4「異端審問官」
店に着いた俺は、雨宮に、これまでの出来事を話すと
「大丈夫なのか!」
雨宮が、血相を変えた。なお俺たちはカウンターの裏、いわゆるスタッフルームと言える部屋にいる。店内で朝食を食べた後、店内だと客の目が多くて気になる時間帯と言う事で、この部屋に案内され話をしていた。
「ああ、うまく追い払えたから、被害も『ハダリー』がメイド服に
着替えさせられたくらいで、それ以上の危害はないみたいだし」
ちなみに、俺がめった刺しにあったことは、話さず、内容としては、
物音がして寝室を出ると、賊がいて、「転移」で逃げて行ったと言うことにした。
なんせ、俺が無事なことを説明するには、暗黒神絡みの話をしなきゃいけないから。
あと死装束の事も話した。すると雨宮は
「それ少し見せてくれるか」
「ああ」
もちろん服は持ってきていた。それを雨宮に渡すと、「サーチ」を使った。
今回はずいぶん長く使っていて
「これは……」
「なんかあるのか?」
「ああ……あの時、気づくべきだった」
雨宮曰く、彼女に二度サーチを使っているが、
どちらも力を彼女自身に集中させていたため、服の仕掛けに気づかなかったという。
「こいつは、発信器だ。」
発信器と言っても機械ではなく、マジックアイテムで十字架の部分についていた。
後、発信機と言うのは通称で、正式名はかなり長ったらしいので、
割愛させていただくが、雨宮の話では、これは微弱な力を放出するだけ代物。
微弱なので人体はおろか環境にも全く影響がない。
ただ力は遠くまで飛び、それを辿れば、発信源までたどり着くことが出来る。
クラウの言っていた気配と言うのは、この力の事だった。
「すまない、もっとちゃんと調べておけば……」
と雨宮は詫びた。
後に知る事であるが、発信機は遠隔操作で力のオンオフが行えて、オフの時は、
雨宮のような高位の魔法使いがサーチを使ったとしても分かりにくい。
ただオンの時は、力が放出されているのと、本体が光を発するため、
かなり分かりやすい。
そして、一度わかってしまえば、それをさらに詳しく調べることが出来る。
「何かあるとは、思っていたが、和樹、お前、縁があるみたいだな。暗黒教団と」
「暗黒教団!」
つまりは、ミズキのお仲間の仕業と言う事
「発信機内部に、奴らの紋章が書かれていた」
この紋章、こっちに来てから見かける機会があったのだが、
これが、何と説明していいんだか、グロテスク。
とにかく気色悪いデザインで、見てるだけで正気を失いそうというか、
描いた奴はセンスが壊滅的なのか、あるいは発狂しているか、どっちかだろうな。
テレビ放送なら、ぜひともモザイクをかけていただきたいほどの酷いデザイン。
この紋章を、教団にかかるものそれこそ備品のちょっとした小物に至るまで
つけているという。
「今朝の馬車と言い、こりゃ、かなりヤバいな」
この後、雨宮が言うには、あの後、市場に様子を見に戻ったのだが、
そこで、駆け付けていた衛兵たちが、
「ハダリー」が乗っていたと思われる暴走した、あの馬車から
沢山の貴金属を発見する瞬間に出くわした。
「貴金属は、みんな棺桶に入っていて、どうも暴走の衝撃で蓋が開いて……」
その後、雨宮は、馬車を止めたという関係上、事情聴取を求められたが、
後で衛兵所に出頭すると言う事で、簡単な聴取だけで帰って来たそうだ。
まあこれは雨宮の人望があるから許されたことだ。
「ともかく奴らが関わってるとすれば、異端……」
と言いかけたあたりで、ドアをノックされたので、話は中断し、
ドアの方に向かう雨宮、
そして扉を開けると、宿の従業員がいて
「どうしたハル」
「いま異端審問官の方が2名、クロニクル卿に会いたいと、
なんでも朝の馬車の件で話を聞きたいと」
「ちょうどいい、こっちに連れて来てくれ」
「異端審問官」
国教である光明教団に所属し、かつては宗教的な異端を取り締まっていたが、
その後、信仰に自由がある程度認められたことから、組織改革が行われた結果、
異端の取り締まりはやめ現在は、明確な犯罪行為を行い、
国家の体制を揺るがす危険団体全般を取り締まる集団となった。
俺たちの世界における公安に相当する組織との事。
ここと関わるのは二度目、最初はこの街に来たばかりのころだ。
はじめてその名を聞いた時は、俺的にはあまりいいイメージは持たなかった。
なお暗黒教団に関することは、ここが担当していて、
ミズキの件で簡単な事情聴取を受けた。その時の担当者の服装が商人みたいで、
審問官と言う感じはしなかった。
やがて部屋に、魔法使いの風服装で、ブロンドの長髪をしたエルフの女性と、
