2「聖女のような人」

 宿をさがして、街を歩いていたのだが、

途中、駅と同様、大理石っぽい立派な建物の前を通りかかった時


「ん?」


 自然と足が止まった。何といっていいんだろうか、

妙に気になる何かを感じたからだ。更に、それは目の前の立派な建物から、

来ている気がした。建物の看板を見ると、そこが美術館であることが書かれている。


「………」


 自然と俺は、入場料を払って美術館に入っていた。

しかし、入った途端、感じていたものは消えた。


(なんだ今の?まさか客寄せの魔法とかじゃないだろうな)


 「引寄せ」の事があったから、そういう関係かと一瞬思った。

まあ入ったからには仕方ない。展示物を見て回ることにした。


 各展示物の側には題名と簡単な解説が書かれたプレートがあったから、

何の絵が描かれているかは分かったが、詳しい解説じゃないので、わからないことも多かったが、展示されているのは、宗教画や神話画が主である事はわかった。


中に入って一番最初に目につくのが、世界の創生を描く絵で、そこから始まって、

神話の様々な一場面が、描かれた絵が並んでいた。

 

 俺から見れば、別世界の話であるはずだが、

どこかで見たことがあるような絵が多かった。と言っても流し見で、

じっくりと見たわけじゃない。それと、石像もあり、各プレートには、

それが神々の石像であることが書かれていたが、

神々の名は、特にギリシャ神話関係は、そのままであった。

しかし、名前は一緒でも、姿は異なるようで、その石像を見た時


「間違ってないか?」


思わずそんな事を口にしていた。


 その石像のプレートには「ゼウス」と書かれていた。

解説にはギリシャ神話とは書いていないものの、

天空神とか神々の王とか書かれていたから

ギリシャ神話のゼウスで間違いないようだった。


 しかし石像は男ではなく女、つまり女神像だった。

だから思わず、プレートの掛け違いじゃないかと思った。

例えば奥さんのヘラとか娘のアテナとか。


 しかし、石像だけじゃなく、神話画でも、ゼウスは女神として描かれていた。

しかもゼウスだけではなく、俺の記憶では男神だった他の神々も、

同様に女神と描かれている。


「まあ、世界が違うんだから、違っていて当たり前か、それにしても……」


絵画にせよ、石像にせよ、女神ばかりで、男神が全くないのが気になった。


 その後、適当に展示物を見ていたのだが、ある絵画、その解説を見た瞬間、

絵に見入ってしまった。その絵は、白い服を着た女性と、黒い服を着た女性が、

対峙している絵だった。背景も二分化されていて、白い服の女性は、明るい色で、

天使が描かれている。黒い服の女性の方は、背景も黒く、

更に悪魔のような異形の存在が描かれていて、

絵のタイトルは「対立」、解説には「光明神と暗黒神の対立」と書かれていた。


「暗黒神か……」


今の俺には、気になる言葉。と言っても時々気になるというくらいだが、

いや考える事が面倒で、気にしないことにしているというのが正しい。

だから、あえて調べることもしなかった。


 さて絵についてだが、描かれ方から見て、

白い服の方が光明神で黒い服の方が暗黒神、ただ描かれている姿は

今の俺とは似ても似つかない。


(あの女、何をもって、俺を暗黒神だと思ったのやら)


 以降、気にしながら絵を見ていったが、

多くの絵で、二つの神は、対立し争いあっていた。

別々に描かれた絵もあったが、基本的に光明神は、人々を救う姿が描かれ、

対し暗黒神は人々を蹂躙する姿が描かれていた。


 すなわち光明神が正義であり、暗黒神が悪という形だ。

まあ、そんな事だろうと思っていたが


(そういえば……)


