地下迷宮活動者 Dungeoneer

ダンジョンの表と裏(1)

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│『ダンジョン冒険者』

│ 条件:地下迷宮に挑むことを厭わぬなら、他は一切問わず

│スキル:各種戦闘能力、探索能力、回復能力、その他迷宮内で有益な能力や技能

│勤務時間:勤務時間:完全フリー時間制

│労働環境:危険多し。完全自己責任

│報酬:給与なし。自前でダンジョンで入手したものが報酬

│備考:危険手当・保証金制度なし(自前で用意せよ)

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「いいか。新入り。ダンジョンを甘く見るなよ」


 冒険者アジルは、言った。


 彼はレベル3の戦士だ。彼自身もダンジョン冒険者としてはまだ駆け出しと言ったところだが……今日は「レベル1」の新米である、冒険者見習いハロオを連れている。


「明かりは後列のお前が持つんだ。ロープは持ってるか? 安くてもいいから防具をまず買っておけと言ったが、ちゃんと守ったか?」


「はい」

 ハロオは、素直に答える。

 先日、冒険者ギルドの認可を受け、1レベル冒険者の資格証書が仮発行されたばかりだ。ダンジョン探索へ実際に赴き、その結果によって正式のレベルが査定される。

 そういう意味ではまだ1レベルですらなかった。


(そんなヒヨッコのお守りか)

 アジルは、内心溜息をつく。

 彼は冒険に憧れる青年だった。平凡な職に就く人生などまっぴらだった。だから、この街にやってきたのだ。ようやく何回かのダンジョン探索に成功し、これからというところなのである。


(まあ、いい。こいつの面倒を見て、無事に連れ帰ることができれば、それも経験と実績になる)


『新人冒険者に同行して、〈ゴブリンの洞窟〉階層を探索』……というクエストを請け負ったのもアジル自身だ。

 彼のレベルには適していたし、比較的危険の少ない仕事だったからだ。


「今回は、お前が無事にこの階層フロアを探索することが、クエストだ」

 アジルは、ハロオに言い聞かせる。

「フロアで手に入れた宝物が、今回追加で得られる報酬になる。

 しかし、欲をかくなよ。死んでも生き返るとか思って甘く考えるじゃない。

 死んだら装備もなくなるし、蘇生そせい料金はかかるし、ろくなことはない」


「はい」

 ハロオは素直な声で答え、続けて言った。

「ところで、なんでダンジョン内だと、死んでも生き返るんですか?」


「はあ? そりゃあ、そういうものだから、だろ?」

 アジルは肩をすくめた。ダンジョン内で死亡した場合「冒険死」という状態になり、聖職者の処置で生き返ることが出来る。

 これは冒険者の常識だ。どんな理屈かなんて、考えたこともない。


「まあ、ダンジョン内の不思議な力と言われているな」

「あと。宝物って、どうやって手に入れるんですか?……モンスターから奪うんですか?」


「本当に、新米だな」

 アジルは、呆れながら言った。

「戦いに勝つと手に入るんだよ。こいつがな」

 ポケットから取り出して見せる。硬貨のような形の結晶だ。

 迷宮物質――〈ダンジョニウム〉と錬金術師は呼んでいる。が、冒険者は単純に「コイン」とか「ドロップ」と呼ぶことが多い。


「これが、モンスターを倒すと手に入るんだ。

 モンスターが逃亡するとき落としていくこともある。

 ダンジョンを進むと落ちてて手に入ることもあるな。……学者さんたちの話じゃ、こいつが元になって、ダンジョン内の魔法現象が起きたり、いろんなマジックアイテムに変質したりするらしい。

 まあ、難しいことはいい。これを持ち帰るとカネになるのさ」


〈迷宮物質〉は、純度100%に近い魔鉱石でもあった。

 さまざまな魔素エネルギー源にして錬金術的な素材となる。これが「採取」できることが、すなわち、この街の主要産業となっている。

 ケイオロスが繁栄を誇っているのも、冒険者たちがダンジョンからせっせとダンジョニウムを集め、売りに出すからだ。


「相手を……殺すんですか?」

「いや。モンスターを殺す必要は、ない。……それに、連中も生き返るぜ。やつらもこっちと同じなんだろうな」

「本当ですか?」

「ああ。本当だ。俺自身、倒したゴブリンにまた出くわしたことがある。向こうもこっちを覚えていたぜ」

「へえー。よかった」

「よかった?」


 妙なことを言う新入りだ。

 しかし、改めて考えてみるとそうかもしれない。

 こっちも生き返るし、向こうも生き返るから、本当に憎しみ合うことなく済んでいるのかもしれない。

 連中は憎たらしい敵ではあるが、アジルも時折り、好敵手としての尊敬の念を覚えることがあった。

 レベルの高い冒険者になると、互いに友情のようなものすら芽生え、育つこともあるという言う。アジルはまだ知らない領域だ。


(確かに、、冒険者という稼業も血まみれだぜ)


「さて、お喋りは終わりだ」

 アジルは、迷宮探索用の棒を取り出した。

 10足ぶんの長さがある。


「なんですか、それは」と、ハロオは首をかしげる。

「お前は本当に素人なんだな」

 アジルは、呆れた声を出す。

「この棒を使って、床を叩いて進んでいくんだ。床に仕掛けられたトラップを見つけるのさ。ダンジョン探検の基本中の基本の道具アイテムだ」


「へえー」

 ハロオが、感心して目を大きく開く。

「冒険者もレベルが高くなれば、トラップ感知の術が使えるようになったり、トラップ解除の装備も買えるようになるだろう。

 しかし、低レベルの内はこうやってコツコツやるんだ」


 文字通り、コツコツと、ダンジョンの床を叩く。

 ハロオはそれに近寄って、目をますます開いて、熱心に見た。素直な性格なのだろう。まったく知らなかったことを目にして、ひどく感嘆したようだった。


「まっ。こういう作業を面倒くさがったり忘れたりすると、たちまちモンスターどもにやられるってわけだ」

 アジルは、少し誇らしくなった。

 新米冒険者のお守りなど面倒くさいだけかと思っていたが、こうやって先輩として振るまうのも悪くない気分だ。


「いいか、新入り。よく覚えておけよ。

 冒険者ってのはな、地道な作業の積み重ねなんだぜ」

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