契約者 the Promiser

契約者、語る(1)

┌────────────────────────────────────┐

│『契約者』

│ 条件:???

│スキル:《資格者》の願いを叶え、世界を《改変》する

│勤務時間:永劫であり瞬時

│労働環境:待機時間は極めて長し

│報酬:???

└────────────────────────────────────┘


「……おかしい」


 元魔王ホリックは、自分のオフィスでつぶやいた。

 いまは元勇者のハロオはいない。ほかの客もいなかった。独り言だ。


「一体全体……どうしてなぜ……あいつは、就職ができないのだ?」


「ナァーゴ」

 いつものように、竜猫キャッドラゴのトラが、それに答えるように鳴いた。


 同じ言葉は、これまでも何度となく口にしたことがあった。

 ハロオの性格や能力に問題があると考えて、苛立ち、怒鳴るように言ったこともある。

 自分自身の就職斡旋の腕を自負するあまり、それを否定された悔しさから吐いたこともある。


 しかし……今日のそれは、これまでのどれとも違っていた。


 本当に文字通りの、疑問としての言葉だった。


「どう考えても……おかしい」


 正直言えば、ハロオの就職について、最初は甘く考えていたところもあった。

 少しばかりの嫌がらせも混じったような、面倒な仕事を紹介したことも……なかったわけではない。

 しかし、原則として、彼の適性をしっかりと分析し、それに合った仕事を斡旋してきたはずなのだ。

 もちろん最適解というわけではなかったかもしれない。ハロオの身体能力や性格は特殊であり、難もかなりある。


 けれども、結構な「難あり」の者たちが、いまのこの世界で、ちゃんと新しい職を得ているのだ。彼女自身、多くの者たちを職に就かせた。


 第一、元魔王などという「かなり厄介な」自分ですら、いまこの職に就いているではないか。


 ハロオの就職が、一度や二度、失敗するというだけならば、まあ理解できる。


 しかし、こう何度も何度も失敗するとは……。


 そう。まるで……。


「ナァーゴ」

 答えるようなトラの鳴き声。


 そう。ハロオの就活失敗の連続は、どこかおかしかった。

 まるで、不自然な、何らかの力が働いているような……。


「何らかの力」。

 やることがうまく行かない者が言い訳するのに、いまにも使いそうな言葉であるが、この世界においては……決して、おかしなことではない。

 現に、いまの世界には、不自然とも言える大きな力が動いている。


 ダンジョンでの「冒険死」も、「迷宮物質」などというものが発生するなどという――そんな都合のいい――現象など、その最たるものだ。

 その不自然な力によって、冒険者と魔物は、互いに憎しみ合うこともなく、誰も本当に死ぬことはなく、それでいて自分の最も適した仕事で互いの能力を尽くして戦うことが出来る。


 ……《改変》。


「――もし、《改変》によって、ハロオがどんな仕事にも就けないのだとしたら?」


 ホリックの周りの世界が、ゆらりと姿を変えたように見えた。

 いや。風景そのものは変わっていない。


 まるで、だまし絵のように。

 地下迷宮の壁に刻まれし、暗号が隠された紋様もんようのように。

 それ自体は寸分も違わぬ姿のままなのに、見る者が気づいた途端に意味が全く変わるように……世界がまるで違って見えた。


「ナァーゴ……」

 いつもの、相づちを打つようなトラの声。

 そういえば……この竜猫キャッドラゴは、いつからこの事務所に居着いたのだろう?


 その記憶がないことに、ホリックははじめて気がついた。


「ナァアアァアア、グゥオオォオオォン……」


 その声も、いまのホリックには……これまでと違って聞こえた。


 ……いや。

 これはずっと同じように声を発していたのだと、いまなら理解できる。

 彼女のほうが、聞き取れるようになったのだ。


「ナァア……よ……よぅやぁく、グォォ……き、きづぅいたぁようだぁな」


――ようやく気づいたようだな、元魔王。


 ホリックは、その「声」に聞き覚えがあった。


 忘れもしない。

 魔王の大迷宮の最下層で、勇者との最終決戦の後。

 あのときに出現した、光と闇をまとった球体……。


 

 ……《願いの宝珠》。

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