3「再会」
その日の夜は、雨宮との再会に、思いを巡らせた。久しぶりに俺の姿を見て、
どんな顔をするだろうとか、何を話そうかとか、
この15年間、どうしてきたか聞きたいことが山ほどある。
今思えば、気の早い話であった。
しかし翌朝、大きな問題がある事に気づいた。それは顔を洗い、
鏡に映る自分の顔を見た時
「あっ!」
と思わず声を上げていた。
そう自分の姿が別人になっているという事を思い出したからだ。
この肉体に、直ぐに馴染んでしまったように、
見た目も直ぐに馴染んでしまっていたから
今まで、気づかなかった。
「どうすりゃいいんだよ……」
長いこと会ってなくてすっかり変わってしまったってレベルじゃない。
おかしな説明をして、不審がられてもこまるし、
大十字絡みでいろんなことを経験してきたが、
こういう事は初めてで、どうすればいいか、すぐに考えが浮かばず、
少しの間、悩んだものの。
「まあいいや、汽車に乗ってからゆっくり考えよう」
考えるのが面倒なのと、汽車の時間もあったから、
身支度を優先とし、事を先延ばしにした。
この後、特にトラブルもなく汽車に乗ることができた。
汽車に乗るのは初めてだから、少しだけワクワクした。
その後も何もなくと言いたいが、途中トラブルで、何度かで汽車が止まった。
乗り心地は、元の世界にいた電車よりも揺れないので、
良かったが、ただあまりに揺れなさすぎて、止まってないか気になった。
まあ実際止まっていることもあったのだが。
あとで知るが、この揺れなさも魔法の効能との事。
それと時々、近くに座っている乗客の話が聞こえてきたのだが、
その中にナアザの町の話題が何度か上がった。これは汽車だけではなく、
町の方面に向かう馬車の乗客たちの話題にも何度か上がっていた。
まとめると、ナアザの町は、昔は小さな宿場町であったが、
今は食事がうまいで有名、町にある店は、何処も、異界料理専門で、
加えて途轍もなく美味い食事を出すという。その結果、その料理を食べたい者達や、その料理を学びたい者が集まり大きな町になった。
きっかけを作ったのは、二人の大魔導師、その一人がクロニクル卿、
もう一人は話していた奴が名前を忘れていたので分からない。
ただ、その大魔導士は、お菓子専門との事、そして町の店は、
このどちらかの教え子らしい。
その後、先も述べた通り、汽車がトラブルで何度も止まったせいか、
昼過ぎの到着のはずが、実際にナアザの町に着いたのは夜遅くだった。
普通だったら、乗客の苦情殺到で、ひと騒動だろうが、慣れているのか、
そういった気配はなかった。まあ、馬車で一週間のところ、
遅くても一日で着くのだから、これでも、早いと言えば早いわけであるが。
俺も、遅いとは思っていたが駅員にいちいち、文句を言う気にはなれなかった。
それよりも、例の店に行きたくて、汽車を降りると急ぎ足で、駅を出た。
夜も遅いせいか、町のほとんどの店は、閉まっていたが、旅人から聞いた営業時間が正しければ、店は、まだ開いている。この後も、特に何事もなく店に着いた。
店はレンガ造りで「interwine」と大きく書かれた看板があった。
店からはまだ明かり漏れていた。
「ふぅ……」
とりあえず俺は、緊張をほぐすため、息を整えた。
(つーか、何で緊張しているんだ俺!)