 ここまで見て、ふと最初に見た絵の事を思い出した。

しっかりと見ていたわけではないがふと気になって、

その絵、世界の創生を描いた絵の所に向かい。もう一度絵を見た。

今度はじっくりとだ。


「なんか違う」


 この絵は、神が世界を作る姿を描いていて、ここにも、

光明神と暗黒神が描かれていた。ただこれまで見た絵とは違って、

二つの神が協力して世界を作ってるように見え、その姿に違和感を覚えた。


「!」


 絵を見ていると、あの感じが襲ってきた。美術館の外で感じたやつだ。

そして背後から声をかけられた。


「ねえ、あなた、その絵、気になる?」

「えっ……」


 振り返ると、ブロンドのきれいな髪でどことなく清楚な感じのする美人が

立っていた。物語に出てみたことのある聖女と言う感じはする。


しかし、同時に、冷めているような感じもしていて、一言で例えるなら、

やさぐれ聖女と言う感じだった。

そして、あの感じは、彼女から発せられている様だった。


「誰?」


 見知らぬ女性に、声をかけられた割には、あまり緊張しなかった。

そんな俺の返答に対し彼女は、あまり表情を変えることなく


「私の事、分からない?」


 その言葉は、自分の事に気づいてくれない知り合いへの一言のよう。

しかし、そんな事を言われても、俺の方は、彼女が誰だかわからなかった。


「どこかで、会ったかな?」


 なお、この時は自分が昔とは違う姿をしていることを忘れている。

もし覚えていたら別の返答をしていただろう。


 しかし彼女からの返答は


「いいえ、初対面よ」

「はぁ……」


さっきの言葉だと、俺の事を知っているみたいに思えたから、

この返答は意外だった。


「私の名前は、ジャンヌ・クルセイド。花屋。あなたは?」


名前を聞いてますます聖女みたいだと思いつつ、俺も名乗る。


「俺は、時任和樹」


すると、彼女は少し考えこむような仕草をした後、


「トキトウとカズキ、どっちが名前?」

「和樹の方」

「あなた、もしかして異界人?」

「そうだけど……どうして?」

「東の方の顔立ちで苗字が、独特だから」


この時ミズキの事を、思い出した。彼女が俺を異界人だと、判断したのは、顔立ち、苗字、服装、そして文字が読めない事。今回は顔と苗字だけで判断したようだった。


「来て長いの?」

「いや、えーと……数週間くらい……」

「そう……」


すると彼女は、ここでまた考え込むような仕草をし、つぶやくように


「まあ、いいか」


言った。何がいいのかは分からないが、


「そう言えば、異界人は、神が描かれた作品を見るとメガミしかいないって

言うけど、あなたも?」

「確かに、女神しかいないような」

「この世界の神は、両性具有で女性的に描かれるの。神話、宗教問わずね」


と説明し付け加えるように


「あと異界から入ってきた神話が、この世界の神話と混ざって、

変化しているって事もあるみたいね」。


 さっきのギリシャ神話の神がそれらしい。


「あと両性具有の存在は、神と似て非なるものって事で

アシンっていう事もあるわね」

(漢字で書いたら、亜神って書きそうだな)


と思いつつも、どうやら俺は、亜神ってやつかもしれない。


 そしてここで彼女は急に話題を、変えた。


「そう言えば、さっきの絵。随分と真剣に見てたけど」


変えたというよりも、むしろ戻したといえる。

ただ、絵に関しては少し気になる程度で真剣に見てるつもりはなかったのだが。


「いや、何か気になるというか。なんか神様の描き方が違うというか」

「どんな?」

「他の絵だと光明神と暗黒神は対立していて……」


俺は、絵の方を指し示しながら


「でもこの絵だと、仲良くしてるような。

それ以前に、光明神とか暗黒神とかイマイチわからなくて」


すると彼女は、


「一般的に光明神は、光を司り人々に救いをもたらす善なる神、暗黒神は、闇を司り人々に破壊をもたらす悪しき神。二つの神は、対立し争いあい、そして500年前の暗黒大戦で光明神の加護を受けた大魔導師たちの活躍で、暗黒神は封じられた。」


と説明してくれた。


 俺の想像通りの内容だった。ちなみに、自分が暗黒神であるという事が

確定的じゃないので、他人事の様な所があった。


(そういえば、ミズキも『呼び戻した』とか言ってたよな。それにしても……)


ここまで話を聞いた俺が思ったのは


(なんかRPGの冒頭で語られる伝説的なものって感じだな)


そして彼女はさらに話をつづけた。


「でもね、はるか昔、創世の頃は、二つの神は争っていなかったの、

むしろ協力していた。暗黒神は、海と大地を作り、光明神が生きとし生けるものを生み出し、それらに、暗黒神は知恵を授ける。そうして世界が生まれた」

「じゃあ、どうして争うように?」


ため息交じりの声で


「さぁ、そもそも対立していたのかしらね」

「えっ?」


以降、彼女の言葉に、棘と言うか、冷たさを感じるようになった。


「自分で言っといてなんだけど、創世の頃、本当に協力していたかも定かじゃない。

そもそも、神話とか伝承とか、所詮、人間の目線に過ぎないわ。

協力も対立も、善悪も、まあ暗黒大戦の時は別としても、

多くは、ただそう見えていただけ、その真意が、

そもそも神の考えを人間が理解できるのかしら、私はできないと思う」


 さっきは何となくだったが、ここまで話を聞いて今は確信を持って言える。

この人は冷めているって、それくらい冷めた、いやむしろ、凍り付くほどの

冷たい話し方だった。


「でも、神様は信じてるわよ。いるのは確かだもの、だけど神話や伝承、神の教えなんて私は信じない。だって……」


と何かを言いかけたが、


「いや何でもないわ」


と言って話を終わらせた。俺は、ほとんど無意識に


「なんか、つらい事でも?」


と聞いてしまった。


「辛い事、いっぱいあったわ……」

「………」


 自分で、話を振っておいてなんであるが、場が妙な雰囲気になってしまった。


「ごめんなさいね。おかしな雰囲気にして………」

「いや、聞いたのは俺の方だから………」


 何とも言えない状況の中、ふと500年前の暗黒大戦と言うのが気になった。

そう保管庫が作られたのも500年前、クラウが作られたのも500年前、

何か関連があるような気がして、更に詳しい話を聞こうとしたのだが


「ちょっとごめんなさい」


と言って懐中時計を取り出して、時間を確認すると


「この後、人と会わなきゃいけないから、私はこれで、また会いましょう。

カズキ君」


そう言って彼女は去っていき、暗黒大戦の事は聞きそびれてしまった。

まあ、少し気になったくらいで、

聞けなかったからと言ってどうという事はないのであるが。


彼女がいなくなると同時に、


《マスター……》


とクラウが声をかけてきた。


 なお彼女には、俺の事を「マスター」と呼ばせている。

最初は「創造主さま」だったが、俺は創造主じゃないし、

名前で呼ぶように言ったら、様付けをしてきたので、これはこれで恥ずかしく、

他の呼び方をいろいろ考えた結果、「マスター」で落ち着いた。


《何だったんでしょうね。あの人》

「さあな……あっ」


 ここでもう一つ、聞きそびれていたことに気づいた。

それは彼女から感じていた何かについてだったが


「まあいいか」


 あれが、何であるかはわからなかったが、暗黒大戦の話と同様、

どうという事はないというか、出所が彼女であると、分かってみると、

興味が失せたというか、もちろん全く気にならないわけじゃないが、

彼女を追いかけて話を聞く気にはなれなかった。と言うか、面倒くさかった。


 この後、俺も美術館を出て、その後は、宿屋を探して一泊した。

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