第10話「地下ダンジョン」(前編)

1「刑務所の地下ダンジョン」

 あの一件から、数週間、特に何事もなく日々は過ぎていった。

暗黒教団からのアクションも特にない。

それもそうだ、俺のした事は、ミズキの所為になっているんだから。


 暗黒教団の一件から三日後、街中で、ルイズと会った。彼女は俺に話があり

アパートに向かう途中との事だが、丁度教会の近くだったので

俺が、教会の審問官の詰所に行く事となった。

そして応接室で、ルイズと向かい合わせに座り、彼女は話し始めた。


「あなたを襲った暗黒神官、ミズキ・ラジエルが死亡したと言う

情報が入ってきまして」

「えっ?」


思わず、素っ頓狂な声がでた。あり得ないからだ。彼女は俺の契約で不死身だし

何より今、俺の家にいる。


「どうして……」

「詳しくはちょっと……」


 この後、さらに驚くべきことを言った。


「実は、最近密告が相次いでいると言う噂はご存じですか?」

「ああ……」

「その噂は本当なのですが。その密告を行っていたのがミズキ・ラジエルで、

それが原因でちょっと……」


それ以上の詳しい内容や情報源は秘密、ただ俺がミズキの被害者だから、

彼女の死だけは伝えようと言う事だったらしい。


 これが、ミズキを地獄に落とす情報の一つである。

つまり彼女は、教団から裏切り者の汚名を着せられたうえ死亡扱いされ、

帰る場所がないと言う事。


 その後、帰って来た雨宮に、ミズキの確保と密告の事を含め、

一連の出来事を話した。これは、雨宮の自室で話した。


 なお雨宮も俺の友人と言う事で、審問官からミズキの話を聞かされたそうだ。

更に雨宮は元審問官で、今も信頼が厚い。その為、更なる情報を

教えてもらっていた。


 それによると、情報源は、暗黒教団に潜入している審問官からで

その審問官も。話を聞いただけであるが、ミズキは密告がバレあの洞窟で、

信者を集めての粛清となり、その執行役が、あの爺さんだったが

抵抗し、他の信徒も巻き込んで、大爆発を起こし、

二人はおろか、信者の多くが巻き込まれて死体さえ残らなかったと言う内容。


「裏付け調査だと、情報にあった洞窟、お前が教団と対決した場所は、

消滅して、クレーターみたいになってるそうだ。

あの様子だと死体が残ってなくても不思議じゃないとか」


後日、あそこにもう一度行ってみて、その通りである事を知る。

 

 もちろん事実は違う訳で、雨宮は俺の事を信じてくれるようだが


「ミズキの件が、何だか陰謀であったとしても、

お前が暗黒教団とやりあったと言う事実は無くなったわけだから、

当面は報復の心配は無いし、お前にとって、事は有利に働いている」


との事だが、雨宮の言葉を聞いて、肝が冷えた。

こういう連中と揉めて、えげつない報復を受けた人の話を

テレビで見たことがあるからだ。

自分だけじゃなく家族、友人、関わっている人間、全員被害にあうのだ。


 あの時も、大十字はカルト教団を、やりすぎじゃないかと思うくらい

徹底的に叩き潰した。それこそ根絶やしにするかの如く

それは報復の可能性を危惧したからだった。おかげで、特に何もなかったけど。


「一見、良い事と思えることだって、裏がある場合も多いから、

気を付けないといけないな」


ただ、今は様子見と言う事。


 そして何事もない日々の中、動きは唐突にやって来た。

始まりは冒険者ギルドの掲示板からだった。


 その日は、掲示板に妙に人が集まっていた。俺はふと気になって、

掲示板の方に行くと、一段と大きい張り紙が張られていて、そこには

異世界の文字で、日本語に訳すると


「ラビュリントス刑務所。地下ダンジョン、一般開放のお知らせ」


と言う文言と日付が書かれていた。ただ人が集まってるんで下の方が見えない。

 

 見ていた冒険者たちは口々に、


「いよいよ、今年も来たわね」

「今年こそ、ダンジョンマスターが出るか」

「俺狙うぜ」

「まあ攻略できなくても、がっぽり儲けれるしね」

「楽しみだな」


と言っているが、中には


「今年も、良い男だらけね」

「カワイ子ちゃんもいっぱいいるぜ」


と言う声もあって、最後は何言ってるのか分からなかった。


 ここで、馴染みの受付嬢が


「貴方も挑戦してみてはいかかです?」

「何の事だ?」

「ラビュリントス刑務所の地下ダンジョンですよ」

「ダンジョン?」

「ご存じないのですか?」



「ダンジョン」

魔獣たちの巣窟になっている巨大な地下空間。生息している魔獣は

その場所で、生まれたものもあれば、他の場所から転移してくるものも

あるので、決してなくなることは無い。

また所々に宝物が置いていたり、また倒した魔獣が宝やお金を吐き出すたりと

不思議な現象が起きたりする。

このダンジョンを攻略した者をダンジョンマスターと呼ぶ。


「ラビュリントス刑務所」

辺境の地にある巨大な刑務所。その地下にはこの国で唯一のダンジョンが存在し

中に入って、魔獣退治をしたり、宝物を見つけたりするのが刑務作業の

代わりとなる。





 受付嬢はダンジョンと刑務所の話を一通り説明すると、


「年に一回、そのダンジョンを一般の冒険者たちに開放するんです。

どうですか、低級魔獣を倒すだけでも良い小遣い稼ぎになりますよ

それに、ダンジョンマスターになれば、

ランクも一気に上位10名の一人になれるかもしれませんし」


とは言われたが、あまり興味は持てず、受付嬢にはその事を伝えた。


 その日は、仕事を見つけることが出来ず、一旦帰って、家で過ごした後

夕食を食べにinterwineに向かい、カウンター席に座って、食事をとっていると


「カズキさん。となり、よろしいですか?」


馴染みの受付嬢がいた。


「良いけど……」


そう言うと、彼女は俺の隣に座りメニューを読み始めた。


(前にも同じことがあったな)