同じくブロンドでセミショートの剣士風服装をした人間の女性がやって来た。
人間の方はどこかで見たことがある気がした。どちらも前に事情聴取を受けた審問官とは別人であるが、二人も服装が俺のイメージする審問官とかけ離れている
そしてエルフの女性は、雨宮の知り合いらしく
「ご無沙汰していますクロニクル卿」
「久しぶりだね、ジェニファー」
そして雨宮は、もう一人の方を見ると
「君は、初めて見る顔だね」
「初めまして、私は、ルイズ・サーファーと言います。なりたての審問官で、
その……お会いできて光栄です」
旅人の話にもあったが、雨宮は、元異端審問官である。
当時は審問官らしからぬ行動が多かったので「異端の異端審問官」と呼ばれた。
その活躍について詳細は割愛するが、素晴らしいものであったが故に、
旅人の話にあるように人々に英雄視され、教団を離れた今でも影響力がある。
そして雨宮は組織改革の一端を担っていて、
今では異端と呼ばれた、そのやり方が、普通らしい。
「あの部外者の方には席を外してほしいのですが」
ジェニファーと呼ばれた女性が、俺たちの方を見ながら言うと、雨宮が
「二人は、朝の件の関係者だ」
「そうなんですか」
と言うと、俺の方を向き
「もしかして、あなたカズキさんですか?」
「ああ……」
「前任者から話は聞いています。
私は、審問官のジェニファー・クラインと言います。」
どうやら前の審問官の後任らしい。
そして、ジェニファーは、「ハダリー」の方を見ながら
「そちらの娘は、もしかして」
雨宮が横から
「『ハダリー』だ」
と言うと
「この子が、呪われたオートマトン……」
と言ってまじまじと見つめた。
(呪われた自動人形?)
初耳だった。
「しかし起動していると言う事は、まさかクロニクル卿が」
「いや主人は和樹だ」
この後、俺と雨宮は、朝の出来事から、俺の方は更にさっきの賊の襲撃まで、
賊の方は雨宮に話したのと同じ内容だが、すべて話した。あと発信機の事も。
「ハダリー」との契約の事も、そして話を一通り聞いた彼女は、説明を始めた。
「一週間前、故カドレリオン公爵の館に泥棒が入りまして、賊は、公爵家所有の貴金属や美術品、更に、『ハダリー』を盗んでいって、遺留品から、暗黒教団のバッジが見つかったので、私たちが捜査する事になったんです。そして今朝の一件、
クロニクル卿は、馬車から貴金属が発見されたのはご存じですよね」
「じゃあ、あれはカドレリオン公の」
「はい、更に馬車からは美術品も見つかりました。私たちがここに来たのは、詳しい事情聴取と唯一見つからなかった『ハダリー』の探しに」
ちなみに「ハダリー」がinterwineに入っていくところが目撃されていたそうだ。なお俺が彼女を連れだすところは見られてはいないとの事。
「賊に関してですが、盗みの際に使用人に見つかって『転移』スキルで
逃げたそうです」
俺は思わず
「それじゃ、まさか」
「あなたを襲ったのと、同じ賊だと思われます」
ただ使用人も、そうであるが俺も顔を見ていなかったので、
その事を伝えると彼女はがっかりしているようだった。
「賊の主なる目的は『ハダリー』でしょうね。だから発信機を付け、
更に和樹さんを襲った。他の盗品は、誤魔化しか、あるいは欲が出たか」
ここで雨宮が
「でも問題は、『ハダリー』の処遇だ。他の盗品を返す際、
彼女も返さなきゃいかんだろ、しかし、彼女は和樹と契約状態だからな」
ここで、ルイズが明るい口調で
「それでしたら問題ないかと、確か現当主の公爵婦人は、
貴金属と美術品の返してほしいけど、『ハダリー』は賊にくれてやるとか
言ってましたよね」
「ええ、確か必要なら譲渡証明書まで書くとまで仰って……」
その様子だと、「ハダリー」の件はどうにかなりそうであった。
ここで雨宮が
「しかし、盗みに入ったのは一週間前、
館とこの街とは馬車で一時間もかからない近場だ
普通だったら、もっと遠くに逃げているだろうし、
しかも一週間も留まっているのは、変だ」
と疑問を呈した。これは俺も同意見である。そしてジェニファーは
「確かに変ですね。まあ捕まえてみればわかる事です」
ここでルイズが冗談めかしながら
「単に、この街の料理がおいしいからかも」
ジェニファーが
「そんな訳……」
と言いかけて
「あり得るかも、前も逃亡犯が、異界料理目当てで、この町に
長逗留して逃げ遅れたって事があったし」
それを聞いて俺は
「そんな事あったの!」
思わず声を上げてしまった。
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