第5話「呪われた自動人形」(前編)

1「朝市にて」

 ナアザの街にきて、一か月、雨宮のツテで、

家具付きで家賃も手ごろなアパートを紹介してもらい、そこで暮らしていた。

住み心地は良い。食事は、基本は雨宮の店に通っているが

他店にも行くことも、どの店の料理も美味い。

というか皆、雨宮から料理を教わったとの事だから、美味しくて当然だ。


 友人との再会、良い住居、食事処、必要なものはそろい。

後は、じっくりと、元の世界に戻る方法を探すだけ。

と言ってもどうすればいいか全くわからず、結局のところ、

特に何もせず、一応、表向き職業として「冒険者」をしていたが、

ほとんど仕事は受けないで基本的にグータラ生活。


そんな中、起きた出来事である。


 発端となる朝は、妙に気持ちのいい目覚めだった。


「まだこんな時間か……」


備え付けの壁掛け時計は、朝の4時、珍しく早起き、外は明るくなっていたが、

まだ起きるには早く、そのまま横になっていたが寝付けそうにはなかった。


 ふと思い立ってベッドから起き上がってカーテンを、少し開け、外の様子を見た。

まだ早朝だから人通りは少なかったが


「雨宮……」


 窓からは遠目に雨宮の店が、見えるのだが、

店から背中にリュックサックを背負った雨宮が、出てくるのが見えた。

あの確かリュックサックは、「収納」スキル入りのマジックアイテムだ。


スキル「収納」

自分専用で、自由にものが出し入れできる特殊な空間、収納空間を作り出す

無限宝物庫に似ているが、こっちは有限。その広さ、中に収納できるものは

個人、あるいは個体によって異なる。


 雨宮の話では、物を中にもの入れると、

自動的にリュックサックの収納空間に送られる。

空間は軽トラック一台分くらいの荷物が入る広さで、

しかも食材は新鮮な状態で保たれる。あと荷物は特殊な空間にあるわけだから、

重さは、殆ど感じない。

そして取り出すときも、特に変わったことをする必要はなく。

普通にリュックから荷物を出すのと同じ。


 早朝に、あのリュックを背負って出かけるという事は


(今から、仕入れか)


 雨宮の朝は早い、料理の仕込みに加え、食材の仕入れに、早朝の市に行くからだ。この街は地理的に海や山に近いから、市場には豊富な食材が集まってくる。


(俺も行ってみようか)


 雨宮の姿を見た俺は、ふとそんな事を思った。別に用があるわけじゃない。

しいて言えば暇つぶしだ。


 さっそく服を着替え、クラウを腰に装備し、


《おはようございます。こんな時間に、お出かけですか?マスター》

「ああ、ちょっとな」


 俺は、外に出た。街は、人通りが少なく静まり返っていたが、

その静けさが妙に心地よかった。そして俺は市場の方へ向かい歩きだした。

場所は、雨宮から聞いたことがある。


 俺は、普段なら、雨宮の姿を見ても出かけようとは思わず、

ベッドに戻って、二度寝と決め込んでいたはずだ。

しかし、この日に限って暇つぶしとはいえ、出かけてしまった。

俺だって、偶にはいつもと違うことくらいはする。

しかし、普段しないことをした時に限って、何かが起きるという事もある。


 街の雰囲気は中世ヨーロッパ的であるから、

市場も、昔テレビで見たヨーロッパ方面の市場に似ていて、

屋台に山の様に並べてある果物が、個人的に印象に残った。

早朝であるが、市場は人が多く賑やかだった。こういう活気のある風景も好きだ。

もっとも限度はあるが。


(雨宮はどこかな……)


 しばらくの間、市場を、適当に見ながら、雨宮の姿を探していた。

そんな時、周りが急に騒がしくなってきた。


「なんだ?」


しかも騒がしさが、どんどんこっちに近づいてくる気がした。そして


《マスター!右に避けてください!》


と言うクラウの切羽詰まった大声、

直後、馬車がこっちに突っ込んできたことに気づき


「うわっ!」


 間一髪で、避けた。クラウの言う通り右にだ。しかしバランスを崩し、

尻餅をついてしまった。


「イテテ……」


クラウが心配そうに声をかけてくる。


《大丈夫ですか?マスター》

「大丈夫だ……」


 痛かったが怪我は大したことなかった。

「自動調整」や「修復」が働かないくらいだ。

なお切り傷だと、軽傷でも、「修復」は機能する。


 それにこの時は、気づかなかったが、避けなくても、「自動調整」が働いて

怪我はほとんどない、むしろ馬車の方が壊れていたかも、

そうなったらそうなったで、目立って問題かも。


「まったくあぶねえな」


後で知ったがあの馬車は無人で、馬が暴走したらしい。


ここでクラウが申し訳なさげに


《すいません、鞘に入っていると、『感知』が鈍くなってしまうもので》

「別に、お前を責めてるわけじゃ……ん?」


 この時、俺は自分の側に大きな木箱が落ちていることに気づいた。

しかも、ふたが開き、人の上半身が飛び出していて、顔をこっちに向けていた。


「死体?」


 木箱は、この街に来る前に一度見た、この世界の棺桶である。

見た目は俺たちの世界の、西洋の棺桶と全く同じ、そこから出てきたのだから、

死体という事になる。


(さっきの馬車から、落ちたのか)


 落ちた衝撃で、この状況になったのは想像に難くない。

見たところ胸に十字架が描かれた白いドレスのようなもの、

随分とぶかぶかだが、それを着て、髪はブロンドのショートカットで、

メイドさんの様なフリフリなカチューシャを着けている

可愛らしい顔立ちの女の子だった。

この時、こっちの死装束は知らなかったが、白いドレスがそれを思させた。

 

 死体ではあったが、可愛らしい顔をしていたので、つい見とれてしまった。


(こういうのを美しい死体って言うのかな。

しかし、これを見たいばかりに人を殺す異常な奴もいるんだよな) 


 だが次の瞬間、少女の死体は、突如、目をかっと見開いた。

その瞬間ものすごい恐怖が襲ってきて


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


俺は思わず悲鳴を上げ、更に腰が抜けた。

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