地下迷宮の主 Dungeon Master

ダンジョンマスターの挑戦

┌────────────────────────────────────┐

│『ダンジョンマスター』

│ 条件:ダンジョン従業員全てを統べる実力を有すること

│スキル:ダンジョン運営・管理

│勤務時間:終日(営業時間は「午前9時から午後3時」という噂もあるが、俗説

│     である。そもそもダンジョンにおいて地上世界の時間は通用しない)

│労働環境:労働環境:危険多し。実力あるものがいれば交代は必至

│報酬:給与なし。ダンジョン運営費より経費を引いたもの

└────────────────────────────────────┘


 ケイオロスの巨大ダンジョンの最下層――。


 その場所に、の者はいた。

〈ダンジョンマスター〉――地下迷宮のあるじ、とだけ呼ばれる。


「よくぞ、いらした。地下のもっとも深き底であるこの場所に」

 ダンジョンマスターは言った。

「ご足労痛み入る。……ホリックどの」


 ホリックは、部屋のなかへ進んだ。

 かつての自分の部屋。魔王の間であった場所だ。


(しかし、妙な話だな)

 歩きながら、ホリックは思う。

(地下世界の支配者ともある彼の者が、一介の市井しせいの就職斡旋業者と同じ土俵で話すとは)


 たしかにホリックは魔族・魔物たちの就職斡旋も多数手がけており、このダンジョンへ紹介した者は非常に多い。なかには大変な才覚の逸材も少なくなかった。ダンジョンのあるじも一目置いているのだろう。


 あるいは……《改変》前の記憶が僅かに残り、かつての魔王を無碍むげに出来ないのかもしれなかった。


 ダンジョンマスター。その名を自分は知っている。

 かつての魔王の配下――魔将デスマスカレイド。

 謀反むほんを企て、魔王ホリックは一度殺されかけたこともある。


「いえ。私のほうこそ直接ご挨拶に参らなくてはと」

 現在の、就職斡旋者であるホリックは、頭を下げた。


 例のハロオの件だ。

 地下迷宮の総支配者であるダンジョンマスターから直々にクレームが来たのである。直接詫びにこいとは言われていなかったが、関係を悪くしたくもない。

 この機会に挨拶をと思い馳せ参じたという次第である。それに頼みたいこともあった。

 いくつかの形式張った辞令を交わした後、ホリックは切り出した。


「ひとつのフロア全てを吹き飛ばす冒険者――さぞやご迷惑をかけたことでしょう」

「いや。そのこと自体は大きな問題ではない」


 ダンジョンマスターはそう返す。意外な言葉だ。


「と、申しますと?」

 ホリックの問いに直接答えず、ダンジョンマスターは上空を仰いだ。ここより上、すなわち広大な地下迷宮がそこに存在する。


貴女あなたは、このダンジョンという場所をどう思われる?」

「どう、と申しますと?」


 ホリックは意図をはかりかねた。


 このダンジョンは広大だ。

 ひとつの国――いや、ひとつの世界と言ってもよい。

 産業という観点から言えば、はかりしれない経済効果を生み出している。

 地上の都市ケイオロスの経済という意味でも、地下の魔物たちという意味でも。

 多くの冒険者の収入源になってるのと同じぐらい、魔物たちが生きてゆくための生活圏となっているのだ。


「迷宮物質。ダンジョニウムとか名付けられた資源だが――」

 ダンジョンマスターは語り始めた。

 黒衣のマントから両腕を出し、宙にかざす。


「冒険者たちは、我が配下のモンスターが持っていて、倒すと手に入ると思っている。あるいはダンジョンに埋蔵されていると。

 我が配下のモンスターたちは、冒険者たちが持ち歩いており、倒すと奪えると思っている。あるいはダンジョンに元々あった宝物を授かるのだと。

 ――本当は、どちらも違う」


 ダンジョンマスターは、かざした両手を、宙でパンと打ち合わせた。


「迷宮物質は『発生』するのだ」

「発生、する?」ホリックは問い返した。

「一定条件でな。例えば戦闘が起こると発生する。それまで無かった所から生じるのだ。勝利者が手に入れることが出来るのは、結果に過ぎない」


 ダンジョンマスターは続ける。


「戦いの程度によって、発生の量や質は変わる。戦いの規模が大きければ多くなる。レベルが高い者同士の戦いだと、やはり多くなる。しかし、レベルが高い者がレベルの低い者を倒した場合、発生するのは微量だ。逆だと極めて高くなる」

