ダンジョンの表と裏(2)

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│『ダンジョンのモンスター』

│ 条件:地下迷宮へ侵入する冒険者に対峙するのを厭わぬなら、他は一切問わず

│スキル:各種戦闘能力、特技。優れた生体能力者優遇。

│    ワナの設置能力、迷宮設計、謎かけリドルの考案者、優遇

│勤務時間:完全フリー時間制、任務により時間拘束あり(応相談)

│労働環境:危険多し。完全自己責任

│報酬:給与なし。自前でダンジョンで入手したものが報酬

│備考:危険手当・保証金制度なし(自前で用意せよ)

└────────────────────────────────────┘


「いいか。新入り。冒険者どもを甘く見るな」


 ゴルルの上役にあたる、ゴブリン十鬼長が言った。


「装備は整えたか? 防具の留め金はちゃんと確認しろ。冒険者どもはずるがしこい。見くびらず、うたぐってかかれ」


「ゴブ!」

 ゴルルは並んだ同僚たちと共に、肯定の意味の『ゴブ』で答える。


 ゴルルは、新入りの「迷宮迎撃者」である。

 もっとも「迎撃者」とか「防衛者」という、ややこしい名称より、冒険者どもが使う俗称である「モンスター」という呼び方のほうが好きだった。

 怪物。強そうでいいではないか。


 ゴルルは冒険に憧れるゴブリンの若者だった。

 平凡に終わる魔物人生などまっぴらだった。だから、このダンジョンへやってきたのだ。訓練と、何回かの簡単な仕事をようやくを終えて、今日は初めて本当の「フロア防衛」の任務に就くこととなった。


「いいか。人族のなかでもヒューマンどもは、エルフやドワーフと違って暗闇でものが見えん。すぐれたわしらと違ってな」


 十鬼長は自分の赤い目を示した。

 暗闇でも見える、われらゴブリンの目だ。


「だから、たいまつだのランタンだの『火』を持ち歩かぬと、やつらは何もできん」

 ゴッブゴッブと、並ぶゴブリン隊に笑いが起こる。


 十鬼長は手にしたムチでダンジョンの床をピシリと叩いた。

「しかし! だからといって見くびるな。

 連中はずるがしこい。それを逆手にとって、『火』を隠したり、『火』をオトリに使うこともある。それでやられたゴブリンもたくさんいる!」


 ゴルルは話を聞いて身を引き締めた。

 さすがは歴戦の隊長だ。


「もちろん、わしらは死んでも、偉大なる力でよみがえる。しかし、死ぬのは苦しいし、財産もへる。なにより、わしらが死んで冒険者どもをよろこばせるのは、がまんならん!」


 ゴブ!ゴブ!と賛同と憤りの声があがる。ゴルルも手を上げて声を発した。


「殺されずに殺すのだ! えんりょはいらんぞ。冒険者どもはしぶとい。死んでも生き返ってくるからな!」


 その言葉にゴルルもうなずく。

 冒険者どもは腹立たしい、野蛮でよくばりな敵であるが、われわれゴブリンと同じように、知性も心もあることは知っている。

 本当に殺したりするのは、さすがに気持ちもよくないというものだ。


「そして、うまく任務をはたしたら、ほうびが手に入るぞ!」

 十鬼長は懐から取り出して見せた。

 硬貨のような形の、輝く結晶だ。

 迷宮物質〈ダンジョニウム〉と、フロア長や上級隊長たちは呼んでいるが、ゴブリンたちは単純に「コイン」とか「おたから」と呼ぶことが多い。


 魔法的なエネルギー源であり、ダンジョン内の生活に欠かせないものだ。

 値打ちのあるものなので、地上世界でも高く売れる。ダンジョン内や魔物社会では通貨のようにも使われていた。


「冒険者どもをやっつけると手にはいる。冒険者どもを追い返しても手にはいる。うまくワナにはめても手にはいるぞ!」


 ゴブ!ゴブ!と興奮の声があがる。

 しかし、ゴルルは、前から思っていた疑問があった。

「十鬼長どの」手を上げて声を出す。

「冒険者を倒すと、おたからが手に入るのはわかります。だけど、なんで、うまくワナにかけたりすると、わいてくるんですか?」


「ゴブ! よい質問だ」

 十鬼長はうなずいた。

 ダンジョンから「おたから」が湧いてくるのは、いうなれば常識であり、疑問に思う魔物はいない。十鬼長も本当のことなど知らなかったのだが、部下の疑問を解消し、やる気を出させてやるというのも隊長の役目だ。


