冒険酒場の店員の仕事(2)

 ある晩、こんなことがあった。


「おい。誰か『首ナイフ』で俺と勝負する、度胸のあるやつはいるか?」


〈合財袋〉亭に来た新顔の客が、そんなことを言い出したのだ。


 この手の酒場では、賭けごとや勝負事が好まれる。

 勝負札は一般的だったし、サイコロ転がしをしたり、へいばんで打つ者もいる。腕相撲やダーツ投げなど、身体を使った勝負も人気だ。

 そのあたりを準備したり、勝負に白熱した客が間違いを起こさないようにしたり、あるいは人数が足りないときに「数合わせ」として参加するのもまた、酒場の店員の仕事だった。


 荒くれ者の冒険者のあいだでは、時には度を過ぎた勝負や腕試しが行われることもある。しかし、明らかに生命に関わる勝負は行わないことが不文律だった。


 ダンジョンの外で死ぬと、からだ。


『首ナイフ』は、六本のナイフから一本選び、自分の首に突き立てるという勝負事だった。

 刃先が引っこむ仕掛けがしているが、六本の内一本だけ本物が混ざっている。外見や重さでは見分けがつかないようにしてあった。

 六分の一の確率で自ら死ぬわけだ。

 どんなレベルが高い冒険者も首にナイフが刺さったら死を避けられない。鎧を隠し着ることが出来る胸でなく、むきだしの首に刺すのはそれが理由だ。

 同じルールだが命には関わらない度胸試し『腕ナイフ』の凶悪版でもあった。


 その男は、それを分かって、酒場じゅうに声をかけている。


 自分のテーブルにこれ見よがしとばかりに、六本のナイフを並べた。

「どうせ、ダンジョンのなかの冒険じゃ本当には死なないんだ。ホンモノの死の危険がある賭けをしよう」

 男は、煽るように呼びかける。

 酒場の陽気な喧噪けんそうが止み、静まりかえった。


「やめろ、酒がまずくなる」客の誰かが言う。

 しかし、男はますます声を荒げる。

「へっ。本当は怖いんだろう? 首にナイフをあてる度胸もないやつに意見されたくはないぜ!」


 酒場の空気が、どんよりと暗く悪くなった。

 カウンターの内側で見ていたザックは、何かを言おうとしたが……それより先に、男のテーブルへ、つかつかと歩いていった者がいた。

 見習い店員のハロオだ。


「よぅ、にいちゃん。俺を賭けをやるのかい?」

「いいえ」

 ハロオはテーブルの上のナイフの一本を手に取り、ためらいもなく自分の首に突き立てた。

 ざわっと酒場の客たちが息を呑むが、ハロオは無事だった。

 しかし、それで終わらせず、ハロオは次々とナイフを手に取り、自分の首に突き立てた。


 通常のルールではない。

 普通は賭けに挑むふたりが、六本のナイフを1本ずつ選んで自分の首に刺して終わりだ。

 コイントスなどで順番を決め、順番にナイフを選んで刺していくという、さらに恐ろしいルールもあるが、実行されることなど滅多になかった。


 ハロオは、その方法もさらに無視し、ひとりで次々とナイフを自分に突き立てているのだ。

 二本、三本……そして、五本を刺し終える。


 ハロオは無事だった。残るナイフは一本だけだ。

 賭けを煽っていた男は、震え上がった。顔からは血の気が引いている。


「……さ、最後の一本は……。お、俺が自分の首に刺せということか?」


「いいえ?」

 ハロオは、澄んだ目で言った。

「こんな賭け、やめてください」

「え?」

「いや。さっき言ってたでしょ。首にナイフをあてる度胸があるなら意見を聞いてくれるって。

 こんなことはやめて、楽しく飲んでくださいよ」


 男は静かになり、酒場に再び活気が戻る。

 ザックは、ハロオの肩を叩いた。

「よう。見物だったぜ」


「……自分から死のうとするなんて、馬鹿馬鹿しい。

 世の中は、死にたくてなくても死ぬことだって、たくさんあるのに」

 ハロオは悲しそうな顔をした。


「そうだな」

 ザックは肩をすくめる。

「許してやれ。あいつはきっと、冒険者の経験がろくにねぇやつだよ」

 先ほどの男を指した。


「ダンジョンのなかで実際に死んだことがあるやつは、あんなことは言わねぇ。

 生き返るからといえ、死ぬのは大変な苦痛だ。恐怖もある。それに死体を回収されないと生き返れねぇ。誰かの助けがないと死んだままだって、みんな知ってる。

 生き返ることが出来るからといって死は軽いわけじゃない。本当に体験したことがないやつほど『どうせ生き返る』とか言うわけさ」


 それから、酒場を見渡しながら、ハロオに言った。

「生き返った後も、この稼業を続けるには度胸も気力もいる。それを続けることが出来るやつだけが、『冒険者』と呼ばれるのさ」


 ハロオは、じっとザックの目を見返した。

「あなたも?」


「バカいえ」

 ザックはニヤリと笑った。

「俺は死ぬ度胸なんかねぇよ。ましてや誰かのために死ぬなんてな。だから早々に引退したんだ。まっ、酒場の主人が、お似合いってぇわけさ」


 ザックは話題を変えるように、ハロオに自分の顔を近づけた。


「それより、お前こそ大した度胸じゃねぇか。

 運の良さも驚きだったぜ。さっきのナイフ」


「いいえ」

 ハロオは、真顔で答えた。

「一本目で『アタリ』でしたよ。僕は運が悪いみたいだ」


「がっはっは。やっぱり面白いな、おめぇは!」

 ザックは、ハロオの肩に手を回して、その首を締め上げ、豪快に笑う。


 自分の店の店内に向かって、大声をはりあげた。


「おいっ、みんな飲んで騒いでいるか!

 俺の店では、楽しくやれよ!」



     ★     ★



「……というわけで、今回も就職できなかったよ」


 後日。

 ホリックの就職斡旋所を訪れたハロオは言った。


「ふむ。今回は、特に辞める理由などなかったと思うのだが」


 元魔王ホリックは、首をかしげた。


「あそこは……居心地がよすぎる」

 元勇者ハロオは、ぽつりと言った。

「いつかきっと問題を起こすよ。

 気分がよくなってつい酒を飲んでしまったら、店なんか無事じゃすまない。そうでなくても、なんだか悪い予感がしたんだ」


「ふむ……そうか」

 ホリックも同意見だった。

「酒を飲めなくてもいい」という条件があったから斡旋したのだが、いつ間違いが起きるか分からない。


 それに、賭けの一件も問題だ。話を聞きつけて、また面倒くさい客が勝負を挑んでくるかもしれない。

 大体、『首ナイフ』でも死なない人間など、規格外過ぎる。

 冒険者の世界においても、おかしな存在なのだ。


「残念だったな」


 慰めようとするホリックに、ハロオはにっこり笑顔で答えた。


「ザックが元気にやってるってわかったし、夢がかなってよかったよ。

 これからは、客で来てくれってさ」




                    (『冒険酒場の店員の仕事』おわり)

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