 暫くして、カウンターにいた雨宮が


「たしか君は、ギルドの受付嬢だったね。注文は決まったかい?」


と声を掛けた。


「はい」


と言って彼女は料理を注文しつつ


「そう言えば、大魔導士集会はどうでした?何か新しい発表とかありましたか?」

「そうだな、メディスさんから新薬の発表とかがあったけど……」

「『製薬の魔女』の……」

「後は、いつもどおりかな」


これは、この前、雨宮が参加した大魔導士の集まりに関することだ。


「大魔導士集会」

年に2度、それとは別に臨時で行われることがある

世界中の大魔導士がやってくる集会。同じ場所に一同が集まるのではなく

各国の大魔導士が、それぞれの国で決められた場所に集まり

それらの場所を、通信魔法で繋げて行われる。

中には自宅から通信魔法で参加する大魔導士もいる


 前に、この集まりについては、雨宮から聞いていた。


「表向きは、大魔導士が、自身の成果を発表する場となっていて、

実際に研究者や芸術家とかは、自身の成果を発表したりするけど、

俺みたいに、発表する物がない大魔導士も多いから、こんなこと言ったら悪いけど、

殆ど老人会の集まりだよ。近況や、世間話をするくらいだし」


との事で、雨宮は、いつも通りとは言ったものの、

俺が聞いた話では違っていた。


 成果の発表もあったものの。今回、暗黒神への今後の対策で、

白熱した議論となったらしい。大魔導士たちの間でも、暗黒神の復活は

確定的な事として共有されている。

ただ結局、最後は、何かあった時の為に、連携を密にしていくと言う話で終わり、

具体的な対策を何一つ示せぬままだったと言う。

 

 なお、暗黒神に関する話は箝口令が引かれているから、雨宮は、受付嬢に

いつも通りと言ったのである。ただ、当の本人つまり暗黒神である

俺には漏らしている。


 受付嬢からの注文を受けて、準備の為、雨宮は厨房の奥へと言って

少ししてから


「ラビュリントス刑務所の件、私としてはお奨めだと思うんですけどね」

「前も言ったけど、興味はねえよ」


すると、ワザとらしく、悲しげな表情を見せつつ。


「そんなこと言わないでくださいよ。私、貴方の事、応援しているんですから」

「応援って……」


この受付嬢は、デモスゴートの時もそうだが、時々、

俺に高難度の依頼を進めてくるし、

その度にランクの順位を上げるべきだとも言ってくる。


「いつまでも、新人冒険者ではいけません。貴方はもっと上を目指すべきなんです

それに見合うだけの力も持っている。これはいい機会なんですよ」

「上を目指すって、言われても、俺さあ、今の状況に満足してるから、

それ以上は求める気はねえよ」


すると、彼女は、紙を取り出すと、俺に無理やり押し付けながら


「とにかく、考えておいてください」


と言った。ちょうど、その時


「お待たせしました」


と言って、ハルが料理を持ってきた。

すると彼女は、あっという間に食事を平らげて、お金を払って出て行った。


 そして、食器を片付けながらハルが、さっきまでの話を聞いていたらしく


「冒険者は、未だに男社会なところがありますからね。

そんな中で活躍している女性を応援したくなるんじゃないでしょうか?」

「そうかなあ」


ギルドに出入りしていると、冒険者は、女も男も半々な気がするし

それにランキング上位は、半分が女性だし、それに、今の1位は女性だ。


「むしろ、女性が輝いてる様な気がするけど」


 ちなみに俺はギルドでは、鎧姿でいる事が多いから、女性扱いされることは無い。

実際は、女性ではなく両性具有なんだけど。

あとハルは、俺が暗黒神である事、両性具有な事は知らないが、

元男である事は知っている。


 俺は、ふと彼女が、渡してきた紙を確認した。

もしかしたら思ったが、掲示板に貼っていた地下ダンジョンのお知らせである。

もちろん、掲示板の物じゃなくて、そもそも掲示物は

配布用の予備があって、受付で頼めば、同じものをくれる。

彼女が渡してきたのもそれだろう。


 そして、紙を確認していた俺は、下の方、ギルドで人が邪魔で

見えていなかった部分を見た。そこには、こう書かれていた


「ダンジョンマスターになられた方には、副賞として奴隷をこの中から一名進呈」


又は、賞金、金貨であるが、日本円にすると500万円相当になるだけの

料をくれるとの事。


 この時は、まだ知らなかったが、この世界では、奴隷制が存在する。

この国では、ほぼ撤廃状態であるが、それでも刑罰に一旦として残っている

ちなみに、奴隷として取引される人間は、死刑以外の犯罪者である。


 そして、紙には奴隷候補の似顔絵があった。全員、美男美女で

あの時、冒険者たちが、カワイ子ちゃんとか良い男って言っていたのは

奴隷候補の事であるが、その中に見た事ある顔が


「えっ!」


思わず声を上げてしまった。


「どうした?」


俺の声を聞いたのか、雨宮が声を掛けてきた


「これ!」


と言って紙を見せた。


「ああ、ラビュリントス刑務所の……」

「ここ!ここ!」


奴隷候補の似顔絵の一人を指さす。 


「この子は!」


そこには、幼さが残る可愛らしい顔、十代半ばくらいに見える少女

ただ絵は色がついてないから、髪の色こそ分からないが

それは、かつて「ハダリ―」を盗み、そして俺を襲った賊の似顔絵であった。

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