「より難しい戦いに勝つほど、発生量が多くなる、ということですか?」


「そうだ。私は調べ、実験し、検証した。無抵抗の者を殺すのでは発生しない。なれ合いや演技でも発生しない。ほかは同じ条件でも、だ。

 お互いが本気で相手を倒そうとする戦いでなければ、発生しないのだ」


(あいかわらず、実験や検証が好きだな。デスマスカレイド)


 ホリックは内心思う。

 魔王軍時代も、魔将であった彼はそうだった。

 魔王軍の采配や運営や、あるいは光との戦争を、ゲームのように考えていた。

 魔王への謀反すらも、彼の者からすれば「実験」だったかもしれない。


「戦いだけではない。

 トラップを解除したり、謎を解くと発生する。

 その難解さに応じて発生量が変わる。

 逆にトラップが侵入者を撃退したり解除されなければ、発生する。

 ……こちらも、なれ合いでは無効だ。自作自演でもな。

 トラップを設置して自分で解除した場合や、謎の答えを考案者から聞いて解いた場合、迷宮物質は、決して発生しない」


 ダンジョンマスターは、やや興奮したようにホリックに告げた。


「私は一旦の結論を出した。『真剣の勝負』によって発生するのだよ。命を懸けた戦いや、智略の限りを尽くした知恵比べの結果にね。

 ――どうして、このような現象が起こると思う?」


「さあ。……大いなる何らかの力、としか」

 ホリックは口ではそう答え、心で思う。


(ハロオの《願い》によって、だ)


「なぜこんな現象が起きるのか。

 それに、ここでは魔物も冒険者も本当に死ぬことはない。

 ダンジョンは実に奇妙な空間だ。

 ……しかし理屈は通っている。

 無から有が生じることはない。

 冒険者とモンスターの真剣勝負には、装備や生命力などのリソースが投入され、エネルギーも発生する。

 それが迷宮物質に変換されると考えれば、『どこから生まれてくるのか』という疑問はない。

 ……『どうして生まれてくるのか』は、まだ解けておらぬがね」


 ダンジョンマスターは、両腕を高くかざした。

 頭上の地下世界ダンジョンを示すように。


「しかし、このダンジョンという世界は――実に面白い。

 私は、どうすればより高い効率で迷宮物質を生み出せるか、日々研究している。

 システムを構築し、拡張工事をし、配下を訓練し、新たな設備や方法を考案する。新しい魔物を雇用する。トラップや謎を考える。冒険者たちに試練を与え、しかし困難過ぎぬよう調整する。

 ――為すべきことは実に多く、興味は尽きない」


(ああ。――こいつも適職と、自分の居場所を見つけたのだな)

 かつての魔王ホリックは思う。

 魔将デスマスカレイド。魔の同胞たちの命を手駒にして遊戯のつもりかと、当時は憤ったものだが……彼は、ただ純粋に知的な実践の場が欲しかっただけなのだろう。

 いまは得るべき場所を得たと言える。彼の采配により、配下の者はより繁栄する。そしていまは――誰も、本当に死んだりすることはない。


「――さて。話を戻そう」


 ダンジョンマスターは高揚した口調を戻し、ホリックに視線を向けた。


「あのフロアを破壊した男。――彼は、なぜか迷宮物質を生み出さない」

「えっ?」

「フロアひとつを破壊しても構わないのだよ。それに見合うだけの対価を発生させるのならばな。しかし、なぜか彼は、迷宮物質を発生させないのだ。

 理由は分からぬが、彼は異分子だ。このダンジョンにとって、なんら有益な存在ではない。深刻な弊害をもたらす危険がある。

 ……どうか今後、冒険者に相当する仕事には就けさせないで欲しい。

 無論、我が配下としても雇用することは出来ぬ」


(――何だと)

 ホリックは、愕然がくぜんとした。

 今回ここへ来たのは、強力な力を持つハロオのことをダンジョンマスターに教え、あわよくば、ダンジョン関係の仕事に就けられないかと思ったからだった。

 もはや彼は、真っ当な職には就けそうもないのだから。


 しかし、冒険者はおろか、「ダンジョンのモンスター」という職業にも就けないとは――。



                   (『ダンジョンマスターの挑戦』おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る