2「お茶会」

 屋敷に着くと、公爵婦人とその使用人が出迎えてくれた。

オレンジ色のドレスを身にまとっているその人は、失礼ながら想像と違って、

随分と若いように感じた。


ブラウンのウェイブの掛かった髪に、綺麗顔立ちに、優雅な雰囲気。

ほんと貴婦人と言う感じだろう。余談だけど、亡くなった公爵は入り婿との事。


 俺達が全員であいさつした後、夫人は確認するように


「あなたが、カズキさんね」

「はい……」


雨宮の為にも、阻喪があってはいけない俺は緊張しながらも俺は答えた。

その後は審問官との事務手続きを始め、盗品の確認も行なった。


 そして譲渡証明書の準備をして、夫人がサインを書くとした時


「カズキさん」

「何でしょうか……」


突然、夫人に声をかけられ、緊張する俺


「あなたは、あの子が『ハダリ―』だから欲しいの?」

「それは……」


この時、緊張して、何を言っていいのか、わからなかった。そんな俺を見て、雨宮は


「公爵婦人」


と助け舟を出そうとしたようだったが、夫人はそれを制するように


「クロニクル卿、私は、カズキさんに聞いているの」


そして俺は、誤魔化しの言葉が浮かばなかったので、本当の気持ちを話した


「『ハダリ―』であるかは関係ありません。それ以前に、

欲しいか欲しくないかでもないんです。ただ、契約状態になってしまって、

返しにくいと言いますか、その……」


すると夫人は、どこかほっとしたように


「そう、よかった」


そして夫人はサインをし、立会人の雨宮に、用紙を渡し、

雨宮はよく読んだ後サインをした最期に雨宮は俺に渡して


「ここにサインすればいい」


と言って用紙の一角を指し示した。


「わかった」


そう言って、俺はローマ字で「KAZUKI」と書いた。

 

 俺がサインをすると夫人が


「これで、あの子は、あなたのものよ。カズキさん」

「ありがとうございます」


と俺はお礼を言った。


 これで用事は済んだわけだが、即帰ると言う事にはならず、

公爵婦人に勧められるまま、お茶会になった。


「紅茶とニホン茶どちらがよろしくて」

「日本茶で……」


何の気なしに、ついそう答えてしまったのであるが、その瞬間、空気が凍ったような気がしたが、夫人が嬉しそうな笑顔を見せつつ


「では、私もニホン茶で、クロニクル卿は?」

「……日本茶でお願いします」


審問官たちも日本茶を所望し、夫人は使用人に日本茶を入れるように言った。


「良いですわね。ニホン茶、私、昔から紅茶が大嫌いで……」

「そうだったんですか……」


と少し驚いた様子。後に知るが、雨宮は夫人が、

紅茶嫌いで日本茶が好きと言う事を知らなかった

 

  日本茶と言っても、紅茶を入れるようなティーカップで出された。味は良く、

一緒にお茶菓子として出されたクッキーもおいしかった。


 なお紅茶は、この世界にも、存在していたが、日本茶は、異界人

つまり俺たちの世界から持ち込まれたもので、浸透はしてきているが、

まだまだ紅茶が主流で、貴族の茶会は、基本紅茶で日本茶は、

マナー違反とは言わないが、場違いな物らしい


だから夫人はいつも我慢して紅茶を飲んでいたとの事。


 茶会の間、以前から知り合いである雨宮と、

ジェニファーも夫人と知り合いだったらしく

主にこの三人で話が、弾んで、俺とルイズは蚊帳の外と言う感じだった。

途中、夫人から今の仕事について聞いてきたので、

「冒険者」をしていることを話した。

 

 なお雨宮達の会話は、ほとんど雑談と言うか世間話でと言うか、ふと


(近所のおばちゃん……いや爺さん婆さんのおしゃべりみたい……)


とかなり失礼な事を考えていた。

 

 丁度その時、使用人がやってきて来客が来たことを伝えに来た。

その人物が誰か聞くと


「また来たのね……帰ってもらいなさい。あと『ハダリ―』はもうここにはない、

人に譲ったって伝えておくよう」

「わかりました」


そう言って使用人は去っていった。


「まったく……」


不機嫌そうな素振り


「あの……」


と雨宮が恐る恐る声をかけると


「ごめんなさいね。空気が悪くなってしまったかしら」

「いえ……そんな事は」


そして、夫人は、


「最近の多いですのよ、『ハダリ―』を売ってほしいと、言う人が、

本当、次から次に……」


さっきの来客もその一人らしい。その流れで、これまでの経緯を話し始めた。

 

 それによると、一か月前、屋敷の大掃除が行われ、その際、倉庫で「ハダリ―」は

その名前が書かれた箱に入り停止状態で発見された。

 