「これはダンジョンからの、おめぐみだ。

 偉大なるダンジョンはわれらを見ている。この地をまもり、にっくき冒険者どもを痛い目にあわせば、ごほうびをくださるのだ!」


 ゴブ!ゴブ!と感謝の声があがる。

 ゴルルもなるほど、と納得した。


「それでは、今回の作戦を説明する」

 十鬼長はピシリとムチを鳴らした。

 ゴブリン工兵にトラップ設置を命ずる。そして錆びた剣や持つゴブリン戦列兵たちへ配置を指示する。弓や投石器を持つゴブリン射撃兵は、後方や曲がり角の暗がりに潜ませる。


「ワナというのは、ただそのへんに置けばいいというものではない」

 十鬼長は、こと細かに指示を出した。

「冒険者どもは、ずるがしこい。

 長い棒で床をたたいて、わしらのせっかくのワナを見つけてしまうからな」


 ダンジョンの壁に、石でひっかいて書いた作戦図を示して、言う。


「だから、奥のほう、こことここにワナを置く。

 そして、こっちで戦ったゴブリンが、わざと逃げるふりをして、ワナの場所へおびき出すのだ。さすれば冒険者たちも棒で叩くことを忘れて、まんまとワナにかかるだろう!」


 ゴブ!ゴブ!ゴブ!称賛の声があがる。

 ゴルルも声をあげた。この隊長はかしこい。その下ではたらけるというのは運がいい。ゴルルの初陣はきっとうまくいくだろう。

 ゴルルは、今回のはたらきで手にはいる「おたから」を想像した。

 こうやって毎回活躍していけば、どんどん財産が増える。ダンジョン内でもっと昇進でき、さらに活躍できるようになるに違いない……。


 ここは、ケイオロスの巨大ダンジョン。


〈ゴブリンの洞窟〉と呼ばれている、ごく低レベルの階層においても、こうして日夜、冒険者とモンスターは互いに知恵をしぼり力を尽くし、それぞれが探索と迎撃を行っているのであった。


 だが……。


 いきなりの衝撃が襲い、閃光がこのフロアは包みこんだ。


 圧倒的な力が――ゴブリン十鬼長が知恵をしぼった作戦も、ゴブリン工兵が設置したトラップも……そして、冒険者アジルの地道な探索作業も、全てを吹き飛ばした。


 ゴルルがガレキのなかから這い出ると、ダンジョンの壁が全て崩れ去っていた。

 フロアそのものが全壊して、平らな一枚の床という地形になってしまったのだ。


 見通しのよくなった向こうのほうでは、冒険者アジルが、折れた探索棒を手に腰を抜かしてた。

「……お前。一体……何をした?」

「えーと。剣圧でちょっと、トラップを見つけられないかって思ったんですけど」

 新入り冒険者のはずのハロオは、申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんなさい。力をもっと抑えるべきでした」



     ★     ★



「……というわけで、冒険者への就職もダメだったよ」

 翌日。

 ホリックの就職斡旋所にやってきたハロオは、申し訳なさそうに頭を下げた。

「だから、あれほど力を抑えろと。……まあ、やはりこうなったか」

 元魔王ホリックは、もはや怒る気力もなくし、がっくりと肩を落とした。




 ちなみに……。


 この一件で、冒険者を続けることに自信をなくしたアジルは足を洗い「平凡な人生」に生きることを決めた。

 ちょうど店員を募集していた『ベイクのパン屋』の見習いとなったところ、意外なことに素質があった。探索用10足棒を、めん棒に持ち替えて修行し、やがてパン職人として名を馳せることになる。

 同じくして、ゴブリンのゴルルが「モンスター」となることに自信をなくして足を洗い、地上世界に出た。そこは思っていたよりも面白い世界で、ゴブリン族にとっても悪い場所ではなかった。捨てられていた残飯を漁っていたことが縁で、街の大手パン屋に就職することになる。


 数年後、アジルとゴルルは、パン職人のライバル同士として再び出会うことになるのだが、それはまた別の話である……。



                      (『ダンジョンの表と裏』おわり)

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