そうは思ったが、緊張するんだから仕方ない。それに、まだ今の見た目について、雨宮にどう説明すればいいか、全く思いついてはいなかった。
(それに、ここに雨宮がいると決まった訳じゃないし……)
そして店の扉を開け、中に入ると、カウンターがあって、その向こうに立っていて
「いらっしゃいま……せ……」
と声をかけてきた人物は
(雨宮……)
あれから15年たっていたから、少し大人びていた、いや15年経ったにしては
少し若すぎるような、見たところ20代くらいか、同い年の俺より若い気がする。
だけど俺にはわかる。その人物が紛れもなく、雨宮であることが。
昔と同じ長くもなく短くもない長さの飾り気のない髪型。
顔は、昔から美形あったが、さらに磨きがかかっているように見えた。
「「………」」
この後、俺は、15年ぶりの再会を前に、頭の中が、訳が分からなくなって、
うまく言葉が出なかった。向こうも何も言わず、ただ目を見開き、
こっちをじっと見ている。
この状況がしばし続いた後、先に口を開いたのは雨宮だった。
「ご宿泊ですか、それともお食事だけでしょうか?」
「……ああ、宿泊と、食事も……」
「それじゃ、こちらに名前を」
と言って用紙を渡してきた。宿に泊まる時は、元の世界と同様に
宿帳に名前を書く必要がある。ただ住所を書く必要はないみたい。
俺は、この世界の文字をまだ書けないから、日本語で記入している。
「翻訳」の効果で相手は読むことができるから特に問題は起きていない。
そして、名前を書こうとすると
「あの……」
と雨宮は声をかけてきた。この瞬間、俺は、僅かに期待した。
もしかしたら俺の事が分かってくれたんじゃないかと、見た目は変わっていても、
直ぐに相手の事が分かる。物語じゃ感動的な場面な気がするが、
しかし現実はというと
「もしかして一美さん?」
反射的に
「違う。そりゃ、母さん……」
と思わず言ってしまった。そう一美と言うのは俺の母親の名前だ。
「『母さん』?……まさか、お前、和樹なのか」
感動的な展開は、物語の中だけという事だ。ファンタジーな世界、
俺的には物語の世界にいるようなものなのだが。
この後、何とも言えない微妙な感じに襲われたが、突如、俺の腹の虫が鳴った。
「なんか、食うか?」
「ああ……」
俺が宿帳に、名前を書き終え、前金を払うと、
雨宮は食堂の、更にはテーブルに案内し、メニューを渡してきた。
ちなみに俺が食堂に来た時は、時間帯の所為か、
他に客はいなかったが、メニューを確認し俺が注文をした直後、
客が大勢やって来て、一気に賑やかになった。
俺が注文したのは、「ビースオークの角煮定食」、ビースオークと言うのは
この世界の豚に相当する魔獣。つまりは、俺の好物、豚の角煮定食だと思ったから
頼み、実際に、その通りのものが出された。
豚に角煮と煮卵に付け合わせの野菜とご飯。昔のままだ。
あと食器として箸が付いてきていた。この世界にも箸つかう食文化はある。
そして肝心の角煮は、箸で切れ、口の中でとろけるほどの柔らかさ、
味もこってりとしつつも、程よい甘辛さ、昔の味に、
さらに磨きがかかったように思えた。
「美味い……」
この時、思わず泣きそうになった。ただここで泣くのは、恥ずかしい気がして
最初こそ、堪えたものの、堪え切れそうになかったので、
食事はさっさと済ませた。なので、角煮以外は、良く味わえなかったので、
美味いという以外の感想はない。
食事のあと、雨宮から、部屋の鍵を貰い。部屋に向かい、中に入ると、鍵をかけ、嗚咽で泣いているのがばれないように、
声を押さえながら、泣いた。悲しいわけじゃない。つらいわけじゃない。美味さと、懐かしさ、アイツとの再会のうれしさ、とにかく感情があふれて、
涙が止まらなかった。
涙が止まるのと、ほぼ同時、まるで合わせたかのように、ドアを叩く音がした。
「どちらさん?」
声をかけると
「俺だ」
と雨宮の声がして、ドアを開けると、そのとおり雨宮の姿があった。
「少しいいか?」
「ああ……」
俺は、雨宮を部屋に招き入れた。そして部屋のドアを閉めると、
雨宮は話を切り出した。
「自分で言っておいてなんだが、俺はまだ、お前を和樹だという確信が持てない」
まあ見た目が、特に性別が変わってるんだから、当たり前と言えば、
当たり前なんだが
「だから、確認をさせてほしい」
そう言うと、雨宮は、目を大きく見開き、俺をじっと見つめ、しばし、この状況をつづけた後、雨宮は、いったん目を閉じ、再び、雨宮は目を開け、
「俺も久美と同じように『魂の波長』が読めるようになった」
その結果はと言うと
「『波長』は、久美を通して感じたのと一緒みたいだが、昔の事だからな……
いくつか質問させてくれ」
この後、雨宮はいくつかの質問を投げかけてきた
「生まれは?」
「S市」
「高校は?」
「不津校」
「俺以外の幼馴染は?」
「大十字久美」
とこんな感じで、俺の、正確には俺達、三人に関わる質問であった。
「………」
雨宮は、何かをためらっている様な仕草をしつつ、ある言葉を口にした
「!!!!!!!!!!!!!」
それは、俺たち三人しか知らない。三人だけの秘密、と言うか、
忘れてしまいたい出来事、実際、この瞬間まで心の奥底に封じ込めていた。
そして、答えたくなかったが、答えないと自分の事を証明できない気がして、
もちろん大きな声で言えないから、雨宮の耳元で、ヒソヒソ声で答えた。
答えているさなか、顔が熱くなるのを感じつつ、
答え終えると、耳元から、離れつつ、思わず
「もういいだろ!」
思わず、声を荒げてしまった。
「すまん……でもこれで、和樹だって確信が持てた」
「なら良いけど……」
この秘密は、ここ記すつもりはない。ただ法に触れる事ではないが、
かなり恥ずかしい出来事で、俺たち三人が、等しく大恥をかいたという事だけは
ここに記す。
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