訓練用迷宮怪物 Tutorial Dungeon Monster

歴戦の「最弱モンスター」

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│『チュートリアルダンジョンのモンスター』

│ 条件:低レベルの戦闘能力を持ち、死を恐れない

│スキル:各種戦闘能力、幅広いスキル・生体能力は優遇。高過ぎるレベルは不要

│勤務時間:開業時間内で応相談

│労働環境:危険多し。完全自己責任

│報酬:応相談。固定給+死亡回数による評価。来場者数、指名によるボーナスあり

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「……なにか、あっしに出来る仕事はありやせんでしょうか」


 ホリックが、この街で就職斡旋所を始めたばかりの頃。

 魔物のプルが訪ねてきたときは、驚いたものだった。


 プルは、グミ族と呼ばれるごく最弱の魔物である。

 半透明で柔らかいゼリーのような体組織を持つ。スライム族の亜種といわれているが、ずっと小さく、強酸や消化のような能力もごく低い。弱い方のレッサー・スライムなどという不名誉な俗称もあった。


 元魔王の彼女は、覚えている。

《改変》前の世界で、魔王として旗揚げしたばかりの頃。プルは、同じように彼女の前に現れ、同じことを言った。

 幕僚ばくりょうの魔物たちは嘲笑しょうちょうしたが、ホリックは一魔でも多くの配下が欲しかった。まだ小さかった魔王軍の末端に加えた。

 それからしばらくは忘れていた。

 闇のなかでの権力闘争に忙しかったからだ。とっくに逃げたか、死んでいたと思っていた。 ……しかし、プルは生き続けていた。


 やがて、ホリックの軍がいくつもある対抗魔王を滅ぼして屈しさせ、正当な魔王となった頃には、彼女の魔王軍も大きくなった。

 プルは古株として経験を積んでいたが、もとよりグミ族であるため相対的にいえば弱かった。後から入ってきた兵士たちに次々と先を越された。

 プルは、名物の古株兵士だった。新入りの兵士たちは、グミ族という弱い先輩と手合わせし、自信をつけて、それを追い越す。

 多くはプルを侮った。だが、実力ある兵士ほど、プルの存在に後から気づいて、感謝するのだった。

 けれどもプル自身は、後日感謝に訪れた兵士にこう言ったという。自分は育ててやったつもりはない。魔王軍兵士として全力で戦っている。ただ弱いだけなのだ、と。


 その言葉も本当だったのだろう。弱いプルは人一倍訓練し、困難な任務に就き、魔王軍の兵卒として、戦い続けた。死を恐れず勇敢だった。

 やがてプルは彼女のもっとも古くからの部下となった。

 ホリックは一種の友情を感じてはいたが、一兵卒と魔王という立場の一線は互いに守り、深い話をしたこともない。

 大迷宮を居城とする頃には、プルはなんと下級魔長になっていた。グミ族としてはおそらく最強の戦士だったことだろう。


 そして、最後の防衛戦――対勇者作戦において、戦死した。


 かつての世界において、魔王ホリックが、勇者ハロオと相容れることの出来ない理由は無数にあったが、そのひとつにプルのことがあったかもしれない。



「……グミ族なんかじゃ、やれる仕事なんざないですかねぇ」

 

 プルの気落ちしたような声に、ホリックは我に返る。

 ホリックの沈黙を誤解したようだ。

 そう。プルも《改変》により、かつての記憶を失っていた。魔王であるホリックのことを覚えてはいない。

 ……だが、こうして生きている。


「いいえ。もちろんありますよ」


 ホリックは微笑んだ。

 プルがどれほど努力家で真面目かを、ホリックは知ってる。

 まだ知名度のないホリックの事務所に、こうして訪ねてきてくれたことも嬉しかった。


「あなたに適したお仕事をご紹介させていただきます。

 ……それが私の、いまの仕事ですから」


 そして、ホリックは思う。


(勇者ハロオは――この小さな魔物も生きていける世界を、願ってくれたのだな)




     ★     ★




 現在の、迷宮都市ケイオロス――。


 冒険者たちが集う酒場〈合財がっさいぶくろ〉亭で、新入りの冒険者たちが祝杯をあげていた。


「いやあ。俺の剣の腕も、こうしてみるとなかなかイケてたじゃないか」

「僕の魔法も大したものだったろう? 実戦に強いってやつさ」

「ねえねえ。私の治癒の術も褒めてちょうだいよ」


 そんな話をしながら、大声ではしゃいでいる。

 ダンジョンの初陣で活躍してきたようだ。


「まあ、俺たちも『訓練ダンジョン』じゃあ、もう敵なんかいなかったからな。……ホンモノのダンジョンでも、低レベルフロアなんかどうってことないさ」

「ああ。ホンモノに比べて、『訓練ダンジョン』なんか、やっぱりお遊びのようなもんさ」

「あのグミ族なんか、本当に弱かったなあ。いつもいつも。ホラ、あのブチのあるやつ!」

「ああ。あいつは弱っちいよなぁ。俺たちに勝てたこともないし!」


 そう言って、大声で笑う。


「……若けぇの。ちょっといいかい?」

 そこへふいに、声をかけた冒険者がいた。

 新入りたちはぎょっとする。

 隻眼の戦士。この街の者なら知らぬ者はない歴戦の冒険者、“二つ目要らず”サンダーブレイドだった。

 新米などが、おいそれと話せる相手ですらない。


「そのブチのグミ族……知らないのかい。歴戦の『斬られ役』だ」

「……斬られ役、ですって?」

「ああ。うまく『やられる』モンスターのベテランだ。

 そうやって新入りの冒険者たちに自信をつけさせてくれるのさ。冒険者が育ってくれるほうがダンジョン側にとっても有益だからな。

 俺も駆け出しの頃、世話になったものさ」


 新入りたちは、恐れ入った。かのサンダーブレイドが新人だったなど、いったい何年前の話だろう?

 歴戦の戦士のほうは、フッと笑い、懐しそうな顔をした。


「プルさんは、まだ現役なんだな。……大したものだ」



                   (『歴戦の「最弱モンスター」』おわり)

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