2「魔剣」

 宿に戻って、部屋の鍵をもらう際に、女将さんが、妙に真剣な眼差しをしながら


「どうしたんだい、その剣」


と言った。対し俺は、最初は何のことかわからず


「剣?」


と聞き返した。すると、彼女は下の方を指さしながら


「腰に着いてるじゃないか」

「え?」


 腰に手を当てると、確かに剣があった。しかも、さっきの男が持っていた剣で、

ご丁寧に鞘に収まった状態で、しかもつり革でベルトに装着されていた。

そして俺は、言われるまで気づかなかった。


「確か出かけるときは、持ってなかったはずだよね……」


と聞いてきたので


「いやあ、武器屋で安く売ってたんで買ったんです。丸腰だと何かと不用心だから」


と嘘をついた。理由を話そうにも、俺自身、訳が分からない。

それに正直に話したら、面倒なことになりそうな気もするし。


「まあ武器を持つのは良いけど、その剣は、まずいんじゃない。な

んか呪われてそう、直ぐに売り払って、もっと別の武器を買った方がいいよ」


女将さんの雰囲気は、俺に対し忠告と言うよりも、警告を発しているように思えた。


「考えときます」


と言って、その場を離れ


(それにしても女将さんは勘が鋭いのだろうか、それとも見た目から、

思っただけなのか、見るからにヤバそうな剣だもんなあ)


 そんなことを考えながら、部屋へと向かい、部屋に入ると、

剣を鞘ごとベルトから外し、床に放り投げて、ベッドに横になった。

すると頭の中に例の声が響いた。


《初めてだぞ、二度も我を放り投げた奴は、そもそも剣は切るもので

投げるものではない》

「そうでもないんじゃない。戦いで怪物に剣を投げつける奴、見たことあるぞ」


 この瞬間、俺は自然と普通に声に返答していたが、直ぐに異常な事に気づき、

俺は上半身を起こし剣の方を向いた。


「って、さっきの声は、お前だったのか!」


ちょうど放り投げた直後、話しかけてきたことから、

本能的に、声の主が剣だと感じた。


 以前、大十字から聞いたことがある。

意志を持ち、持ち主に話しかけてくる武器がある事を。

ただ実際にこう言う事に遭遇するのは、初めてだ。

あと声は女性だが生身じゃないから、ある意味女性と二人きり状態だが

緊張はしなかった。もちろん警戒はしている。


《そうだ。それと投げつけたのは短剣の事だろ》


 確かに、投げつけると言えば、短剣。いわゆる投げナイフ的な、

投剣と言うべきか。しかし俺が見たのは


「大剣だった」


 人間の身の丈くらいの大きさって奴で、ちなみに持っていたのは大十字であるが、彼女の身長くらいはあった。

ちなみに彼女がどこから持ってきたかは教えてもらえなかった。

当然、大剣を怪物に投げつけたのは、彼女である。

投げた剣は見事に突き刺さり、怪物は絶命した。


「それより、お前、何もんだ。あっ呪いの武器って奴だな!」


 大十字の話では、呪いの武器と言うのは相手に力を与える反面、その体を蝕む。

あの男がボロボロなのも、確実に、この剣の所為だ、

しかし、その事が分かっていても手放せない。正に違法薬物。


 こういう武器は、見た目が地味で解りにくいのと、見た目からあからさまなのと

二つに分かれるそうだ。コイツの場合は後者だろう

 

