3「呪いは続く」

 interwineに戻ると、店の外に辻馬車が止まっていて、

店に入ると従業員のハルが、


「クロニクル卿!」


と血相を変えてやって来た


「どうしたハル」

「お客様です……」


 そして、俺は一角にいるその人に気づいた。


「公爵婦人……」


あの公爵婦人が、店に来ていた。


「今日は、近くにまで来たもので、久々に、こちらで、お食事でもと思いまして」


 そして俺の方を見ると


「カズキさん、お食事は?」

「まだですか」

「では、ご一緒していただけます?」


と言う訳で、夫人と食事を共にすることに


 食事の傍ら、夫人と話をした。内容は「ハダリ―」、ようはイヴに関する事だ。


「あれから、彼女は、どうしてます?」


普段は、スリープ状態と言うのは、貰い物をほったらかしと言うに等しいから


「ええ、食事を作ってもらったり、忘れ物を届けてもらったり、

この前は、仕事の手伝いもしてくれたし、役に立ってくれていますよ」


と話した。嘘はついていない。ただどれも、一回きりであるが


「お仕事……確か、カズキさんのお仕事は冒険者でしたわね?」

「はい……」


 別に夫人を立てようとか、そう言う気はなかったのだが、

話の流れで気を利かせたと言うか

何んとなく相手に喜んでほしいなと思い、話を続けた。


「実は、彼女、今はイヴと呼んでいますが、戦闘機能が付いてたんです。

つまり彼女は『ハダリ―』ではありませんでした。

貴女のした事は正しかったんです。」


夫人は、少し考え込むような仕草をしつつも


「そうですか……それは良かった」


 夫人の仕草が少々気になったが、それよりも、二度目と言う事もあり、

緊張が和らいでいた俺は、聞いてみたかった事を聞いてしまった。


「その……貴女はどうして、彼女を手放したかったんですか?」


 すると、夫人は暗い表情を浮かべた。

ここで聞いてはいけない事を聞いてしまったんだな

と思ったものの、もう後の祭り。


「……彼女が、夫の愛人ではないかと思いまして」

「愛人……」

「もちろん、確たる証拠はありませんわ。当人も亡くなってる事ですし」


 夫人の話では、夫である公爵は、亡くなる一年前から、夫婦間の会話が減り始め、

公爵が病で倒れる前あたりは、会話が全くなく、

更に「ハダリ―」が見つかった倉庫に、

整理と称して籠る事が多くなって、食事の時と寝るとき以外は、

会う事も少なくなって、家庭内別居状態だったそうだ。

雨宮が言う、急におかしくなったと言う話は、ここから来ているらしい。


「ある時、思ったんです。夫に愛人ができたんじゃないかって」


 病で倒れ、亡くなるまでの二週間ほどは、夫人が看病していた関係で、

会話は戻っていたそうだが、どこか上の空だったそうだ


「早いうちに、あの倉庫を確かめておけばよかったのでしょうが、正直なところ、

怖かったのです。それに夫を信じたいと言う気持ちもありましたし」


 そして「ハダリ―」が見つかった時、夫人は直感したそうだ。

彼女が夫の愛人だと。


 過去の「ハダリ―」の記録にもあるように自動人形は、

人に近い存在であるから、そういう関係になっても

別段おかしい事じゃないという。


「そう思うと、家に置いておきたくなくて、正直なところ、解体してしまいたい

と思いましたけど、実行する気に話なれなくて」


話を聞いた俺は、直ぐにそれが「魅了」の所為だと思った。


「かと言って、捨てるのもどうかと思いますし。だから泥棒が盗んでいったときは、幸いだと思いましたわ。ただ他にも盗まれたものがあったので腹立たしくはありましたけど……」


 ここからは、夫人は笑顔を浮かべつつ


「まあ、盗まれたものは帰って来て、カズキさんが『ハダリ―』目当てじゃなく

引き取ってくれて、それに、お役に立っているとの事で、本当に良かったです」

「いえ、こちらこそ、彼女を譲ってくれて、ありがとうございます。」


 あまり使ってないし、トラブルの原因にもなったけど、

彼女が良いものである事には違いないと思うから、この感謝の言葉に嘘はない。


 その後、食事を終えると、夫人は


「今日は、御一緒していただき、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ……」


しかも、こっちの食事代まで、払ってくれたので、夫人に再度お礼を言い、

頭を深々と下げた


 そして、夫人は


「また、次の機会に」


と言って去っていった。


 後日、審問官の元に、向かい少女の事を話したが、その後の進展はなく、

日々は過ぎて行った。関連はあるか不明であるが、町はずれの路地裏が、

血で真っ赤に染まっていたそうだ。ただ死体はない。


 賊の正体は、分らないまま、そしてなぜ契約したのかも、あと暗黒教団の目的も


「まあ、いっか……」


 日が経つにつれ、どうでもいいと言う気になっていた。

それに俺の家にいるのは「ハダリ―」じゃないと言う事になってるわけだから、

これ以上、連中も手出しはしないだろうし、


 最近は、料理を作ってもらう事が増えた。夫人と次に会った時に、

返答に困らないようにとの事もあるが、以前から、雨宮に、

せっかくもらったものであるから、

使わないと失礼だとの言われていたという事もある。


 ただ、彼女を稼働させている時間が増えてくると、

妙に彼女を意識してしまうようになったのが困りものだが

 

 そして部屋で料理を作る彼女を見ながら、ふとこんなことを思った。


(呪いか……)


 スキル「魅了」を取り除き、俺のもとにいる事で「引寄せ」は効果がないので

彼女の呪いは解けたことになるが、果たして、そう言えるのだろうか。


 後に、「引寄せ」の不幸に関わっている可能性が否定され、色恋沙汰以外の不幸が偶然である可能性が出てくるのであるが、しかし、俺はこの時点で、

なんとなくであるが数々の不幸のすべてが、二つのスキルによるものだったのか、

疑っていた。


 俺と雨宮は、大十字と関わって、本物の呪いを見たことがある。

同時に、関係ない事まで、その呪いの所為になっていくところも見た事がある。

そして大元の呪いを解いたとしても

解けたことを信じてもらえず、呪いは続く、嘘の呪いとして


 嘘の呪い、それは、人々の心の中にしかない呪い。思い込みから来る負の感情。

大元に呪いがなくとも生まれると言う。


 大十字曰く、本物の呪いは、一般人にはどうしようも無いもので、

対処できる出来る人間は限られているものの、どうにでもなるものだと言う。


 しかし嘘の呪いは、人の、人々の心の中の問題、

呪術や、怨霊をどうにか出来たとしても、

心の問題までは、どうにもできないことが多い。特に、長い年月をかけていれば、

余計に。たとえそれが悲劇を生むことがあったとしても、

だから呪いは嘘でもバカにできない。


 まあ本物の呪いも、人間の負の感情が関わっているわけだから、

似た者同士、と言うか、呪いに、本物も嘘もないのかもしれない。


(呪われた自動人形か……)


 長い年月かけて、人々植え付けられてきたんだ。これからも、

「ハダリ―」の呪いは続いていくのだろう。人々の心の中で


「まあ、俺には関係ないか」


と自然と口にしていた。考えてみれば彼女の呪いがどうあろうが、

俺には関係ない事。


 それに今俺の側にいるのは「ハダリ―」じゃなくイヴなのだから。

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