雨宮ショウが降りてきた

背中には、荷物が入っていると思われるリュックサックを背負っている。

彼は、改札に向かっているが、その途中、トランクを持った仮面の男、

即ち、ジム・ブレイドと、すれ違った。その際に


「久しいな。雨宮ショウ……」

「!」


足を止め、振り返るショウ。ジムも足を止めショウの方を向いていた


「お前は……」


ショウは、ある事に気づき。思わず魂の波長を読んでいた。


「!」


すると、ショウは口を押さえ、駆け出し、駅のトイレに向かい、

個室に入って戻した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


取り合えず、落ち着くと、ホームに戻ってきたが、汽車は出た後で、

ジムの姿もなかった。


「そんな……まさか……」


悪い顔色で、自宅に戻るショウ、そして自室にて、


(どうする、和樹に伝えるべきか……)


彼は暫し悩む事となった。

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