 更に見た目だけじゃなく、この剣は、同じく大十字から聞いた呪いの武器の、

特に強力なやつの特性を二つ、正確には四つほどであるが満たしていた。

その内、二つの特性は、この時は、忘れていて気付いていない。

それと、後述する四つ以外にも特性があるが、それを満たしているかは、

実際に使っているところを見ないとわからない。


《そのような安っぽい言葉で呼ぶでない》

「安っぽいのか?」


とツッコミを入れる。向こうはそれを反応せず


《我は、七魔装が一振り、魔剣ダーインスレイブ》


と名乗った。


「どっかで聞いたことがある名前だな……」

《我の名は広く知られておる》

「そうじゃなくて……」


 この世界に来る前か知っていたような気がした。後になって思い出したのだが、

北欧神話に同名の魔剣が出てくる。神話では一度抜けば、血を見るまで鞘に戻らず、狙いは外さず、決して癒えない傷を残す魔剣のはずだが俺の傷は治っている。


《しかし、わが誘惑を跳ねのけるとは、お前は何者だ。まあいい》


 ここから、魔剣は本題を切り出した。


《我の使い手とならぬか》


 さっきも述べたが、この剣は強力な呪いの武器の特性を、

この時点で俺が気付いている分では、二つ満たしている。


「強力な呪いの武器の特性1」

武器そのものに意志があり、対話ができ、そして誘惑してくる。

ただ意思疎通できることに関しては、真逆の聖なる武器にもあり得る事だが、

こっちは誘惑ではなく試練を与えてくるとの事。


「強力な呪いの武器の特性2」

自分を使うに適した相手を見つけると、使い手になるまで、

何だかの方法で付きまとい、やっぱり誘惑する。


《かならずお前の役に立つ。我が力は強大だ》

「どこが」


 自然と答えていた。俺は武器類に興味は持っていないが、

それでも強力な力を持つものを見れば、心が揺らぐ、

大十字が投げつけた大剣とか、最近じゃ、例の鎧とか、


 この武器に関しては、実感がわかなかった。先ず切れ味はよくないし、

あと軽い、剣を簡単に受け止められたし、

最初に手にしていた時は驚きで気が付かなかったが、改めて持ってみて、

よりその軽さを実感した。腰に差していても気づかなかったのは、その所為だ。


 もっとも切れ味の方は「自動調整」で防御力をかなり高めていた影響なので、あれで切り傷がついたということは、相当な力あるという事だし、

実際、「自動調整」の影響を受けていない服は、見事切れていた。

それと軽いのは、呪いの武器の特性の一つによるもの可能性があったが、

この時は、その事を忘れていた。


「強力な呪いの武器の特性3」

質量の自由変更、持ち主の腕力に合わせ、使いやすい重さに調整する。

なお呪いの武器だけではなく、聖なる武器にもあり得る特性。


 この3つ目の特性をすっかり忘れていた結果、この時点では、

魔剣に対する俺の評価は、おもちゃの剣。

もちろん、あの男の事があるから危険性は認識していたが、

強さの実感はないから魅力は感じていない。


「ふあぁぁぁぁぁ」


 そうこうしているうちに眠気を感じた。


「ちょっと昼寝するから、静かにしてろよ」


と釘を刺しつつ、そのまま再び横になった。警戒はしていた物の、

おもちゃの剣と言う認識もあったから、故に油断していたともいえるだろう。

まあ特に何もなかったからよかったが


 ともかく俺はつかの間の眠りにつき、特におかしな夢を見ることもなく、

目を覚ました。すると


《お前は、一体何者だ》


と声をかけてきた。


「何者って言われてもなあ。俺だって訳わからないんだ」


 暗黒神とか言われたが、事実かは分からない。

と言うか自分を神だとは思いたくない。

ただわかっているのは、この体が強大な力を持っていることだけ、

それだって最近忘れがち。


《夢に介入できなかった。こんなことは初めてだ》

「お前、そんなこともできるのか、あっ、そういえば」


「強力な呪いの武器の特性4」

夢に介入し、やっぱり誘惑する。


 ただし気づいた順番では三つ目であるが。


《まあいい、それより再度問う。我が使い手ならないか》

「さっきまで、お前を持っていたあの男は、どうなる」

《奴は、もう長くはない。しかし奴が死なねば、使い手にはなれぬ。

だから殺せと言った》

「つまりは乗り換える気満々って訳か……」

《そうだ、お前の力はすごい、そこに我が力が合わされば最強だ。

かなう物など居ない》

「最強ね……」


俺の答えはとうに決まっているのだ。


「いやなこった。他を当たれ、つーか帰れ!」


 こういうのに関わるとロクなことが無いのは間違いない。

それに俺の認識は、おもちゃの剣、故に引き付けられるような魅力は、

まったく感じない。だから、全く迷くことなく、断ることができた。


《お前じゃなきゃ、駄目だ。力だけじゃない。お前の……》


と気になることを言いかけて、魔剣は黙り込んだ。


 そんな事をよりも、俺はコイツをどうするか考えることにした。

一応、落とし物と言う事になるのだろうか。

しかしこの頃は、こっちの世界では落し物はどこに届ければいいか分からなかった


 帰れと言っておいてなんだが、持ち主に戻すのはアウト、

魔剣は持ち主を見限っているし、そもそも持ち主に返すのは、

薬物を取り上げた薬物中毒患者に、薬物を返しに行くに等しい。

それに何処かに捨てたとしても、トラブルが起きるような気がするし、

俺の経験上、それは、高い確率で、いや間違いなく俺に降りかかってくる。


 だから面倒ではあるが、結局のところ俺が壊すしかない。

処理方法は大十字から聞いたことがある。


「処理方法1、砕く」。

ただし、この手の武器は、弱くても物理攻撃には、非常に強く、

折ったり砕くのは容易ではないらしい。


「処理方法2、溶かす」。

溶鉱炉や火山に放り込んで、その熱で溶かす。溶けなくても

マグマほどの高熱ならば武器の力を奪うらしい。

当然、炎属性の武器には、この手は使えない。


「処理方法3、腐食」。

塩水に長時間付け込んで剣を腐食させる。重石を付けて海に沈めるのがおススメ、

もちろん水属性には無意味。


 この剣を、どの方法で処理するかと言えば、2と3は近場に火山も海もないし、

それに、この剣は、離れた場所にあったはずが、いつの間にか手に握っていたり、

腰に装着されていたりと、一種の転移能力があるとみていい、

火山に投げようが、海に投げようが、瞬時に戻ってくるような気がする。

最終的に1が確実と言える。


 この魔剣は、俺の印象であるが、おもちゃの剣みたいな感じだったので、

簡単に壊せると思い、現状のままの力で破壊を試みたが失敗した。

人並みの力では壊せないほど丈夫という事。

ちなみに俺は、一般的な剣の強度は知らないので、

この魔剣の強度が強いのか普通なのかはわからない。


 しばし考えたのち。人並みの力で無理でも、「能力調整」を切れば、

その力で簡単に破壊できる可能性に気づく。


 しかし、破壊が魔剣に留まらないことにも気づいた。宿の中でやれば床に、

でっかい穴が開くのは目に見えているし、外でやる時も、

小さいとはいえ地面にクレーターができるのだから、人がいれば目立つ。


 そこで、魔剣の処理は、深夜に人気のない場所で行う。


 ただ、この考えに至るまで、かなりの時間を要していた。

理由は、さっきの襲撃とほぼ同じ、忘れていた。

先の事もあったので思い出したときは自然と笑っていた。


「あははははは、また、すっかり忘れてた……」


 能力を忘れがちなのは、問題なのかもしれないが、

この時はそんな事さえ考えていなかった。

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