 ちなみにその箱は、盗難時、館に残されており、

今後は物入に使いたいので渡せないとの事。


「3年前に、私が倉庫を確認した時、あのような箱はございませんでした。

ただあの倉庫は夫が管理していまして、特に亡くなる直前は入り浸っていましたわ」


そして大掃除の際、臨時で何人か雇っていたのであるが、

そこから話が漏れたらしく、

以降、購入希望者が何人も館にやってくるようになったという。皆、高値での買取、


しかし


「毎回お断りしているのですが、皆様しつこくて」


この時、俺は緊張がだいぶ和らいでいたので、夫人に尋ねた。


「どうして売らなかったんですか?」


 夫人は、『ハダリ―』を手放したかったようだったので、疑問に感じたから、

すると夫人は


「私、マジックドールには、詳しいんですの。もちろん『ハダリ―』の呪いも知っています。私は、あまり信じていませんけど、噂の域を出ませんから」


と言った後


「そもそも、彼女は『ハダリ―』なんでしょうか?」


 夫人によると、「ハダリ―」も含め自動人形の多くは、作者を指し示す証明、

サインの様なものがない。その上、彼女の容貌は、マジックドールで広く使われ、

自動人形でも何体か使われている上、

その中には、名前も同じにした偽物もあったと言う。


 彼女がオリジナルの「ハダリ―」なのか確かめる方法としては、

これまで伝えられているいくつかの特徴を確認しなければならない。

最大の特徴としては「契約」スキルを持つことであるが


「数は少ないとはいえ、すべてのオートマトンが知られているわけではありません。

人知れず、『契約』スキルを持っているものがいても不思議ではないでしょう」


 他の特徴の確認にするには稼働させなければ、ならないらしい。

それがいかなる物かはこの時点では聞きそびれたが、

ただ稼働させるには「ハダリ―」との「契約」が必要となるので、

事前確認ができない。


  故に、夫人は、彼女を「ハダリ―」だと確信を持つことができなかった。


「相手が、『ハダリ―』を求めるからには彼女がそうであると確信できない以上、

売るわけにはいきません。あとで文句を言われると心苦しいですし」


 この瞬間、あの時、夫人が言った事、俺の回答を聞いてからの、

あの様子の意味が分かった気がした。俺が「ハダリ―」求めていなかったから、

心置きなく、譲ることができると言う事だったのだろう。


「でも、『ハダリ―』を盗んだ賊が、『違う』と文句を言いに来ても、

心は痛みませんわ。盗みは、自己責任ですから」



 この後は、雑談が続き、そして会はお開きとなった。そして館を出る際に、

俺は、壁に飾られてる絵に気づいた。絵には男女が描かれて入り、一人は随分と年配の男性、もう一人は夫人だった。そこから、男性が公爵で、

これは夫婦の自画像ではないかと思った。


 夫人に、さよならを言って、俺たちは待たしていた辻馬車で、館を後にし、

帰る途中の馬車で、壁にかかっている絵の話をした


「確かに、あの絵は夫婦の自画像だよ。多分書かれたのは、ここ最近だと思うな」

「そうか……それにしても、公爵夫妻は歳の差夫婦だったんだな」


すると雨宮が


「夫妻は、同い年だよ」

「え……だって……えっ……あっ……もしかして、あの人も、大魔導士」

「違う、夫人は疑似不老だ」


「疑似不老」

内臓や骨、脳など、体の中は、老化するものの、外観が、まったく老化しない事

エルフ全般に見られる現象であるが、何だかの要因で、

人間がこういう状態になる事はある。

なおエルフの場合は人間よりも体内の老化が遅い


「夫人の場合は、体内の老化がエルフ並みに遅いんだがな」

「でも、何で?」


と俺が聞くと


「それは、俺と口からはちょっと……」


と言って、雨宮はそれ以上、話してくれなかった。気にはなったが、

俺もそれ以上は聞かなかった。聞いてはいけないような気がしたからだ。


 馬車で、家まで送迎を打診されたが、着替えおいてきたと言う事があったので一旦

interwineへ、そして着替えを終え、クラウも装備、そして化粧も落としたが、

そこからは家まで近いので、結局、送迎は断り、「ハダリ―」と一緒に帰った。

あと賊が捕まっていないので、しばらく護衛が着くとの事。



 町の教会内、審問官の詰所があった。もどって来たジェニファーとルイズは、

それぞれ普段の格好に着替えた後、中間報告書をまとめて、


「それじゃ、書類、提出してきますね」


とルイズは書類を持って部屋を出ようとした時


「ちょっと待って」


呼び止めるジェニファー


「なんでしょう?」

「貴女、カズキさんの性別知ってる?」

「何言ってるんですか?」

「答えて……」


ジェニファーの言葉に、ルイズは困惑した様子で


「女性……ですよね」

「そうよ、けど貴女、ドレスを着る事を渋る。あの人にこう言ったわね

『異性装に抵抗がある』って」

「!」


ルイズの表情が強張った。


「ドレスを渋る女性に、『異性装に抵抗』なんて言わないわよね。

ドレスは女性の服なんだから」

「それは……その……」

「カズキさんの、元の性別の事は、まだ貴女には話してないはずよね」


するとルイズは、ジェニファーをじっと見つめながら


「前任者からの引き継ぎ書、一緒に読んだじゃないですか」

「何言ってるの読んだのは……私……一人……」


ジェニファーの目がだんだん虚ろになってくる。ルイズが畳みかけるように


「読みましたよね」

「そう……だった……わね」


するとルイズは笑顔を見せると


「それじゃ、行ってきます」


 そう言って書類を手に出て行った。その後、残されたジェニファーは

虚ろな目は元に戻り


「あれ、私、何してたんだっけ?」

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